16話
「……ック、ジャック。起きているか?」
「……キース、司祭……?」
誰かに肩を叩かれた感覚。ガチャガチャと何かがぶつかる音がする。
ゆるりと、意識が浮上した。
キース司祭がランタンを片手に、私の顔を覗き込んでいた。
「よく寝ていた。珍しいな」
「申し訳ございません……」
「構わん。昨日は、大変だったからな。一晩寝ているとは思わなかった」
「……一晩?」
急いで起き上がり、窓の外を見る。
目の前が一瞬だけ揺らいだが、頭を軽く振って払う。
記憶の中では、夕方だったはず。
窓から身を乗り出し、東の空を見る。
微かに明るい。
同時に、朝を告げる鐘が鳴る。
(……失敗した……!)
少し寝るだけだったのに。
振り返り、キース司祭に頭を下げる。
彼は、「構わん」と一言。
「ここ数日は色々あっただろう」
「で、ですが。部屋の引き払いや、引継ぎが……!」
「ユウシには、説明した。文句は言っていたがな。……しかし、あそこまで変わるとは……」
キース司祭は椅子に座る。
テーブルには、パンとスープが置かれていた。
途端、腹が鳴った。
私はゆっくりと、椅子に座り食事を始めようとする。
手を止めた。
本来なら、朝起きて集会や指示出しをする必要がある。
それに、部屋の引き払いや引継ぎだ。
昨夜は、私が行う業務もあった。
(何もしていない)
ここにきて10年、何もせずに朝ごはんを食べたことなど初めてだ。
それで手が止まった。
私の様子を不審がったのか、キース司祭が訝しんだ目を向けてくる。
「どうした?」
「……いえ」
キース司祭は一度、深い溜息を吐いた。
呆れではない。
緊張をほぐすかのように、ゆっくりと長い。
ただ一言。
「私の意志だけではない」
私の緊張を解くには、十分だった。
「……いただきます」
マリーや他の神父やシスターが、起こしに来なかった。
私は気を遣われたんだ。
「……時にジャック。お前から見たユウシは、どのような人物だ?」
あまりに唐突な質問で、思わず彼の顔を見る。
突き刺す視線。私を責めているわけではなく、何かを見抜きたいような目だ。
「……試験前でしょうか?」
「どちらでも構わん」
「少なくとも、試験前までは良き友人でした」
「だろうな。……やはり、今のユウシはおかしい」
「……キース司祭も、そうお思いで?」
「あぁ。さっき、ジャックの話をしたんだ。そうしたら、『うわ、面倒』『変なNPCだな』とばかりでな。試験後から、やはり様子が変だ」
「……試験後から」
実技が終わった後、ユウシは疲労で横になっていたと聞いた。
数分経ち、ゆっくりと体を起こした急に隅に置かれていた的をすべて壊したとの事。
試験官は、戸惑ったが注意をした。
ユウシは。
『え? 俺なんかやっちゃいました?』
と、すっとぼけた顔をしてそう言い放った。
その後も『転生したなら、定番だろ』『的を壊しても、すぐに直るじゃん。問題ないって』と変なことを繰り返していた。
再度、私の説明を聞いたキース司祭は険しい顔をする。
「何度聞いても、やはり意味が分からないな」
「えぇ。……試験後のユウシは、はっきり言って異常です。ユウシには、登城することを伏せていたのですが」
「脅したのか?ユウシが誰かを」
「いえ。どちらかというと、私があの日に登城することを知っていた……」
伏せたはずなのに、ユウシは数多の警備をパスして離宮へと来た。
門番や護衛働いている文官がいるはずだが、彼らは何も言わなかった。
というよりも、『たまたま』ユウシが通る場所に誰もいなかった。
「それで、エリーゼ様を勝手に治したと」
「……治ったのは、本当にうれしい事です。ただ、ユウシの行いを咎めなくていいのかと」
レドモンド殿下には、ユウシがエリーゼ様の治療をした当日に手紙を出した。
今回のユウシの異常や、エリーゼ様への行い。
騎竜を飛ばしてもらおうと思っていたが、騎竜舎の騒ぎが収まっていないのかできないと断られた。
(レドモンド殿下が戻られるまで、かなり時間がかかる……)
「王城への不法侵入、王族へ許可なく触れる、そもそも未婚の貴族女性の部屋へ勝手に押し入る……。ユウシは、貴族女性とパーティにいたのではないのか?」
暗に「無知だったのでは?」と言いたげな言葉だ。
私は首を横に振る。
「ユウシは『知ってますよ~。入ろうとしたとき、エリザベス様に蹴られたことがあるんで』と」
「そうだろうな。離宮手前の休憩室にいるとユウシ本人が言っていた」
「言ってたんですか?」
「あぁ。見る物全てが珍しく、出るもの全てが美味と言っていた」
知っているがな、と眉を下げて笑うキース司祭。
(そういえば、定期的に私にも話してましたね……)
「ジャック、いったんユウシについて情報を整理しようと思う。夜に、また来る」
「わかりました」
そうだ。キース司祭にお見せするため、先代が残した資料を整理しておこう。
立ち上がり部屋を出ようとするキース司祭が、振り返る。
