17話
夜、私はトレヴァー兄さんに手紙を書いていた。
キース司祭が来るまで、まだ時間がある。
何を書こうかと悩んでいると、ここ一年ほどの出来事が頭をよぎる。
「ユウシについて、書きましょうか」
トレヴァー兄さんの事だ。私が王家専属治癒師を辞めたのは、知っているだろう。
……のはずだが、兄さんからの返信が一向に来ない。
あれほどの出来事、兄さんの情報網に引っ掛からないわけがない。
しばらくこの国にいる、と言っていたはずなのに。
(何かあったんでしょうか……)
最後の手紙は、ユウシが中級試験を受ける直前だ。
『いい奴だな、ユウシくんは。大事にしろよ』と書かれていた。
(大事に……)
変わってしまったユウシ。書いたとしても、トレヴァー兄さんはなんと書くだろうか。
(そもそも、返事をくれるのか……)
妙な胸騒ぎがする。
私の勘違いであればいいのだけど。
コンコンとノック音が部屋に響く。
返事をすると、ドアが開きキース司祭が入ってきた。
「すまない。夜分に」
「いいえ。なにも出せませんが……」
「良いのだ。……さて、現状をまとめるか」
私は、端の方に置いていたテーブルと机を真ん中に持ってきた。
正面にキース司祭が座る。
「さて……。情報を整理したい。ジャック、ユウシはどう見える」
質問をしながら、キース司祭は小さな貝を出した。
録音ができる貝型の魔道具だ。なぜ、今?
私の視線に気づいたのか、キース司祭は顔色を変えずに説明を始めた。
「エリーゼ王女の病気が治ったのは良い事だ。だが、ユウシの態度は目に余る。王家の命令で後退したが、正しかったのか確認のためだ。あとで、エイブラムにも聞かせる」
「そうですか」
「……エリーゼ王女の病気が急に治ったからか、王家周辺は混乱している。ジャックの意見を話せ。彼奴は厳しいが、人の意見を全く聞かない人間ではない」
「……今のユウシは、別人です。少なくとも、試験前の人格とは似ても似つきません」
「そうか。数日後に、ジャックは登城したと。教会の人間で私以外に知っているのは?」
「いません。あの状態のユウシと共に登城するのは危険と判断しました」
「そうだな。私も、ジャックと同じ立場なら、同様の判断をするだろう。ジャックから見て、ユウシはどのような変貌をしたかを聞かせてくれ」
「そうですね……」
顎に手を当て、今までのユウシと今のユウシを頭の中で比較する。
「まずは、態度ですね。私へと態度が、だいぶ変わりました。今は……その……私の事を目の敵にしている節があります」
「こちらでも、把握している。王家と自分、線引きもしていた」
「えぇ。普段のユウシは、離宮手前の客室で待っています。……そもそも、助手でなければユウシは登城も乗り気ではなかったと」
「ふむ……。まぁ、緊張する場ではあるからな」
私は「王家専属治癒師」だから、エリーゼ王女の部屋に入ることが出来る。
病人といえど、エリーゼ王女は「未婚の乙女」である。治療の際も、必ず複数人の侍女が付き添っている。
ユウシは、自分が「王家専属治癒師の助手だから、ここまで入れる」「助手だから、ここまでしか入れない」を理解していた。
「そうじゃなくても、ユウシは元のパーティで貴族令嬢と共に活動していました。少なくとも、貴族というものは理解しているものかと」
家名は聞いたことないが、ユウシから聞いた見た目と名前をレドモンド殿下とトレヴァー兄さんに話したら。
『あぁ、彼女か。なら、知っている。……そうか、冒険者になっていたのか』
『え!?あの令嬢が!?冒険者!?……まぁ、そうだよなぁ』
と知っているような口ぶりだったからだ。
(納得するほど豪気な方なのだろうか……)
特にトレヴァー兄さんの反応が気になった。何かあったのだろうか。
「だが、今回はそうではなかった。ユウシは、知らないはずのジャックの登城をどこかで知った。何らかの方法で登城し、エリーゼ王女の離宮まで押し入ったと」
「……はい。治療の最中に、侍女長の焦った声が聞こえてきたんです。『あなたはここには入れません。前に言ったことを忘れているのですか』と」
「それに対して、ユウシは?」
「よく分からない言葉を話してました。『はぁ?意味わかんね。俺はイベントをこなしてるだけだっつの』と。不満げな、心底不思議そうな声音でした」
異質な内容ではあった。
イベント、というと私は建国祭や春祭りを思い出す。
総じて明るいイメージがある言葉だ。
王女の部屋に押し入ることは「イベント」ではない。
許可がないなら、「不法侵入」である。
にも関わらず、ユウシは「イベント」と言い放った。
(様々な決まりを破ってまですることが、彼にとってのイベントなのか……?)
