32話
「げ、なんでここにいるんだよ」
私が住んでいた部屋。そこに、ユウシ……いえムライが立っていた。
私を見て、嫌な顔をする彼。どことなく、顔色が悪いように見えた。
同じような表情をしていたが、やはりユウシとは別の人間なんだと確信できた。
「久しぶりですね、ムライ」
「なんで、ここに?……あぁ、キースか。あいつも、レドモンドと同じようにしたのに」
ぞっとする。
やはり、彼はレドモンド殿下とキース司祭をいっぺんに殺そうと――
「で、何か用?」
「……部屋がずいぶん綺麗ですね」
私が出て行った時と同じくらい、すっきりとした部屋だ。
ムライがここに移動してから、大分たっているはず。
それなのに、荷物がないのは。
「出て行くんですね、国から」
私がそう言うと、彼はにやりと笑った。
「バレてたんだ」
「えぇ。情報提供があったので」
「……まぁ、いいや。で、ジャックは何しに来たの」
「出て行く理由と、なぜここまでやったのかを弁明してほしくて来ました」
「出た出た、難しい言葉使えば頭良いって思ってる奴」
「……貴方は、なぜそんなに人を羨ましがっているのですか?」
「はぁ?」
ぎろりと睨んでくるムライ。
(図星だったのか……)
トレヴァー兄さんの言葉は、的を射ていたのかもしれない。
『ジャック。ああいうタイプに一番効くのは、怒りじゃない。哀れみだ。かましてこい』
「羨ましがってねぇよ、うぜぇな。いいぜ、教えてやるよ」
窓枠に腰掛けるムライ。逆光で、表情は見えない。
「前も言ったけどさ。俺が欲しい称号を、お前が持ってたから。国を捨てるわけじゃねぇよ。問題解決したら、次に行く。そして、俺やトモヤさんの知識で他の国を救うんだよ」
「……本当に、この国は問題が解決したと思っているんですか?」
「あぁ。だって、エリーゼの病気は治ったんだから」
(それだけ……?)
ムライにとっての問題は『エリーゼ王女の病気』のみ。それ以外は、全て知らない。
「……トモヤ氏は、どう思っているんですか」
「あの人こそ、功労者だろ。やけに高い食い物とか薬とか水とか、そういうのに金を払わなくてもいい。トモヤさんがネットショップから取り寄せてくれるから、他の人が搾取されずにすんだ」
「商会のことを、搾取だと思っているんですか?」
「だって、そうだろ?あんな安っぽいのに、値段が馬鹿高いし。トモヤさん……というか、俺らがいた国の物なら安くて良い奴ばっかだから。全員、喜んでただろ」
「……その後は、考えていないんですか?」
「その後?だって、問題解決したんなら俺たちはもういる理由がないだろ?」
あぁ、トレヴァー兄さんが言ったとおりだ。
(話が通じない)
自分たちのことしか考えていない。
いや、自分たちの行いがどう作用するか全く理解していない。
「あ、ジャックさぁ。もしかして、クエストクリア後も街にいてNPCに話しかけるタイプ?で、何もなかったら不満になるんだろ」
「……何が言いたいんですか」
「いや、そのまま。所詮、ここはゲームで俺らは主人公。問題が解決したら、俺たちは関係ない」
「私たちは、人間ですよ。理解していますか?」
「いや、知ってるよ。でも、NPCなんだろ?」
――やはり、わかっていないんだ
ここで怒りにまかせて、叩いたっていい。
それでは、だめだ。
「……そう言って、貴方は現実を否定したいんでしょ」
「どういうことだよ」
「そのままです。貴方は、自分が何かをして変えてしまったことを認めたくない。ユウシを殺したこと、エリーゼ王女のこと、この国のこと」
「うるせぇなぁ、なんだよ」
(言って良いのでしょうか……)
いや。
(言った方が、いい……!)
