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”俺、なんかやっちゃいました?”――の外側。追放された元王家専属治癒師は、もう国に戻らないと決意する  作者: ブルマ提督


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19話

 まだ少し暗さが残る中、私はキース司祭を見送った。

 目を覚ますため、部屋に備え付けの洗面所で顔を洗う。

 私は頭の中でスケジュールを確認していた。

 今日は、教会を開放する日だ。怪我人や病人、ほかにもたくさんの人たちが救いを求めにやってくる。

 トレヴァー兄さんへの返事は、まだ来ていない。

 不安には思ったが、教会の開放日には必ずやってくる。

 そのときに話をしよう。

 そう結論づけて、水を止める。

 食事を済ませ、講堂へと向かう。ちらりと裏庭を見ると、見知らぬ男性がたっていた。


(あれは……誰でしょうか……)


 スーツを着ているから兄さんだと思ったけど、何かが違う。……兄さんより小さく、印象に残りにくい顔をしている。


(新しく雇った人……ですかね)


 トレヴァー兄さんは、開放日には必ず顔を出している。

 理由は、教会で配る炊き出しの食材にある。食材は、兄さんのポケットマネーから出ているためだ。

 ニルソン商会は王家御用達をいただいている。

 御用達は王家の方が使うほかに、奉仕活動や寄付をする際に税金や補助金がつくと言っていた。

 トレヴァー兄さんは税金の免除も補助金も受けず、自費で教会に寄付をし続けた。

 なぜそこまでするか聞いてみた。

 たった一言。


『俺は、魔力無しだからな』


 諦めたような顔で、瞳には炎が灯っていた。

 見つめていたのがバレたのか、スーツ姿の男性と目が合った。

 彼は、何かを持って私の許へと向かってくる。

 一歩、一歩。

 なぜか分からないけど、逃げ出したくなる。


(でも、失礼ではないでしょうか……)


 魔獣ではないんだ。目が合って、この場を去ってしまったら相手が気に病むかもしれない。

 迷っているうちに、男性が私の目の前までやってきた。


「緑髪……君が、ジャックくん?」


 にやけた顔で私に話しかけてくる謎の男性。


「そう、ですけど。……あの、どこかでお会いしましたか?」


 相手の男性は私を知ってそうだが、私は知らない。

 一度会った人の顔は、ほとんど覚えている。

 私の発言に対して、男性はぶつぶつと何か言っている。


(怖い……)


 私は会釈をしてその場を離れようとした。


「待って待って!なんで?どこかに行こうとするの?」


 男性が私の肩を掴んで、止めてきた。


「……少しだけ体調が悪いので」


 仮病ではないが、実際少し気分が悪い。

 立ち去ろうとしても、男性は私の肩をつかんで離さない。

 彼は、「そっか!」と明るく笑うと何かを取り出してきた。


「なら、これを飲みなよ!」


 彼が手渡してきたのは、小瓶に入った錠剤だった。


(毒……いや、まさか……)


 似たようなものを、王家の食事会で見たことがあった。

 レドモンド殿下の食事に入れようとしたところを、たまたま私が見つけたはず。

 受け取ろうか迷う。

 目の前の男性は、私が遠慮したと思っているのか小瓶を無理やり手に握らせてきた。


「え、あの……そこまでしていただくなくても」

「あぁ、それは日本……じゃなかった。俺の生まれた国でよく飲まれていた薬だよ!」

「あ、ありがとうございます……」


 渡された小瓶をローブのポケットに入れる。

 その様子を見た男性は、なぜか腹を抱えて笑い出した。


「はー……本当に転移したんだ、俺」

「あの……失礼ですが、お名前は?ニルソン商会の従業員でしょうか?」


 私の名前を知っていても、私は相手を知らない。

 思い当たるところを考えていた時、トレヴァー兄さんの話を思い出した。

 彼は、私の話を良くしていると手紙で何度も書いていた。

 実際、貴族のパーティで従業員に声をかけられたことがある。

 男性は、嫌そうな顔で首を横に振る。


「んなわけないよ!あそこで働くなんて、考えたくない!」

「なら、貴方は……?」

「あれ?挨拶してないっけ。俺は、ナナミトモヤ……。あ、そっか性と名前が逆になるから……。トモヤ・ナナミだよ!王家御用達トモヤ商会の社長なんだ!これから、末永くごひいきに!」


 手を差し出してくるが、彼の発言に固まってしまう。

 ニルソン商会の支社?いや、そしたら地域名が入るはずだ。

 その前の発言。今彼は。


「王家御用達?……ニルソン商会ではないんですか?」

「あれ?聞いていないのか。今日からは俺になったよ」

「……トモヤさん、前に御用達を貰った商会はどうなっていますか?」


 もしくは、外に場所を移したのかもしれない。国内はだめでも、兄さんなら外に目を向けることも出来る。


「あ~……ごめんね、知らないんだ」

「……は?」


 トモヤさんが軽薄な笑顔でそういった。彼はさらに話を続ける。

「あ、いや、知らないというかさ。……ニルソン商会のことだよね?あの人、酷いんだよ。俺、ここで商売しようと思ってたのに、あの人が別の場所に行けって。一番でかいところだから、店を構えようとしたのに。それからも、いろいろ嫌がらせをされてさぁ」


