29話
「闇、オークション……?」
初めて聞いた。なんだ。
トレヴァー兄さんは私の顔を見つめて、はっと笑う。
「やっぱり知らねぇよな。まぁ、当たり前だよな。魔力があるやつには、想像が出来ない」
「ど、どういうことですか……」
トレヴァー兄さんは長い溜息を吐いて、私の胸ぐらを離した。
「ジャック。お前、周りに魔力がない人間を見たことがあるか?」
「トレヴァー兄さんなら」
「俺じゃない。俺以外だ」
そういえば、と頭の中の記憶を総動員する。
顎に手を当て、必死に記憶を確認する。
トレヴァー兄さん以外に、魔力がない人間。
(見たことがない……)
施しや懺悔室で様々な人と会ったが、少ないながらも魔力があった。
(おかしい……)
魔力がない人間も生まれるはずだ。事実、トレヴァー兄さんがそうだから。
ふっと息を吐く音が聞こえる。
顔を上げると、トレヴァー兄さんの顔。
何を考えているか分からない、無の顔だ。
「見たことないだろ?俺以外」
「え、えぇ……」
「当たり前だ。魔力がないもしくは極少ない人間は、生まれてからスラムに捨てられるからな」
「スラム……?」
「ジャックが知っているスラムじゃない。魔力がない人間専用の、スラムがあるんだ」
「す、スラムですら魔力の有無によって変わるんですか……!?」
目を見開く。
スラムがあるのは知っていたけど、別のスラムがあったなんて。
貴族内部で、魔力の有無や質・量は必須とされている。
私たち、平民はそうじゃないと思っていた。
「あぁ。俺は、運よく海に出れた。だから、入らなくて済んだんだ。戻ってきてから、行ってみたんだ」
「スラムにですか?」
「あぁ、両方のな。片方は確かに……まぁ、スラムと言っちゃ綺麗すぎたがな。片方は、酷かった。この国は、魔道具によって生活している。逆にいえば、魔道具を稼働できる魔力がないと何もできないんだ」
トレヴァー兄さんは立ち上がる。窓を少しだけ開けて、タバコに火をつけた。
「国の管轄に入ってないから、何もかも足りない。補助金も何もないから、どうすることもできない。魔道具以外を作っていないから、何もできない」
「……」
国の管轄にもない。
それは、つまり。
王家は、彼らを見捨てていた?
「水をくむにも手作業だ。火をおこせず、凍死した奴もいる」
「……!」
「で、俺が王家御用達を授与したと同時だ。俺は、裏社会の人間に連れ去られた」
「え!?」
「あー、まぁ、変なことはされていない。……一番、丁寧に対応されたよ。この国に生まれてから」
丁寧に対応されたのが、裏社会が初めて。
(私が想像するよりも、魔力がない人間に対する差別は重い……)
時折、トレヴァー兄さんが出してくる”裏”
(裏社会があったなんて……)
夢にも思わなかった。
「連れていかれた先で、裏社会のボスに会った。豪華な部屋だが、窓がない。入った瞬間、ドアにカギをかけられた」
「監禁では……」
「全然。それ以外は、貴族のように扱われたよ。結局、食事をして会話をして終わり。理由を聞いたら、俺が”魔力無し”なのに王家御用達になったから会いたくなったと」
「……何か、要求でもされたんですか?」
「あぁ。ボスは、今の国が面白くないと言ってた。魔力無しの俺が王家御用達になったのが面白いと言って、ある条件を出してきた」
「条件って、スラムですか?」
「あぁ。『魔力がない人間に、仕事を与えな』だ」
「仕事を……?」
「あぁ。悩んで悩んで、俺が雇った。南部の土地を買って村を作った。小麦を作って売るためにな」
「そんなことを」
「あぁ。ボスには、こう言われたよ。――『国内で魔力無しの雇用を生むなんて、初めてだねぇ』ってな」
「まさか、闇オークションって……」
「貴族が余興で、魔力のない人間を買うんだよ。今までの王家御用達は、ボスからい雇用云々は言われいたが、見逃していた」
思わず口をふさぐ。なんてことを。
煌びやかな世界。腹芸や皮肉を美しく彩らねばならない世界。
余興、だからそこに罪悪感などはない。
「……もしかして、この屋敷にいる人間は……」
「ここの使用人は、全員が魔力無しだ。商会で雇っても良かったが、王都で働くとなると魔力無しじゃな」
「だから」
執事長であろうシリウスの姿を思い出す。彼は、私が思っているよりも若い姿だった。
屋敷を統べる執事長や家令は、責任が非常に重く経験がいる。
実際、貴族の家にいる執事長や家令はいずれも老齢だった。
(老齢の人間であれば、魔力がない人間への偏見はかなりある……)
しかも、執事は上級使用人だ。貴族の子供が家を継げない場合の仕事になっている。
トレヴァー・ニルソンは王家御用達だが、貴族じゃない。魔力無しの人間。
わざわざ使用人になりたいと思う人はいない。
だから。
(スラムの子供を使用人にしていたんですか……)
私が想像するよりも遥かに大変なことだ。
使用人としての心構えに加え、上級使用人は人を支持する立ち場になる。
「そういう事だ。……まぁ、だからこそ今こんなことになってるんだけどな。あ、情報だがボスから流れてきたんだ。『坊やに何かあったら、私たちが困るだろ?』ってな」
ニルソン商会の人間は、魔力を持っている人間がほとんどだ。
恐らく洗脳され、トレヴァー兄さんの元からトモヤ氏の元へと寝返った。
「この国は、魔法ででかくなった。魔法のおかげだと思っていたのが、気が付いたら『魔法を使えることが、当たり前』になっちまった。そして生まれたのが『魔法の質・量が多くより良い者こそ、上に立つべき』という思想だ」
「……」
「レドモンドは、変える必要があると言っていた。実際、俺もその意見には賛成だ。世界には、魔力がなくとも発展している国もあるからな」
「それについて……陛下たちは、なんと」
「知らねぇ。戯言だと思ったんだろ。もしかしたら『”魔力無し”に随分肩を持ちますな。何か、イイモノでも貰っているので?』って言われていたのかも知らねぇけど」
「それは……」
「賄賂だな。……渡してねぇぞ。そもそも、俺がレドモンドと知り合ったのは偶然だ。倒れていたレドモンドを介抱したのがきっかけ。王子だってのは知らなかった」
思い出したのか楽しそうに笑うトレヴァー兄さん。
私は、兄さんの発言を聞いて貴族たちの言葉を思い出した。
『魔力無しの兄をもって、治癒師殿も大変だな』
『ジャック殿は素晴らしい力を持っている。魔力無しの兄とは違う』
『トレヴァー殿は、魔力がないのによく御用達を手に入れた。……いや、弟君の力か』
王家専属治癒師の就任により行われた、記念の晩餐会。
途中で何人もの貴族から声をかけられた。
緊張していて気づかなかったが、明らかにトレヴァー兄さんの事を差別していた。
だから話の中で、気づきたくないことに気づいてしまう。
(まさか)
「王家は、貴族は……魔力のない人間について、見過ごしていたんですか……?」
トレヴァー兄さんは、静かに頷いた。




