12話
「ジャック神父、こちらです!」
「お疲れ様です。状況は?」
急いで講堂へ向かうと、入り口付近に伝言を頼んだ神父が手を振っていた。
講堂前で、彼に簡単な聖魔法をかけてもらう。
先代が考えたもので、身体についている毒性がある菌やウイルスを殺せる魔法だ。
「現在、ユウシくん……。いえ、ユウシ神父が対応中です」
「患者の状況は?」
「スラム街での喧嘩に巻き込まれたようです。ただ、けがの治療は終わったのですが……」
「治ってないんですか?」
「いえ、幻覚症状がひどく。薬物か、近い魔法をかけられているのではないかと」
「わかりました。場所は?」
「一番奥です」
講堂は、カーテンで仕切られた個室が並んでいる。
並んだ個室を見つつ、一番奥まで急ぐ。
「音は消しているんですか?」
「はい」
「わかりました」
私たちの足音が聞こえたのか、カーテンの端が空き手招きをする別の神父の姿が見えた。
「ジャック神父!助かりました……ユウシくんが……!」
「状況は?」
中に入ると、一人の男が暴れていた。ユウシが羽交い絞めにしているが、それも意に介さずに手足を激しく動かしている。
「どこだっ、ここ!!!離せ!!!俺はこんな場所にいるようなじゃねぇ!!」
「落ち着いてください!ここは教会です!安全ですよ!」
「うるせぇ!!黙れNPC!!!」
「力つよ!?あ!!ジャックさん!!!どうしましょう!」
よく見る薬物中毒者の暴れ方ではない。
異常な力に、異常な見え方。
暴れている彼は、周りの神父や私の目を見ていない。
彼は、明らかに「何か」を見て怯えている。
(名前不明、推定二十代。外傷は治療済み。ただし、錯乱状態)
ユウシが書いたであろう彼の詳細を読みつつ、声をかける。
「ユウシ、彼の怪我の治療は?」
「治せました!ばっちりです!……いや、ばっちり……ではないですね」
参ったと眉を下げて力なく笑うユウシ。
元冒険者だけあって、自分よりも少し大きい男性をきっちりと抑え込んでいる。
「最初は、意識がなかったんですこの人。ただ、治療が終わった後に目を覚ましたらこの様子で」
「なるほど。詳しい事は、分かっていないんですね?」
「はい」
「……わかりました」
「ジャック神父、彼を拘束しますか?」
他の神父が私に指示を仰いでくる。
ユウシの顔には汗と、困惑の表情が浮かんでいる。
部屋の中を見渡して、使えるものがないかを探す。
(金属……できれば、宝石の類……)
ふと、トレヴァー兄さんから貰ったカフリンクスの事を思い出す。
袖の裏側のカフリンクス。少し大きいそれを触ると、前面が空いて中から小さな水晶が出てきた。
恐らく何も入っていない、ただの水晶だ。
普通なら、これに魔力を溜めて緊急時に使うものだろう。
兄さんの事だ。もしかすると、「まぁ、なんか役に立つもん入れておくか」的なノリでいれたんだろう。
(これだ)
「拘束は出来るだけ使いたくありません」
「しかし!」
「これ以上彼の体に負担をかけられません。よって、気絶させます。キース司祭には、あとで伝えれば――」
「構わない、ジャック」
厳格な声が響く。
振り向くとキース司祭が、部屋を見渡していた。
「キース司祭、いつのまに」
「別の神父が呼びに来てくれた。状態は?」
「錯乱状態で、話が聞けません。けがの治療は終わったとユウシが」
「承知した。ジャック、できるか?」
「やってみます」
「ユウシ、一瞬でいい。拘束魔法を、彼に」
「うぇ!?い、いいんですか?冒険者仕込みの荒い魔法なんで、むちゃくちゃキツイですよ!?」
「ほんの一瞬だ。まばたきする時間、稼げればよい」
「わ、わかりました!じゃあ、『拘束』!」
ユウシが叫んだ瞬間、二人の足元に魔方陣が浮かび上がる。
そこから、複数の鎖が飛び出し暴れている患者を締め付けた。
ほぼ同時に、私は患者の腕を掴む。
原因を探るべく、魔力の流れを読もうと試みた。
「あ”!?」
(なんて、荒々しい……!)
エリーゼ様とはまた違う、魔力の質と量。
彼女が洋々と流れる大河であれば、彼はごうごうと轟く激流だ。
(魔力障害……!しかし、エリーゼ様とはまた違う……!)
元々の魔力量か、もしくは何かトラブルがあったのか。
今考えることじゃないと、頭を振る。
空いてる手で水晶をしっかりと握り込む。
「聞いていますか!?」
患者は何も返事をしない。ただ、何かに耐えるように目をつむっている。
「今から、あなたの魔力を私に移して魔力障害を解消します!」
「わ、……かった……」
「ありがとうございます!『譲渡』」
許可を貰った瞬間、身体の中に自分とは別の魔力が流れ込んでくる。
(なんだこれ……!?)
今まで感じたことがない魔力の流れだ。
エリーゼ様の治療や、他の魔力障害の人をたくさん診てきた。
その誰とも違う。
そもそも、これは。
(魔力自体、違う……!?)
言葉で言えないが、違う。
毒々しい、いっそ悪意と呼べるほどの魔力が私を襲う。
同時に応接室での会話を思い出す。
(魔力が2種類?!まずい……!)
私一人であればいいが、拘束魔法を発動中のユウシが患者と繋がっている。
しかし、魔力譲渡は合意の上のみだ。
それでも、念のために。
「ユウシ……!鎖を、解いて……!」
「は、はい!」
ふっと、ユウシの魔法が消える。
同時に、手に握り込んでいた水晶に魔力を移す。
(まずい、水晶が壊れる……)
水晶が耐えきれない。かすかに、ピキピキと破裂音が聞こえる。
自分で『硬化』をかけることはできない。それをしたら、患者と私の体が固まってしまう。
「『硬化』」
不意に声が響く。恐らくキース司祭だ。
水晶の破裂音が消えた。
同時に、身体の中の暴れていた魔力がなくなっていく。
目の前の患者は、膝から徐々に崩れ落ちていく。
ふっと、『譲渡』を解いた。立って居られず、私も崩れ落ちる。
「ジャックさん!」
ユウシが私の体を支える。
彼が不安そうな顔をしているが、私よりも目の前の患者だ。
「だいじょうぶ、……ですか……」
目の前にいる患者は、ぽかんとした顔をしている。
「あの……俺は、なぜここにいるんでしょうか?」




