22話
教会からほど近い生家。向かったが、結果は散々だった。
家からたたき出され、水浸しの石畳に転がされる。
なんとか顔を上げると、恐ろしい形相をした実の両親が立っていた。
「あんたみたいな親不孝者!この家にいれるわけがないんだよ!」
「早く、どこかに行ってくんな!教会から破門されたなんて、恥ずかしく外を出歩けないだろ!」
父親がほうきで私を叩こうとする。杖で防ぎつつ、私はその場を足早に立ち去った。
「二度と顔を見せないでちょうだい!あんたも!あんたの兄も!疫病神なんだよ!」
暴言を吐き捨てる母親。
視線を感じて、周りを見渡す。
両親と同じ目で、私を見下げている街の人たち。
その中には、私が治療を担当した患者の姿も見受けられる。
私と目が合うと、彼等はすぐさまドアや窓を閉め切った。
(なぜ……)
恐らく、教会でのことが広まっているのだろう。ここまで話が広がっていることに、驚きと疑問を覚える。
私が追い出されてから30分もたっていない。
にも関わらず、両親は私が教会でどうなったのかをしっていた。
(なんで、知ってるんだ……)
そんなこと考えている暇はない。
ダメ元で来た生家だが、ここ以外だと私に居場所はない。
「どこに行けば……」
雨は一切やまず、さらに勢いを増してきた。濡れた地面に倒れ込んだからか、寒い。
濡れた外套を脱ごうにも水を吸って重たく、そもそも体力が限界に近い。
「どうしましょう……」
ふいに、自分の裾を触る。しっかりとした感触を感じ、目を向けるとトレヴァー兄さんから貰ったカフスリンクスが鈍く光っていた。
「頼れ……」
手紙にも散々書いていた。別れる最後に「何かあったら、それを持って俺の屋敷に来い!」と言ってたのを思い出す。
でも、兄さんも忙しいはずだ。王家御用達が外れた、ということは人の出入りも少なくなっているはず。
そんなときに何も出来ない私が行っても、いいのだろうか。
それでも、私が頼れる人はもう兄さんしかいなかった。
「歩こう……」
幽鬼のようにふらふらと歩き出す。もし、兄さんからも追い出されたらどうしよう。
トランクから、手紙を取り出す。そこには、兄さんの屋敷の住所が書かれていた。
私には、ここがどこかいまいちわからない。五歳の頃から教会に引き取られ、外に出ることがほとんどなかったからだ。
「多分……貴族が住んでいる場所……」
一回だけ、外観を見たことがある。登城からの帰り道、普段の通路が使えず別の道を通った時だ。
行く場所なんて、ない。それでも、わずかな希望を持って私はゆっくりと歩みを進めた。
数十分ほど歩き、貴族の居住区までたどり着いた。トレヴァー兄さんは、古くなった貴族の屋敷を買い取って住んでいるはず。
表札と一回しか見ていない外観を照らし合わせる。
さらに数分歩き回って、ようやくたどり着いた。
歴史あるタウンハウス。貴族が住むには小さいが、社交期の滞在にはちょうど良い大きさ。
家主がいないのか、屋敷は真っ暗でひっそりとたたずんでいた。
ようやくついた。私は安堵で座り込もうとした。雨は小降りになっていたが、私の体力はもう限界だった。
なんとか立ち上がり、門番に話しかける。一瞬、ぎょっとした顔を向けた門番だったが私がカフスリンクスを渡すと顔色が変わった。
「……これは、どこで」
「私の兄の……トレヴァー・ニルソンの物です。何かあったら、ここに来いと言われました……」
声を出すのも、ギリギリだった。門番は私の顔とカフスリンクスを交互に見やる。
そこで、思い出した。
かたや、茶髪に茶色のつり目。
かたや緑の髪に緑の垂れ目。
言われなければ気づかないと何度も言われたことがある。
身長や体格差も全然違うため、傍目から見たら兄弟とは認識しづらい。
門番の彼は、私を哀れに思ったのか傘とタオルを渡してくれた。
「旦那様は現在留守だ。シリウス殿に聞いてみる。申し訳ないが、もう少しここで待っていてほしい」
と私に告げ、奥へと引っ込んだ。
(雨に降られないだけでも、楽だ……)
ふと、目の前の水たまりに私の姿が映った。
ところどころが泥にまみれ薄暗い緑の髪。
同じく汚れている肌。
どこまで淀んでいる瞳。
着の身着のままで出され、雨に打たれたためか今の私の姿はどう映ったのだろうか。
泥で汚れ、雨で汚れた人間が貴族が住む一等地にやってきた。乞食かなにかと勘違いされたのろう。
立っていられずに、門の近くに座り込む。服が濡れるのも、気にしなくなっていた。
それよりも、さっき教会で起こったことの方が気がかりだった。
「私は……なにを……」
私が何をしたというのか。教えなければ良かったのか。エリーゼ王女殿下の体調を無視して、治療を強行すればよかったのか。
そもそも、ユウシを拾わなければ良かったのか。
魔獣の毒におかされていたユウシ。
あそこで、自分の魔力を犠牲にしなければ、こんなことにはならなかった。
(エリーゼ王女の病気も治せた……)
でも、瀕死だった彼を放置するなんてこと、私にはできない。
(最悪な考えだ……)
人を見捨てることを考えてしまうなんて。
でも、マリーや他の神父にお願いしても治せたのだろうか。
(私は……自分の力を過信していたのか……)
ずっと言われていた『周りを頼れ』
心の奥底で「私は王家専属治癒師に選ばれるほどだから、自分一人でできる」と考えていた。
慢心さから、私は失敗したのだろう。
ガラガラと遠くから馬車の音がする。
轢かれないように少しだけ、門前からずれる。
蹄の音とタイヤの音が私の目の前で止まった。
「どうした」
「申し訳ございません。旦那様。人が座っておりまして」
声が聞こえる。片方は、しゃがれているが落ち着いた老齢の男性。
もう片方は、聞き覚えがある凛とした声だった。
「人……誰だ……?」
水たまりを踏みしめる音。視界の隅には見覚えのある茶色いスーツと革靴。
顔を上げると、頬が少しこけた兄さんが心配そうに眉を下げて私を見ていた。
「トレヴァー……兄さん……」
「ジャック……!?なんで、え!?お前、どうしたんだよ!!」
兄さんは自分の服が汚れるのも気にせずに、私に肩を貸して起こそうとした。
「トレヴァー兄さん……ごめんなさい……私は……」
「いい、いい!喋るな!後で聞く!……シリウス!シリウスはいるか!」
門と相対すると、さっきの門番ともう一人こちらに走ってきた。
「旦那様、お帰りなさいませ。そちらの方は」
「弟のジャックだ!急いで湯を張ってくれ!食事と服の用意を!あ、あと空いている部屋を用意しろ!」
「かしこまりました。……あぁ、メイド長。ちょうどよかった。寝ている者を全員、たたき起こしなさい。旦那様の弟様がやってきたと」
シリウス、と呼ばれた若い執事があとからやってきたメイド長に指示を飛ばしている。話しかけた門番は、兄さんと逆方向から私を支えてくれる。
(あぁ……大丈夫だ)
兄さんが何か話しかけてくる。ぼんやりとした中で、私はようやく安心できた。
もう目を開けていられない。




