15話
教会の庭にある異国のピンクの花が咲いた頃。
明日は、ユウシの中級試験日だ。最後の復習をユウシと行う。
「明日は中級試験です。大丈夫ですか?」
「まっっっったく、大丈夫じゃないですね!不安です!」
「元気に言ってどうするんですか……」
胸を張り自信に満ちた笑顔ではっきりと話すユウシ。その顔を見て、手で顔を覆いため息が出てしまう。
「だって、筆記が余りにきつくて……」
「基礎知識なので、なんとか覚えてください」
「実地試験も不安です!」
「どうにかして、乗り越えてください」
といっても、どうにかなるだろう。なんだかんだで教会での医療行為が引っかかるところはない。
司祭様やマリーの評価も良い。施しにきた市民の方に話を聞いたが、彼らからの評価も良い。
(受かるとは思いますけどね……)
どうしても不安になるのは、気持ちはわかる。
「ユウシ、とりあえず重要項目だけでも復習しましょう」
「そうですね……」
「では、魔力についてを説明してください」
「魔法を使う際の力ですよね。えっと……体を巡る血液みたいな?」
「正解です。魔力を溜める際にはどうしますか?」
「髪と爪、あとは……宝石!禁忌事項は、魂でしたっけ?」
「そうです。正確には、禁忌事項は『魂を代償とした魔力供給は危険』ですね」
「あ~、そうか……。意外と覚えているもんなんですね……」
ユウシは、ふむと顎に手を当てて考え込む。私はその様子を見守りつつ、窓の外を見た。
チラチラと綺麗なピンクの花弁が散っている。
(サクラ咲く……なんて言葉もあるんでしたっけ)
どうやら「願いが叶う」ことを指すとか。
「……ユウシ、今日はもう終わりにしましょうか」
「え!?なんでですか!?」
「早めに休んで、明日の朝に復習した方が捗るでしょう」
「まぁ、そうですけど……」
「いいですか?何度も言いますが、きちんと休んでくださいね?」
念を押しておかないと、ユウシはすぐに徹夜で勉強をしてしまう。見回りをしている際、たまに見つけてその都度早く寝るように注意をしている。
今日は懺悔室の当番のため、見回りをすることが出来ない。
ユウシは、私の剣幕におののいたのか焦ったように喋り始める。
「わかってますって!さすがに寝ますよ!」
「……本当ですか?」
「……本当です」
私の視線から逃れるように目線をずらすユウシ。私は、念押しをして今日の授業を終えた。
昼は暖かいが、夜になると冷え込む春先の夜。私は、懺悔室で当番をしていた。
珍しく人が来ない夜だった。すでに月は見えず、東の空がほのかに明るくなっていた。
ふと、外から足音がした。私はその音に首を傾ける。外の門ではなく、私が座っている側。教会からの足音だったからだ。
一度小屋の近くまで来た後、遠ざかっていく。少し間を置いて、外の門から同じように足音が聞こえた。
私に伝達事項があれば、来客を確認してドアを開け話をすることが出来る。そうしないのは、おそらく私にはバレたくないのだろう。
(どういった話をされるんでしょうね……)
ぎぃ、とドアが開いた。私はいつも通り挨拶をして、椅子に座るよう促した。
座ったとき見えた服装に見覚えがあった。あれは、ユウシが着用していた服だ。
(どういうことだ……?)
