28話
「”解呪の雨”?なんだそれ」
トレヴァー兄さんが、ライターを内ポケットにしまいつつ聞いてくる。
「魔法……なんだと思います……」
手元の紙に書かれているのは、魔法を作る際に使う式。
トレヴァー兄さんに頼み、新しい紙を出してもらう。
(なんで、今)
どういう式をしているのか読み解こうとするが、ふと視線を感じて顔を上げる。
トレヴァー兄さんが、興味深そうに紙を覗きこんでいた。
「……見ますか?」
「お、いいのか?」
「えぇ。すでに式は写してあるので」
紙を渡すと、興味深そうに眺めるトレヴァー兄さん。
「全く分からねぇ~~!ジャックは、分かるのか?」
「えぇ、両方とも教会で習ったので。……ただ、先代の式はかなり癖があるので……」
「は~。てか、魔法を使うのと作るのって違うのか?」
「全く違います。なんというか……。メニュー表と、レシピという感じですかね……」
「あ~~~……。完成品だけ見ても、材料とか調味料とか分からねぇよな。逆にレシピだけ見ても、何が出来上がるか分からない」
「それです。普通の魔法式であれば解読が出来るのですが、先代はなんというか……」
「変なことでもしてるのか?」
「……その、この魔法はいるか?みたいな式を突っ込んでいることがあるので」
カムフラージュと言っていたが、解読する方の気持ちにもなってほしい。
魔法に使わないはずの式まで突っ込んでくるから、解読するときには辞書片手になってしまうことが多い。
それでも、今回の式はだいぶ簡単な方だ。
一度、簡単な式に直して解きにかかる。
数分後、解いた式を見る。
(こんな簡単な魔法を……?)
「お、解けたか?」
楽しそうな声が聞こえてきた。
顔を上げると、私の回答を待っているトレヴァー兄さんと視線が合った。
どことなくキラキラとした顔をしてる。
「……雨の降らし方ですね……」
「はい?」
ただの雨降らしの魔法式だ。
式の一部を変えれば、降雨量を変えられるらしい。
乾燥地帯なら重宝されそうな魔法だけど、今必要かと言われると首をひねる。
(なんのために……)
出てきた魔法式について疑問が止まらない。
もしかして、写した魔法式が間違っているのか?
「トレヴァー兄さん。さっきの紙を渡してもらえますか?」
「はいよ」
二枚の紙を見比べる。
同じ式。
同じ行数に文字数。
違うのは、私の字か先代の字だけ。
であれば、何が違うんだ。
(あぶり出しのようなことを、もう一度するのか……?)
「……火じゃない」
火をつけたところで、これ以上何も出てこない。
明かりに透かすも、何も変わらない。
ふと、頭に浮かんだのは魔術文書の事。
二枚の紙に挟む。
普通の紙には、魔力を通さない魔法を付与する。
この仕組みを、先代が応用していたら?
(紙じゃない、インクに何かあるんだ……)
私は、あぶり出した紙にもう一度魔力を通した。
予想通りで、魔力に反応して別の式が浮かんできた。
「おー……。ジャック、どうなってんだこれ」
トレヴァー兄さんが見ながら、驚きの声を上げている。
「……あぶり出しをしたうえで、インクに魔力を通すと浮かび上がってくるようにしているんです」
「魔力を通すとわかるインクか……。魔法使うやつには、普通の事なのか?」
「高等技術なので、出来る人間は少ないです。というか、制限が多すぎてやる人がいません。それなら、魔力妨害の付与を施した箱に入れた方が早いです」
「なんでだ?箱を用意するよりも楽じゃねぇの」
「手紙を書いている最中、インクに一定の魔力を注ぐ必要があるんです。集中力が必要で、ミスをすれば最初からやり直しです」
「あ~……。隠したい文章なんて、ミスるわけにはいかないもんな」
「ええ。なので、基本は使わない魔法なんですが……」
わざわざ使ったという事は、そうしないといけない何かがあったんだ。
浮かんできた別の式を、さっき書いた式と組み合わせる。
「これが……”解呪の雨”……」
雨を降らす魔法と同じだが、全く違う。
「これほど、多層的で洗練された魔法式だったんだ……」
「……俺には分からないけど、ジャックにはそう見えるのか?」
頷く。
ため息が出るほどの美しさだ。
「で、”解呪の雨”ってのは結局何なんだ?」
「……あらゆる魔法を強制解除する魔法です」
「……マジで?どんなものでも?」
「恐らく。火や水といった普通の魔法から、結界などの防御魔法。洗脳魔法といった精神感応性の魔法まで、全てです」
「じゃ、今すぐ発動すれば……「――ただし、万能ではありません」え?」
トレヴァー兄さんの話を遮る。
万能すぎる魔法には、厳しい発動条件がつきものだ。
「必要な魔力量が桁違いです。私が後、3人ほど必要となります」
「ジャックが3人か……。無理じゃね?」
「……魔力の枯渇を条件にすれば、私一人でも――「ダメだ」っ?!」
厳しい声音ではっきりと拒絶するトレヴァー兄さん。
「なんでっ」
「今のお前は、王家専属治癒師じゃない」
「っですが、元は王家専属治癒師でもあります!」
「その王家から切られたんだ。しかも、不当な理由付でな。その状態で、今更国のために魔力の枯渇なんてリスキーなことは俺が許さない」
「なら、なぜレドモンド殿下が私にこれを届けたのですか!」
「……」
キース司祭でも、恐らく読むことが出来た。レドモンド殿下が発動することも可能だ。
それなのに、私にわざわざ危険な中で手紙を書いて届けた理由。
「レドモンド殿下が私を信じているからです。私を『王家専属治癒師』と思っているからこそ」
「それを利用して、お前を追い詰めようとしているんじゃねぇのか?」
「あり得ません。第一、レドモンド殿下がそんなことをするわけがない」
「そっちじゃない。魔力の枯渇なんて、この国の王太子に勧めるわけがない。キースがジャックに送るように話したんじゃないのか」
「だとしても、理由がありません!どうして、トレヴァー兄さんは分かってくれないんですか!」
私が言うや否や、立ち上がり私の胸ぐらをつかんで吠えるトレヴァー兄さん。
「弟が危険な道に行こうとしてるからだろうが!!!」
こんなに激昂した彼を、初めて見た。
「ちょうどいい、教えてやる。魔力がない人間が、どうなるか!」
「な」
あまりの迫力に、一瞬だけ息が詰まる。
「っなんですか」
「裏でオークションにかけられるんだよ」