「……あの人は、そんなことする人ではありません」


「なんか、妙にかばうね?」


「……兄なんです。ニルソン商会の会長である。トレヴァー・ニルソンは」

 私がそういうと、彼は「あぁ」と納得したような声を出した。

「あぁ、そうだった。ユウシくんから聞いてたのになぁ。まぁ、いいか。で、俺もむかついたからニルソン商会にいる人たち、みんなヘッドハンティングしたんだよ。……あ、わからない言葉か。給料を高くするから、うちで働かない?って。そしたら、ほとんどの人が俺のところに来てくれてさ。助かったよ。俺、ここに来たのは初めてだったから。だから、ニルソン商会のことは今は知らないんだよね。店員もほとんどいないから、畳んだんじゃないかな」


 話が止まらない彼を見つつ、私はどうしたらいいかわからない気持ちを抱いていた。

 兄さんの商会から人を雇った?それは、やっていいことなのだろうか?

 兄さんならいい……とは言わない。少なくとも、文句を言うはず。

 もし、合意の上なら……。いや、この感じは合意じゃない。


「……つまりは、貴方がニルソン商会を潰したと?」


 相手を悪い人だと決めつけて話すのは、いけないことだ。

 冷静な部分が、諭してくる。

 それでも、私個人として答えを聞かずにはいられなかった。

 私の発言に心底不思議そうな顔をするトモヤさん。


「潰してないよ。『ダメな商会』だったから、潰れただけでしょ?」


 まるで、自分は悪くないと言いたげだ。

 いや、実際に自分は悪くないと思っているのだろう。

 目の前の人が改めて怖いと感じた。

 彼は、すくなくとも私の常識が通じない。

 私が知る『商人』ではない。

 じゃり、と無意識に後ずさりをする。ゆっくりと、確実に彼から離れようと試みる。


「あ、そうそう。これ、食べてよ!」


 取り出したのは、彼は一度別の場所に行って何かを持って帰ってきた。

 四角い形をしたパンだ。

 返そうにも、食品は返すことが出来そうにない。


「ほかよりも品質が良いし、何より安いからさ!」


 パンは返すことが出来そうにない。四角の形をした厚いパンをもって、トモヤさんは鼻息荒く話し始めた。


「これは食パン!小麦が多く入っている、貴族が食べるパンだ!めちゃくちゃ美味いわりに、安く手に入るんだ!これをこっちで売ってたら、すげぇ売れてさ!しかも、こっちの金をあっちで換金すれば金にはほとんど困らないし。それに、このパンのほかにもいろいろ売り始めたら偉い人が来て、俺を王家御用達にしたんだ!すごくね!?」


 ペラペラ話しているが、あまり耳に入らない。

 パンを握りつぶしてしまいそうになるのを必死に抑える。

 目の前の彼は、さっきの話をきいていたはず。

 なのに、今はいかに王家御用達がすごいか、自分の慧眼が光ったかを延々と話をしている。


(兄さんの商会は……)


 パンを一口食べる。ふわふわで微かに甘い。飲み込みやすく、美味しい。トモヤさんが、貴族のパンと言う理由がわかった。

 以前レドモンド殿下に「内緒だぞ」と言われながら食べたパンに似ている。

 ……それよりも、遙かに美味しい。

 いくらで販売してるかわからない。

 ただ、安くという事は庶民にも売れているのだろう。

 高値ではないはずだ。もしかすると、貴族まで売れているんだろう。

 それほど衝撃的なパンだった。

 教会のパンは、ニルソン商会が雇っているパン屋から運ばれてくる。

 そのパンよりも、遥かに美味しい事を認めざるを得ない。

 同時に、私にとっては「悔しさ」の味がするパンだ。


(トレヴァー兄さんの商会は……負けたんだ……)


 私は兄さんが負けたところを見たことがない。常に余裕を持って笑う、勝者側の人間だった。

 ただの勝者じゃない。

 力を持つ者としての責任を果たすべく、寄付や相談といったことを常にしている。

 秩序を持った商業ギルドを作っり所属させ、ある程度は自由に商売が出来るようにしている。

 そんな兄さんが、商売では敵なしと言っていた兄さんが負けた。


(だから、返事が出せないんだ……)


 ハガキ一枚だけの理由も、ようやくわかった。

 御用達を返上した。……させられたのなら、商会はパニックだろう。


 外から馬車の音が聞こえてきた。音の方向を見ると、王家の家紋が書かれた馬車が止まっていた。

 降りてきたのは、控えめな明るい茶色のドレスに身を包んだエリーゼ王女だった。

彼女はきょろきょろと誰かを探している。やがて、目的の人物が見つかったのかぱっと顔が明るくなった。


「ユウシくん!」


 彼女が手をふるさきには、ユウシがいた。

彼は、エリーゼ王女へと手を振り替えし彼女に走り寄った。

 恋人のように抱き合った二人。私は、ユウシがなぜそんなことをするのか訳がわからなかった。

 くるりと振り返り、ユウシはエリーゼ王女の腰を抱いていた。


「今日は報告があります!実は、俺とエリーゼは結婚することになったんです!」



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