だとしたら理解できない。
試験前のユウシとは、全く違う。
キース司祭は、「あぁ」と何か思いだしたかのように声を上げる。
「そもそもだ。ユウシは、エリーゼ王女の姿を知らないだろう?」
言われてはたと気づく。
そうだ。エリーゼ王女がユウシを知らないのであれば、逆もまた然り。
だが、ユウシはエリーゼ王女の姿を知っていたような口ぶりだった。
「離宮には、そもそもダミーの部屋もあるはずだ。ユウシはそれも知っていたと」
「いいえ。離宮の中へは入れないため、そもそも内部構造を知りません」
「……そうか。ますます謎だ」
「えぇ。ユウシが勝手に部屋に入った時、止めようとしました。ですが、ずっと『このイベントがないと、就職できないんだよ』『早くどけよ。俺が治せば終わるんだから』と」
「理解に苦しむ発言だな……。……ジャック、拘束魔法はどうした?」
「発動しようとしたのですが……。結界が出て閉じ込められました」
以前ユウシが使っていた複数の魔力の鎖で相手を縛る『拘束』
冒険者仕込みと言っていただけあって、かなり荒々しい魔法。
あれとはまた違う、もう一種類の魔法で何もできなかった。
キース司祭が、目を見開く。
「結界?」
「はい。結界……いえ、壁の方が正しいかもしれません。何をしても、解除が出来ませんでした」
「お前がか?」
信じられないといった声音だ。
頷きながら、話を続ける。
「私が動けず、ユウシを止めていた侍女長も何かに阻まれていました」
必死に問いかけた。エリーゼ王女に何をするのかと。
部屋に入り、エリーゼ王女が寝ているベッドに近づいていくユウシ。
私の叫びを聞いた彼は、振り向いた。
ゴミを見るかのような、蔑む視線だった。
『は?治すだけじゃん。なんだよ、お前』
エリーゼ王女に手をかざすユウシ。
危害を加える可能性がある。
とっさに、防御結界をエリーゼ王女の前に貼ろうとした。
だが、口が動かない。
「呪文を忘れてしまった。そんな魔法はないと考えてしまったくらいです」
稀にしか使わないから忘れたのか、と思った。
頭を抱える。
何も思い出せない。
呪文も、魔法式も、出てこない。
背筋が凍った。
「ジャック、お前なら魔法に必要なことは全て頭に入っているはずだ」
「はい。なので、本当に……どうしたのかと……」
「そして、ユウシはエリーゼ王女を治してしまったと。
静かに頷く。
あの光景を忘れられない。
ユウシがエリーゼ王女に手をかざした瞬間、二人から眩い光があふれ出た。
思わず目をつむる。
エリーゼ王女は無事だろうか。ユウシは何をしたいのか。
数秒たち、光が収まった。
同時に透明な壁もなくなり、侍女長が半狂乱になりながらエリーゼ王女の名前を叫んでいる。
何度か瞬きをしつつ、エリーゼ王女の様子を見る。
衝撃的な光景だった。
寝たきりのエリーゼ王女が、しっかりと地面を踏みしめていた。