「それと、明日から私は教会を空ける」
「……この時期にですか?」
私が動けない代わりに、キース司祭が別の場所に赴くときはあった。
だが、この時期は珍しい。
胸中に不安が広がる。嫌な予感がする。
このタイミングでの、キース司祭の不在
私の表情を見て察したのか、
「西の方で騒ぎがあっただろう。レドモンド殿下から手紙が届いたのだ。私が留守の間、ジャックに任せる」
「なぜ、キース司祭が?」
「恐らくだが、レドモンド殿下は今回の事件を知らない可能性がある。まだ、ジャックが王家専属治癒師だと思っているはずだ」
「……私で、よろしいのでしょうか?」
王家専属治癒師であれば、私の指示に従ってくれる人も多い。
だが、今の私はそうじゃない。
私の顔を見て、ふっと表情を和らげるキース司祭。
「ジャックの話であれば、聞く者の方が多い」
ふと、自分が食べている食事を見る。
(そうだった。これは、私を気遣って……)
顔を上げ、キース司祭と目を合わせる。
「わかりました。未熟ですが、精いっぱいやって見せます」
「頼む」
「あっれ~~~~?ジャックさん、まだここにいるんですか?」
とぼけた声が聞こえてきた。
声の発信源を見やる。
勝手にドアが開けられており、にやにやと笑みを浮かべた青年が立っていた。
「ユウシ……」
「ユウシ、ノックをしなさい」
「え~、めんど。まぁ、いいや。ジャックさん、早く部屋くださいよ。まぁ、こんな地味な部屋はいらないんですけど。ほら、今の僕って大部屋じゃないですか。王家専属治癒師が、大部屋で寝てたら他の神父やシスターからやっかみを受けるんじゃないですか?」
何を言っているか、分からない。
(やっかみなんて、するわけがない……!)
彼ら、彼女らがどのような心を持っているか知っている。皆、神に仕えることを理解している信心深い人達だ。
キース司祭が立ち上がり、ユウシと相対する。
「朝から何度も言ったが、まだ引継ぎが終わっていない」
「え~、ならいつになるんですか?」
「……そもそも、正式にはまだジャックが王家専属治癒師だ。公には、説明されていない」
「それは大丈夫ですよ!だって、これが配られたんですからぁ」
ユウシが出したのはビラだった。
彼は、キース司祭と私にビラを渡す。
『王家専属治癒師の交代!新任はユウシ!エリーゼ王女の病気を治した奇跡の治癒師』
丁寧に、王家の紋章が押されている。
この文書が公式であることを示すものだ。
キース司祭はビラを受け取ると、ぐしゃりと握りつぶした。
「エイブラム……!私の忠告を無視したな……!」
「な?誰かは知らないけど、ハンコがあるってことはちゃんとした書類でしょう?これで、僕がこの部屋の主でしょう?早く、部屋から出て行けよ」
二人が何か話しているが、私には届いてこない。
ビラを持つ手が震える。
背中に冷たいものが走る。
(あまりに、早すぎる……)
宰相であるエイブラム殿が、早まったのだと思っていた。
違う。
この文書が用意されていたという事は、最初からユウシを王家専属治癒師にするつもりだったんだ。
(王家は、私を切り捨てる気が合ったのか……)
紋章は陛下と……エリーゼ王女の物。
レドモンド殿下の物はない。
「ほらほら、王家専属治癒師を大部屋に寝せていいんですか?早く、専用の部屋を用意してくださいよ。……あ、ジャックさんの荷物ってこれですよね?出しておきますね」
そういうと、ユウシは部屋の隅に置かれていたトランクに手を伸ばす。
「っ、触らないでください!」
とっさに大きな声が出る。
前のユウシなら、「運んでもいいですか?」と一言聞いてくれた。
そもそも、彼は人を見下すような言動はしない。
部屋に入る時はノックをする。
……いや、そうじゃない。
(やはり、ユウシではない……!)
見た目はユウシだが、中身がまるで違う。
(元々の性格?ショックな出来事があった?それとも……)
私の声に驚いた顔をするユウシだが、すぐに眉を顰め口をへの字に曲げる。
「うっぜ。いたいた前世にも、こういうの。自分の持ち物取られると、すぐにうるせぇ声だすの」
「ユウシ、今のはお前が悪い」
「キース司祭も、ジャックの味方かよ。はー、めんど」
ユウシは飽きたのか、「あー……」と呆れたような声を出した。
「まぁ、いいや。お……僕の本当の家はここじゃないし。僕が出ていくまではここでいいっすよ、ジャックさん。僕は優しいんで」
にやりと笑うユウシ。
眉は吊り上がり、「笑う」よりも「怒り」の方が強い表情。
ユウシの皮を被った別の人間。
全くの別人が、そこにいる。
いつから?
試験後?
試験前?
それとも、スタンピードの日に出会ったころから?
「あなたは……誰なんですか……」
考えていただけのはずだった言葉が、口から零れ落ちた。
私の発言を聞いたユウシは、得意げに笑う。
「誰って……ただの『モブ』だけど?」




