最終話
深夜。
結局、どうしたらいいか分からず手紙を前に唸るだけだった。
トレヴァー兄さんの家に食事を招待されても、上の空で記憶が曖昧だ。
「レドモンド殿下の方から、読みましょう……」
トレヴァー兄さんから貰ったペーパーナイフで口を開ける。
もし、耐えられなかったら読まなくてもいい。
数枚の紙を取り出す。
『親愛なる友へ』
口を手で覆い、ぐっと手に力が入った
最初は報告書だった。
『魔法の発動は成功した。洗脳魔法は解け、パニックに陥った。なんとか、騎士団で鎮圧に成功した』
「よかった……」
『だが、被害がかなり出た。ニルソン商会がいなくなったことで、物流はストップ。治癒師も全く足りておらず、キースは不眠不休だ。議会も動かず、何も出来ない状態だった。俺の独断で、陛下の廃位を決めた』
「陛下の、廃位!?」
まさかそんなに大きくなっているとは。
……いや、そこまで大きくなったから廃位という決断をしたのだろう。
(陛下も恐らく何も言わなかったのか……)
『魔力だが、私にはなんとか残った。ジャックの髪の分と、私の髪でなんとかなった。幸い、私の魔力は無くならずにすんだ』
『ユウシだが、牢屋へと入れた。危険性が高く、反逆罪の嫌疑があったからだ。入れた当初は、ひたすらに暴言を吐いていた』
『数日経つと、ユウシは自分の置かれた立場を分かったらしい。何かを思い出したかのように泣き出し、鉄格子に拳を打ち付けていた。なんとか止めさせ、話を聞いて驚いた。彼は、中級試験後から今まで、身体の自由が効かなかった。乗っ取られていたと話してくれた』
「ユウシが、生きていた……」
ムライが、ユウシの魂を魔力に変換したと言っていた。
だが、実際は違った。
身体の乗っ取りだけだったのか、と安堵共に不安が押し寄せる。
――あの性格は、ユウシ本来のものだったのか?
紙をめくる。そこには、調査書が同封されていた。
『ユウシは、何かに阻まれて身体の自由が効かなかったそうだ。その間、起こっていたことも知っている。本人かどうか怪しいため、議会了承の元で鑑定鏡を使った』
「鑑定鏡……!?」
思わず立ち上がった。
あれは、使用者に負担がかかる魔道具だ。普段のレドモンド殿下なら、問題ないだろう。
だが、今は違う。
”解呪の雨”後は、魔力が足りない。
一体どうやって。
次の手紙を見て、言葉を失った。
『魔力については、シスター・マリーから受け取った。彼女は、髪と自分の魔力の大部分を私に譲渡した。その後、魔力の枯渇によって彼女は衰弱死した』
ぱさり、と手紙が地面に落ちた。
「マリーが、死んだ……」
世界が回り始め、意識がどこかへ引っ張られる。
なぜ。
彼女は被害者のはずだ。
確かに酷いことを言われた。
でも、酷いこと以上に優しくもされた。
震える手で、手紙を拾い上げる。
霞む目をこすり、続きを読む。
『彼女は、ジャックに対しての贖罪として譲らなかった。マリーは最後まで、ジャックに申し訳ないと泣いていた』
「なら、生きててください……!」
死んでしまったら、謝ることも出来ないのに。
『結果だが、ユウシの魂はユウシのものだと判明した。恐らくだが、魂を変換する際に手順を間違えたのだろう。自分の魂を削って、魔法を使っていたのではないかと推察される』
「ユウシは、予備の魔力だった……?」
だから、ユウシの魂は残っていた。
彼の処遇はどうなるんだ。
本人に意識はないけど、だからといって無罪というわけにも行かない。
『ジャックのことだ。ユウシの処遇が気になっているだろう。妹エリーゼとの不当な婚姻、元王家専属治癒師ジャックへの不当な扱い。国を乗っ取ろうとした国家転覆罪。本来なら、死刑だ』
「……」
