18話
「本当に、すんなりとエリーゼ王女は立ち上がったのか?」
驚きと疑いの声音で私に問いかけるキース司祭。
彼は、報告書でこのことを知っているはずだ。それでも、信じられないのだろう。
私は静かに頷く。
長いため息をつき、天を仰ぐキース司祭。
「……ジャック、まさかとは思うが手を抜いたわけではないだろうな」
背筋に冷や汗が流れる。
ナイフを突きつけられている感覚だ。
(キース司祭は、私を疑っている……!)
ぐっと手に力が入る。確かにこの場面で私が疑われるのは理解が出来る。
先代と私の二人がかりで約15年かかった。
ようやく治せる見通しが立っていたのだ。
それを本格的に治癒師の修行を始めた人間が、あっさりと治してしまった。
「いえ。ただの一度も、手を抜いたことはありません」
私は、はっきりと言いキース司祭の目を見る。
彼は一度、瞬きをするとふっと息を吐きだした。
「そうだろうな」
「え?」
あっさりと、司祭様は私の発言を信じた。
あまりにもあっけなさすぎて、思わず椅子からずり落ちてしまう。
私の姿を見て、司祭様は意外そうな顔をする。
「何が『え?』だ。お前が自分の仕事に対して誠実なのは、よく知っている。それに、先代も言っていただろう」
「えっと……」
『わしゃ、抑えただけだ。……あとは頼む』
しわしわの手で私の手を握り、無念と安堵がまじりあった声でそう呟いた先代。
司祭様は、ため息をつく。
「肉枯れ病は、完治に非常に時間がかかる。先代とジャック、二人が関わってようやく完治まで見えてきたところだ。今回、ユウシの功績が大きく出されているがな。……そこまでたどり着いたのは先代。そして、ジャック。お前の努力が大きい」
「……っ」
とっさに目元を自分の袖で隠す。
教会に引き取られたのが5歳の時だ。
5年間の修行後、専属治癒師としては10年。
教会でずっと奉仕を続けてきた。
その間、エリーゼ王女殿下の治療以外にや王家の方の健康診断。さらには、式典への参加や国内外への遠征など不慣れな行事もあった。
自分が向いていると信じてやってきた。
だが、ユウシの魔法を見た時、私は自分のやっていたことが無駄だったのかもしれないと思ってしまった。
(あれほど、劇的に人を治せる魔法を。私は知らない)
足元から崩れる感覚。
今までの10年は無駄だったのかもしれない。
それが、司祭様の言葉で少しだけ救われた。
私の努力は、決して無駄ではなかった。
ふぅ、と息をつき司祭様は録音を止めた。そして立ち上がる。
「一度、エイブラムと話をしてみる。早馬を飛ばすが、エイブラムはどう考えるものか」
「エイブラム殿、なら。わかってくださると……」
平静を装い返事をするも、涙声なのはバレバレだ。司祭様は優しく微笑む。
「ここにいる者は皆、ジャックの事を認めている。自信を持て」
「……はい」
「あと……」
司祭様は眉間にしわを寄せ、険しい顔で口を閉ざした。
何か言いにくい事なのだろうか。背中に冷たい水を流されたようだ。
ぐっと拳を握りしめて、司祭様の言葉を待つ。
司祭様は口を手で覆い、顎を触る。
何を言うべきか、言わないべきか。
やがて決心をしたのか、ゆっくりと口を開いた。
「これは独り言だが……ユウシの魂は、本当にユウシなのだろうか」
「え……」
「では、また」
それだけ言って司祭様は部屋を出てしまった。
私は司祭様の言葉を繰り返し呟く。
「魂……」
ただ、ユウシの性格が変わってしまったのだと考えた。
もしかしたら、私の事が気に食わなくなり性格が変わってしまった……。
いや、もともとの性格だったのかもしれないと。
そうじゃなかったら?
