20話
「エリーゼ王女とユウシが、結婚……!?」
頭を殴られたような衝撃だ。
様々な問題が頭をよぎるが、不可能ということはエリーゼ王女は知っているはず。
(南国の王子との婚約は……!)
ウソ?政略ではないにしろ、国同士が跨ぐ結婚だ。ウソをつく理由がない。
私以外の周りは、穏やかな顔で拍手を送っている。
シスターたちに至っては、涙を流し「おめでとうございます!」と歓喜の声を上げていた。
エリーゼ王女は頬を染め微笑みながら、ユウシに身体を任せている。
ユウシは邪念が混ざった笑顔で、エリーゼ王女を見つめていた。
急いで前の方へと近づく。
私の姿を見つけたのか、ユウシはニタァとあくどい笑みを浮かべた。
「っユウシ!これは、どういうことですか!」
「どうしたんですか?”元”王家専属治癒師のジャックさん。何か問題でも?」
「なぜ、あなたとエリーゼ王女が結婚することになったんです!」
「俺……僕が彼女の命の恩人だからですよ」
「いえ、エリーゼ王女!あの件は!」
傍らのエリーゼ王女に声をかける。
いつもの柔らかい笑み……ではなく、険しい顔つきで私を睨みつけてきた。
「なに?話すことを許可していないのに、話すの?」
「っもうしわけございません!ですが……!」
「まぁ、いいわ。見ての通りよ。私が出歩けるまで回復したのは、ユウシくん……。いえ、ユウシ様のおかげ。なら、お礼として結婚するのが普通では?」
何を言っているんだ……!?
思わずエリーゼ王女を凝視する。
(目が、虚ろ……)
ルビーの瞳に輝きがない。据わった瞳で私を見つめている。
頬はいつもより赤く、熱があるのではと疑うほどだ。
「……ユウシ、エリーゼ王女に何をしたんですか?」
「あれ?俺、なんかやっちゃいました?何もしてないですよ」
とぼけた顔で、にやりと笑いながらもおかしい事を話すユウシ。
彼は、自身の服を漁り何かを取り出そうとしている。
「あ、これこれ。みなさーん!!これを聞いてください!」
ユウシが取り出したのは録音魔道具だ。
(キース司祭が持っていた……!?)
なぜ、彼が持っているんだ。あれは、エイブラム殿に渡すと言っていたはず。
他の神父やシスターも、ざわつき始める。
「あれは、キース司祭の物では?」
「なぜ、ユウシくんが?」
(違う、キース司祭の物ではない)
よくよく見ると、キース司祭が持っていた道具に似せた別の道具だ。
精巧に作られているのか、一瞬見ただけでは気づかない。
カチと起動音が聞こえた。
(なにを……!?)
『この地位にいるためにも、私はエリーゼ王女の病気を治すわけにはいきません』
『ユウシ、貴方は私のいう事だけ聞いていなさい。貴方は、しょせんは落ちこぼれなのですから』
「……は?」
私の声で、私が話した記憶のない内容が再生された。
ユウシは歯茎が見えそうなほど笑っている。
「ほら、聞きましたか!?”元”王家専属治癒師のジャックさんは、自分の地位を守るためにエリーゼの病気を治さなかった!それどころか、”現”王家専属治癒師の僕を侮辱したんですよ!」
「っいいえ、違います!私は、エリーゼ様の病気を治したいと思って日々治療をしていました!エリーゼ様の病気は、治すのに膨大な時間がかかります!それに、ユウシにそんな言葉を書けたことはありません!」
「じゃあ、なんで俺……僕が治せたんですかね?」
「っ、それは……!」
「ほら、言葉が出ないじゃないですか。後ろめたいことがあるからですよ」
「ありません!」
そもそも、なぜあんな音声があるんだ?