『だが、それらの罪を犯したのはムライという人物だ。これは、あらゆる証拠がとれている。証拠として、ユウシの持ち物からはユウシ以外の魔力が検出された。さらに、彼の筆跡とユウシの筆跡を比べた。結果、やはり二人は別人だと言うことが判明した。今回の状況を踏まえ、ユウシは今後一切、我が国への立ち入りを禁止とした。教会に残していた財産は、これからの生計を立てる際に必要だと判断し、返還した』
「やはり、そうですか……」
椅子に座り、背もたれに体重を預ける。
レドモンド殿下なら、処刑することは無いと思っていた。
一見、温情に見える。
国家転覆を謀ったにもかかわらず、死刑ではなく放逐だ。罪はないにも等しいだろう。
だが、一つの国から立ち入りを禁止されるというのは想像以上に重い。
近い場所でも、遠回りをする必要が出てくるからだ。金も時間もかかる。
(財産の返還……。これ以上、金銭は与えない)
つまり、ユウシがいるパーティおよび本人には一切の依頼をしない。
他国が追従するかもしれない。
(国一つ、傾けようとした……。当たり前……ですか……)
想像よりも辛い措置である。
さらに手紙を読み進めていくと、衝撃の文章が飛び込んできた。
『国境から見送る際、彼の元パーティメンバーが迎えに来ていた。内容を全て説明した上で、彼らはユウシと旅立つと話してくれた。最後に、私からの温情として中級試験合格通知を渡し国から追放した』
ユウシの元パーティメンバーは、彼のことを理解して受け入れた。
並ならぬ覚悟じゃない。
『ユウシはジャックに謝罪をしたいと言っていた。一年間感謝しつつ、止められなかったことについてだ。自分のけじめとして、謝罪したいと言っていたため手紙を書かせた』
「それが、これ……」
ユウシの本心なのだろう。
彼は、自分が間違っていた場合には引いて謝罪することが出来る人だ。
自分の気持ちは、非常に複雑だ。
この手紙を開ければ、嫌でもユウシの気持ちを見なくてはならない。
手紙の最後。
今まで綺麗な文字だったレドモンド殿下の文字が、少し崩れている。
思い立って、走り書きをしたのだろう文字で文章を書いていた。
『許さなくていい。会わなくてもいい。自分の気持ちを見ろ。ジャック』
「自分の気持ち……」
いつか。
許せる日が来るのだろうか。
天井を仰ぎ、額に手を当てる。
かさぶたのような傷跡。
ユウシ……ムライに頭突きした後の傷が、少しだけ疼く。
「この先、ユウシと会って……」
理不尽な要求に、不当な扱い。
周りの蔑む視線。
叩かれた頬の熱さ、痛さ。
辛くて。
悔しくて。
しんどくて。
悲しくて。
怒りで。
様々な感情が胸に押し寄せてくる。
飲み込めない感情を、吐き出してしまおう。
「なんでっ…!」
マリー、なんで死んだのですか。
ユウシ、どれほど辛い状況にいたのですか。
一晩中、泣いて怒って。
窓の外から微かに光が差してくる頃。
ようやく、冷静になれた。
ゆっくりと立ち上がり、祈る。
マリーの安らかな眠り。
ユウシのこれから。
そして。
「私の不誠実を、許してください」
トランクの中に置いてあった、ユウシから貰った収納袋。
それに、ユウシからの手紙を入れる。
「まだ、整理がついていません」
懺悔するかのように、話しかけるかのように、独り言を呟く。
部屋の隅、ほこりを被っていた金庫の前に座る。
「だから、私は……。この気持ちに、鍵をかけようと思います」
いつか、整理できたそのとき。
いつになるか、わからないそのとき。
金庫を開け、収納袋を入れる。
「また、私の気持ちが整理できたとき。また、会いましょう」
そう、収納袋に話しかけて私は金庫に鍵をかけた。