「あ~……えっと……」
声の主はユウシだった。早めに寝て起きて復習をすればいいとは言ったが、さすがに早すぎるような気がする。
「何かお話があれば、どうぞ」
「いやぁ……こういう場所に来るのは初めてだから……。えっと……ジャックさん……ですよね?」
「……」
一度、沈黙する。ユウシははっとした声を出して、慌てだした。
「そうだ……!懺悔室は誰がやっているか言っちゃだめなんだった……」
「……はい。何か言づてがあれば本人に伝えるか、私から伝えます」
「そう、ですよねえ……。忘れてました……。えっと……今日来たのは理由があって。あ、キチンと寝ましたからね!」
「……そうですか」
「それでですね!今日はその……お礼を言いに来ました」
「お礼?」
ドキッとした。もしや、彼は試験を終えたあとパーティに戻るのだろうか。
私の動揺が伝わっているのかいないのかわからないが、ユウシは話を続ける。
「前にも話したと思うんですけど……僕、自分が役に立たないって嫌になってたんです。多分、パーティ脱退前から……。なんで、目の前にいる怪我人をすぐに治すことすら出来ないんだって」
「無力感を感じていたんですね」
「そう、ですね。……それがパーティのメンバーにも伝わっていたのかもしれません。だから、ガントやアレックスが僕をフォローしてくれたんだと思います」
エリザベス様の気遣いはわかりにくかったですけどね、と付け加えるユウシ。
「定期的にパーティのメンバーが僕に言ってくれていたんですよ。『ユウシがいてたすかっている』って。ただ、僕はそれにプレッシャーを感じちゃって……」
「だから、脱退を決意したと?」
「はい。このままだと、アレックスやガント、エリザベス様に迷惑をかけてしまうと。迷惑をかけられたことはないとメンバーは言ってましたけど、取り返しがつかなくなる前にやめようって」
「そうでしたか」
「アレックスには、『もし、またパーティに戻りたいならいつでも戻ってこい』って言われました。僕はそれに『魔法をもっと使えるようになったら、考える』と」
「……続けてください」
「それで、ギルドから出た後に王都に行けばなんとかなるかも!と思って。……その結果、スタンピードに巻き込まれたんですけどね」
ユウシの治癒後、話を聞くとスタンピードは収まったらしい。
原因は、テイマーの1人が離脱したことに寄るらしい。仮定形なのは、実際には魔獣の制御が今も出来ないせいだとか。
いわく、『1人のテイマーが抜けただけで、こうなるなんて今までなかった』とのこと。このまま行けば、魔獣は全て駆除すると仰っていた。
「その……ジャックさん……。あ、名前はだめか……。その……僕、未だに迷っているんです。ここに残るべきか、もしくはパーティに合流すべきか」
「……」
独り言だ。水を差さないよう、黙って話を聞く。
「試験をする前なんで、まだ何も言えないですけどね!あはは!でも、ジャックさんに会って教会に来て僕の世界は広がったなって。魔法にもたくさんの種類があるし、勉強の仕方も初めて知ったし……。だから、あの、感謝はしているんです!でも、そのまま何も返さずに教会から出て良いのかなって……。……僕は、なんていってほしいんだろう」
ユウシは、多分どうしたらいいか迷っている。おそらく、ここに来て以降ずっと迷っていたんだろう。
私は、なんて声をかければ良いんだ。
教会にいてほしい?だめだ、これは私の我が儘だ。
パーティに合流した方が良い?これも正解じゃない気がする。
……いいえ。今私が話すべきことは、未来のことではありません。
「……今日の試験、合格すると確信はしていますか?」
「へ?」
疑問と驚きの声を上げるユウシ。私は、発破をかけるように話を続ける。
「今日、早起きをした理由は復習ですよね?」
「そうですけど……」
「不安ですか?」
「……いや、多分……?」
「受かった後のことは受かった後に考えましょう。貴方が今すべきなのは、試験に向けて自分のコンディションを整えることです」
「受かった後のことは後で考える……確かに、そうですね」
納得したかのように、うんうんと頷く様子のユウシ。
「わた……ジャックにお礼を言いたいのであれば、合格した後で言ってください。その方が喜ぶはずです」
「そう、ですかね……。そうですよね。……わかりました」
何か決意したのか、硬いが明るさを持った声で喋るユウシ。
「ありがとうございます!……あ、それとこれとは別です!ジャックさん、今までの勉強ありがとうございました!とりあえず眠いので、少し寝ます!」
そう元気に言い放ち、仕切りの近くに何かをおいて小屋から飛び出していった。
何をおいていったのか見ると、冒険者が使っている防水製の収納袋が置いてあった。
ニルソン商会の刻印が入ったカードには、『ありがとうございます!』と手書きで書いてあった。
「……こちらこそ、ありがとうございます」
袋を慎重に持ち、籠に入れる。次、目を覚ましたときには試験が終わっているはずだ。
どういった問題が出たか、実技はどういった内容だったか、手応えはどうだったか。
「聞くことがいろいろありますね……」
とりあえず食事をして、睡眠をとってからにしよう。ユウシを迎え、試験の内容を振り返りつつ袋のお礼をしなければ。
自然と上がった口角をそのままに、私は懺悔室から教会へと戻った。
それが、『ユウシ』と話をした最期の時だった。