私が話したことがないのは、みんな知っているはず。
そう思い周りを見るも、他の神父やシスターは私の事を睨みつけるだけだ。
(なぜ……)
「マリー……」
教育係としてずっと一緒だったマリー。
彼女ですら、私の事を汚いものを見る目で見下してくる。
「なんで……」
思わず、漏れ出る。
なんで、マリー。
足に力を入れ、なんとか立とうとする。ユウシは、嘲笑ともとれる笑い声を上げた。
「あははは!さて、これでイベント全回収っと。エリーゼ、どうする?」
「なにを?」
「今まで散々ジャックに振り回されたんだ。エリーゼが思う事を、ジャックにすればいい」
「それもそうね!ならば、ジャック。貴方は今日を持って教会を破門します」
「な!?そ、それは権力の乱用です!第一、キース司祭が許すわけが……!」
「司祭が許さなくても、私が許すわ。王女だもの。それに、他の神父やシスターはどうかしら?」
後ろを振り返る。
冷淡な視線。
全員が私を「排除すべき敵」と認識している。
虚ろな目に、うっすらと憎悪すら湧いている彼らの視線から目が離せない。
「それにさ、ジャックさん。……いや、もうジャックでいいか。あんたには、罪状がある」
「罪状……?」
「王女の婚約話を漏洩、俺の持っていた退職金の盗難。どちらにしろ、あんたはここにはいられない」
「してません!!退職金も、貴方と同意の上で預かると!教会の金庫に!」
パンっと耳元で何かが弾ける音がした。
同時に、私は地面へと倒れ伏す。
じわじわと頬が痛みを覚える。
誰に?
顔を上げると、怒りの表情にまみれたマリーが立っていた。
体中から、血の気が引いていく。
立ち上がろうとするも、手が滑って立ち上がれない。
「マリー……」
「貴方の教育係を務めていたけど、こんな子だとは思わなかった。ジャック、破門よ。キース司祭には、後で伝えておくわ」
「マリー!なんで、そんな……!」
「二度と、私の前に来ないでちょうだい」
「私は、ユウシから依頼されて……!」
「されてないなぁ。した覚えないんだけど」
「そんなっ!」
「衛兵!この者を捕えなさい!」
エリーゼ王女の命令に護衛が動き出す。
彼らは、戸惑いを見せたが私を捕縛しようと徐々に迫ってくる。
(どうして……)
普段、あまり動かない体を必死に動かす。
庭から逃げ出し、教会にある自分の部屋へと走る。
鍵をかけようとしたが、無理だ。衛兵たちは武器を持っている。
へたに抵抗すれば、この場で殺されかねない。
なぜ、マリーは私を親の敵のように睨むのだろう。
なぜ、エリーゼ様は私の状況を見て楽しそうに頬を緩めるのだろう。
(なぜ)
ユウシは、私をこんなに敵視するのだろう。
生半可な気持ちではない。
ユウシは、本気で私という存在を排除しようとしている。
部屋に入り、気持ちばかり鍵をかけた。
外套と杖、それとトレヴァー兄さんからの手紙を持ち出そうとする。
(袋……)
ユウシから貰った収納袋。持って行こうか。それとも、ここにおいていこうか。
どうしようと考えを巡らせている間にも、外からは衛兵の騒ぐ声が聞こえてくる。
トントンとドアをノックされた。
「ここにいるんだよなぁ?ジャック」
「っ……」
ユウシだった。彼は何しにここに来たんだろう。
ガチャと音がしたと思うと、ドアが開いた。彼の手には、この部屋の鍵が握られている。
「あ、ほんとにいた」
「……なにをしに……」
杖を向けると、彼は手を両手に上げて降参のポーズをとった。
「いいのか?今、俺が大声を上げると……衛兵がすぐ来るぜ?」
後ずさりしそうな体を、なんとか止めようとする。
ぐっと腹に力を込めて、ユウシと向き合う。
「貴方はっ……誰なんですか……!」
私の問いにきょとんと目を丸くする。
同時に何かに気がついたのか、くっくっくと笑いをかみ殺すような声を出した。
「わかってたんだ、俺が『ユウシ』じゃないって」




