30話
「魔力が無い人間を、国外に売っていた事実もある」
王家に仕えることこそ、私の使命だった。
王族の健康を保ち、健やかに国を治めるため。
(私がしていたことは、なんだったんだ……!)
私は、治癒師として民への治療も施していた。
エリーゼ王女やレドモンド殿下が、仰っていたからだ。
『民は国。王族は、民がいなければ成り立たない』
……いや、私も思っていなかった。
――魔力が無い人間は、”民”にすらなれないなんて
疑心暗鬼が止まらない。
エリーゼ王女も同じ考えなのか。
王は、その状況をずっと見逃し続けたのか。
貴族は、魔力が無い人間たちをどう見ていたのか。
――レドモンド殿下は、今の状況をどうしようとしていたのか。
ふと、彼の言葉が思い出された。
『問題は山積みだ。貧困、農業、医療に――』
なぜ貧困問題が出てきたのか。
最初はスラムの事だと思っていた。確かに、スラムをどうにかできればいいと。
教会に施しに来る人たちが、救われればいいと思っていた。
それでさえ、私は見えていなかった。
「レドモンド殿下は、何とかしようとしていたんですか?」
ゆっくりと頷くトレヴァー兄さん。
「あぁ。俺のところに来ていたのは、それが理由だ。魔法に依存しないような国を目指すと。全てを救うのは無理だがな。王太子になる前には、既に考えていたってな」
「そうだったんですか……」
レドモンド殿下は、ずっと前から分かっていたのか。
王太子になる前。私が王家専属治癒師になった頃だ。
その頃から、殿下はスラムをどうにかしようとしていたのだ。
(レドモンド殿下が、私を利用しようとなんて。考えるはずがない……!)
「……トレヴァー兄さん」
「なんだ」
「私はレドモンド殿下に報いたいのです」
「何度も言うが、国を背負うのはレドモンドの役目だ。ジャックは、背負わなくても良い」
「知っています。では、なぜ魔法式を送ってきたんでしょうか」
「ジャックに読み解きの依頼だろう?」
「いいえ。キース司祭が側にいるなら、いずれ読み解くことが出来ます」
「じゃあ、なんだってんだ」
「……レドモンド殿下の、覚悟です」
魔力の枯渇の恐れがあるほど、強大な魔法。
レドモンド殿下ほどの立場がある人間なら、命令すればいい。
たった一言。
「『国に尽くせ』と、私に命令すればいいんです」
それをしなかった。
今の話を聞いて確信したことがある。
「レドモンド殿下は、国のために自身の魔力をもって魔法偏重を終わらせようとしているんです。それを確認するために、私に手紙を書いた」
「……手紙に書いてあったのか?」
「はい」
読み上げていない部分。トレヴァー兄さんが知らない文章に、レドモンド殿下の覚悟が書いてあった。
『ジャックに手紙を送ったのは、俺の覚悟を見て欲しい。つまりは、俺の私情だ。キース司祭にも確認している。伸ばしすぎて鬱陶しかった髪が、まさか役に立つとは思わなかった。これで、トレヴァーたちの気持ちが、立場が分かるようになるのか』
「俺のことも、書いてあるのか……」
「ええ」
「……馬鹿だよ、レドモンドは。俺の立場なんざ、経験しなくてもいいのによ。そんなことまで、気を回すな……」
馬鹿にしたような、寂しそうな声音で呟くトレヴァー兄さん。
煙草を吸い、外に向かって煙を吐く。
少しの間、部屋に沈黙が訪れる。
気まずい沈黙ではない。
揺らぐ心を落ち着かせるような、瞑想のような感覚だった。
「……ジャック、気持ちは変わらないんだな?」
タバコの火を消し、ジャケットを叩きながら話しかけてくるトレヴァー兄さん。
「はい」
「何度も言うが、手紙自体がレドモンドからのか不明だ。テンセイシャは、文書も平気で偽装する。もしかしたら、また裏切られるかもしれない」
「それでも、変わりません」
「そうか。……理由は、あるか?」
どっかりと椅子に座り、前のめりになるトレヴァー兄さん。
視線が鋭い。
私の真意を見抜こうとしているようだった。
もう一度手紙に目を通した。
レドモンド殿下の魔力量であれば、『解呪の雨』を発動することが出来る。デメリットは、魔力の枯渇だ。
私が手を貸せば、レドモンド殿下の魔力の枯渇は防げる。
でも、怖い。洗脳魔法が解けてなお、教会やエリーゼ様から向けられる視線が。
ふと、一年前の事を思い出す。エリーゼ様の元へ参上したときの事。
『貴方は王家の物。それでも、人1人縛り付けて良い物ではないわ』
エリーゼ様のお言葉が脳内を駆け巡る。
病床にいて、自分が一番つらいはずなのに、優しいお言葉をかけていただいた。
私の今の身分は王家専属治癒師じゃない。ただの治癒師だ。だから、国のために命をかける必要はない。それでも。
『同い年の奴が頑張ってんだから』
レドモンド殿下のお言葉だ。
「王家の物、とエリーゼ王女から言われました。確かに、王家専属治癒師は王家の物。同時に、民の物でもある」
「……」
トレヴァー兄さんは、静かに聞いている。
「ですが、同時に言われたことがあります。『人一人、縛り付けて良いものではない』と」
「そうか」
「今の私は王家専属治癒師ではない。今回の事に責任を感じる必要はない事も、わかっています」
「あぁ、そうだな」
「……トレヴァー兄さんは、もし今私が『この国にいるのは、うんざりだ』と言ったらどうしますか?」
ふと気になった。
トレヴァー兄さんは、私がどういった意見を出しても賛成も反対もしない。
ただ、私の行く末を見守るだけだろう。
だからこそ、私の決断を聞いてどういう回答をするか気になった。
トレヴァー兄さんは、少し考えた後にポンと手を打った。
「さっさと屋敷を売って、隣国に逃げる」
「……私が残る、といった場合には?」
「ジャックが暮らすのに不自由ないよう、ボスに頼んでみる」
「どちらにせよ、トレヴァー兄さんはこの国を出るんですね」
「あぁ。この国は、俺には窮屈だからな」
「……それは、トレヴァー兄さんの信念でしょうか?」
「あぁ、そうだ。俺は俺が一番大事だ。俺を大事にしてくれる人も、大事にしている。俺と俺の大事な人を大事にしないんなら、国すら捨ててやるよ」
はっと挑発的に笑うトレヴァー兄さん。
(そうですよね)
「トレヴァー兄さんがそうであるよう、私もなんです」
「どういうことだ?」
「確かに不当な扱いを受けました。ですが、その前の事がなくなったわけではありません」
自分の胸に手を当てる。
前を向いて、明るく、自分の今までの事を誇りとして。
「私は、治癒師のジャック・ニルソン。受けた恩は、きちんと返したい。今、苦しんでいる『患者』を見逃すわけにはいかない。それが、私の『信念』です」
私の宣言に、トレヴァー兄さんは優しい笑みを浮かべていた。