もし、魂自体がユウシではない別の人間……仮に『A』としよう。
(ユウシじゃない誰かが、ユウシの体を乗っ取っている……?)
私は、考え付いたことを否定しようとした。だが、否定しきれない。
まだ証拠がない。それでも、今までの事を考えるとあり得ない話ではない。
今までのユウシでは考えられない魔力。
まるきり変わった性格。
最初は権力を持ったために変わったのだと思っていた
レドモンド殿下と話をした際に、そのようなことを仰っていたことがあったからだ。
『突然、権力を持った人間は性格が変わる。俺の周りでもいたからな』
何かを思い出したように話をしていた横顔を思い出す。
だが、今のユウシが本来の性格なら疑問点がある。
(ボロがでなかった……)
偽った性格はいずれ必ず人に見破られてしまう。そうじゃなくても、侍女長やエイブラム殿が何も言わないわけがない。
王族の近くにいることは、それ相応の派閥争いや権力争いも見ているはずだ。
その人たちがユウシに対して、意見をしたことはない。というよりも、ユウシが一歩引いていた。
そして、あの魔力。あれは。
(試験前のユウシでは、絶対に出来なかったこと……)
あそこまでの魔力を彼が出せたとは思えない。
ピースが徐々に埋まっていく。私は考えをやめることが出来なかった。
ふと、ユウシのパーティメンバーであるアレックスを思い出した。
彼はユウシの幼なじみだ。話を聞く限り、ユウシの性格は昔と変わっていないようだった。
先代の言葉を思い出した。
「もしかして……」
そんなことはない。頭で否定しつつも、体は先代の研究資料を探していた。
本棚の端の方。少し暗めのハードカバー。
先代が「もしもの時」用にと、魔力による鍵までかけた資料。
ただの箱のように見えるそれに、少しだけ魔力を通す。
甲高い金属音と同時に、薄いノートへと早変わりした。
ページをめくる手が震える。もし、私の考えがそうだとしたら。
目当てのページを開いて、文章を指でなぞる。
『魔力は体に宿る』『代償を重くすれば、能力以上の魔力を使えるのではないか』
『人によって、魂と魔力は一緒らしい。ならば、魂が変われば魔力が変わるのか?じゃあ、もともとは違う世界から来た俺はどういう存在なんだ』
一つ一つのピースが埋まっていく。試験前後のユウシの状態。
態度。
口調。
人への接し方。
「『例えば、魂を犠牲にすること』……」
あり得ないことだ。それでも、私は否定することが出来なかった。
「誰かの魂がユウシに入り、ユウシの魂を犠牲にしている……?」
魔力を使う代償として魂を使う。
魔力は増大し、普通なら使うことが出来ない魔法を使うことが出来る。
代わりに、魂は消費され寿命が短くなる。これが、魂を代償にしない大きな理由だ。
先代も、先代が読んでいた論文の著者も最後の回答は同じだった。
『そんな馬鹿なことをする人間がいるわけがない』
自分の魂を使って、強大な魔法を使う事
濃厚な悪意。
何世代にも渡り凝縮された憎悪。
そんな気持ちを持った人間であれば、使う可能性がある。だが、普通はない。
(もし、自分以外の魂でも可能だったら……?)
悍ましい考えだ。ぞっとして、足ががくがくと震える。
自分以外の魂を代償とする。
そんなこと、考え付いてもやるには至らない。論文を書いた人間も、その可能性については否定しているのだから。
けれど、ユウシの変わり様はまさに「魂が入れ替わった」としか言い様がない。
その入れ替わった別の魂が、ユウシの魂を代償として魔法を使っていたのだとしたら……。
ユウシは一生戻ってこない。その可能性にたどり着き、無意識で自分の髪の毛をそっと触った。
魂の殺人ではないか。
入れ替わったであろう『彼』は、それをわかった上で魔法を使っているのだろうか。
(今度聞いてみましょう……)
もう夜も遅い。私は本を棚に戻して、ベッドに入った。