「国を出るのは、逃避行動。つまりは、自分のせいでめちゃくちゃになったこの国を!自分の行ったことの結果を見たくないからっ、国を出るつもりなんでしょう!」
「あぁ!?なんだとてめぇ!!」
窓枠から駆け下りたムライは、私の胸ぐらを掴みドアに打ち付ける。
「……っ!!」
一瞬、胸が詰まり息が出来ない。
近距離で見たムライの目は、怒りで燃えていた。
「んだと、てめぇ!NPCのくせに、ちょっと頭が良いAIなくせによ!」
「何を言っているか分かりませんがっ、現実を見てください!」
「見た結果だよ!クエストに書いてあったんだ!エリーゼを救えって!!」
「貴方が言っているのは、ここに来る前のことでしょう!?ここに来たことを、見てください!」
「見たさ!だから、こうしてエリーゼを救ったんだ。文句あるのか!」
文句?そんなの。
「あるにっ、決まっているじゃないですか!!」
一瞬だけ、頭を後ろに逸らす。
勢いままに、ムライの額に自分の額を打ち付けた。
「いっっでぇ!!!てめぇ!!!」
額がじんじんと痛む。手を当て、血が出ているか確認する。
(出ていない……!よし)
よろよろとしているムライを見据える。彼も、自分の頭を抱えながら私を睨み付けてきた。
「たくさん、あります!エリーゼ様が治ったのは、いい!!ですがっ!なんで、私を貶めた?私を嫌った?私はっ!ユウシになら、王家専属治癒師を譲って良いと考えていました!」
「その上から目線が腹立つんだよ!ジャック!」
「ユウシが言ってたんですか、それは」
「俺の気持ちだよ」
「なら、いいです。貴方は、突然現れたと思ったら全てを引っかき回して!それで、さようならは許されるわけがありません!!」
「許されるだろ。俺は、主人公!お前は、悪徳治癒師なんだからな!主人公は、主人公としての役目があるんだ!俺は、それを果たした!」
「果たしていません!貴方は、王家専属治癒師の重さを理解していない!」
私は、懐から短剣を取り出す。
王族の紋章が着いた短剣。何かあったときのために、とレドモンド殿下からある言葉と共に下賜された。
それを見たムライの表情が変わった。
余裕そうな笑みを浮かべているも、顔色が悪くなっている。
「お、おい。何するんだ?それで、俺を刺すのか?」
「そんなこと、するわけがありません。これは、私の覚悟と王家専属治癒師の重さを表すためです」
「な、なんなんだよっ!お前は!」
「私はっ……」
何者なんだろう。
治癒師になるべく教会に来て。
王家専属治癒師として、王家に仕え。
国から裏切られて。
それでも、私は。
髪を束ねる。
以前、切ったときよりも短く。
『レドモンドの名の下、ジャックを王家専属治癒師へと戻そう。……すまない』
一度深いため息をする。
真っ直ぐ、ムライの目を見つめ胸を張る。
「私は、王家専属治癒師のジャック・ニルソン!王家の病の全ては、私が治療する責任がある!」
ばつっと音がして、切れた髪が部屋を舞い散る。
キラキラと光が溢れ、髪が消える。
「『解呪の雨』を使用します!」
「な、なんだよそれ!攻略本にもないぞ!」
「当たり前です。この世界は、ゲームではないのですから」
魔力が空へと集まっていく。
窓の外から、雷鳴の轟きと雨の降る音が聞こえてきた。
(エリーゼ様、マリー。元気で)
(レドモンド殿下、キース司祭、ありがとうございました)
がたっとムライが、崩れ落ちる。
私を見て何かを言いたげだが、その口は呼吸音を出すだけで何も言わない。
「これが、私の覚悟です。……それでは、さようなら。ムライ」
短剣をしまい、ドアから出て行く。
ちらりと見たムライは、私を弱々しくも憎しみのこもった目をしていた。




