11話
「別の人間?」
思わず繰り返した。
どういう意味だ。
書類には、『記憶錯乱の可能性』の一文が記載されている。
エイブラム殿は、書類を探しながらも話を続ける。
「最初に調書を取った時と、次に取った時。全くの別人だったのです。スタンピードはおろか、自分が何をしていたのかも覚えていないと」
「罪を免れたいだけでは?」
「我々もそう考えました。……それで、検査した結果がこちらに」
書類を取り出し、ある部分に丸を付ける。
そこに書いてあったのは、信じられない文章だった。
『2種類の魔力が存在すると認める』
「ジャック殿、魔力が2種類とは存在するのか?」
エイブラム殿が、真剣な顔で聞いてくる。
鋭い瞳だ。もし隠し事や、後ろめたいことがあったら即座に見破られそうな目。
あり得ないと言いたい。そんなもの、存在するはずがないからだ。
だが、私はこの例を知っている。
(ユウシ……!)
彼を治療したときに感じた魔力。ユウシ本人の物とは別の、かすかな違和感を持った魔力。
「エイブラム、貴殿はどう考える」
考え込んでいるとキース司祭が、エイブラム殿に意見を言うよう促した。
「私ですか?ジャック殿は?」
「ここまでジャックが考え込むのは、珍しい。まずは、貴殿の意見が知りたい」
「……専門家ではありませんので、何とも。ですが、あり得ない事です。しかも、人格まで変わっている。私の経験上では魔力障害による錯乱、が一番筋が通る」
「だが、そうじゃなかった。これを読むと、魔力障害の跡が一切ない。記憶錯乱の可能性とあるが、そうは見えない。だから、ジャックに聞きに来たんだろう」
「えぇ、そうです」
「私の意見……ですか……」
言うべきか、閉まっておくべきか。
顔をうつむき、唇をかむ。
言った場合、ユウシが取り締まりを受ける可能性がある。今の段階で、ユウシに問題はない。
言わない場合、ユウシがもし暴走したら止められない。それに、私たちがいるのは平民も住んでいる町だ。
ここで、ユウシが暴走したら数多の人間が犠牲になる可能性がある。
それだけは、避けたい。
(いや、迷っている時間はない)
もし、これで黙っていた場合。ユウシが、錯乱した状況では私だけじゃ止められない可能性がある。
その際に、誰かに力を貸してもらう必要がある。
それに、本当に魔力が2種類あったら、ユウシが操れるかもしれない。
「……一度だけ、同じような人に会ったことがあります」
「本当ですか?」
「……ユウシです。お二人は、ご存じでしょう?」
「ユウシ……。あぁ、貴方の助手の?」
「はい。スタンピードの際にできた傷を治療中、かすかにですが」
「なるほど……。今、彼はどちらに?」
「講堂で、教会の仕事をしてもらっています」
「そうですか……。なら、一度検査だけでもしてもらいますか」
「わかりました。ユウシに言っておきます」
ふーっと息を吐き、背もたれに背中を預けるエイブラム殿。
彼は、胸元からチーフを取り出して額を拭う。
「しかし、前代未聞です。今回のスタンピードの原因が、まさか国所属のテイマーだなんて」
「エイブラム、発表はするのか?」
「……まだ、迷っている。テイマーが原因だとわかれば、騎士団の管理体制が疑われる。騎士団は、王国での安全対策だ。そこが、揺らげば市民に不安が広がる」
「では、隠すと?民は、安心できないぞ」
「根拠がない状態で発表はしたくない、といいたいだけです。信頼が揺らげば、統治が揺らぐ。統治が揺らげば、国自体が揺らいでしまう」
「まぁ、そうだな」
キース司祭の意見に同意するよう、うなずく。
スタンピードの原因が分からない限り、うかつに王都や郊外の町の出入りが出来なくなる。
突然、対応しきれない魔獣が発生するのだ。お金も時間もかかる。
だが、エイブラム殿の言い分も分かる。
根拠がない状態で発表しても、かえって混乱を招くだけだ。
国が荒れたら、収めるのにかなりの時間と労力が必要となる。
「それに、そもそも魔力が2種類というのが想定外です。キース殿、ジャック殿」
「正直に言おう。こちらも想定していない。そもそも、魔力に種類がある事すら今日初めて聞いた」
「やはり、そうでしたか。ジャック殿、何か知っていますか?」
「私ではどうも……。魔力は魂に紐づきます。複数の魔力があるという事は、魂が複数あることになります」
「あれはどうでしょうかな?魔力譲渡は?」
「魔力譲渡は、お互いの同意と拒絶がない場合だけです。今回の件だと、テイマーの他にもう一人。共犯者がいることになります」
「なら、無理だな。彼から出てきた魔力反応は、国所属の人間の誰にも当てはまらなかった」
「せめて、昔の資料を見れたら……あ」
ふと、ある物を思い出した。
何かあった時のために、残しておくと言われていた物。
「一度、先代が残した資料を読んでみようかと考えています」
先代の研究資料だ。
まだ、私の部屋に残されている。捨てても良いと言われが、なんとなく取っておいた書類たち。
私の提案にエイブラム殿は、顎に手を当て考える。
「あの方の資料ですか。分かったら、連絡を」
「はい」
「しかし、先代は今どちらに?こちらでは、把握が出来ていなくてですね」
「一応、手紙は出しているのですが……」
私でも把握できていない。
移住先と思われる場所に手紙を出したことはあるが、返事が届いたことはない。
放浪の旅に出ているのか、もしくは患者がたくさんきて忙しいのか。
(もしくは、私の事なんてもう忘れているか……)
ジリリリリリリ!!!
突然、けたたましい金属音が応接室に響く。
目を向けると、連絡用のベルが小刻みに震えている。
キース司祭が素早く立ち上がり、ベルをとる。
少しの返事の後、私の方を振り向いた。
「ジャック、講堂だ。ユウシで対応できないとの事だ」
「っ、わかりました!」
「では、私はお暇しましょう。また、次の登城で」
「っはい!エイブラム殿、お気をつけて」
「ジャック、先に行きなさい。私は、エイブラムを送っていく」
「はい!」
二人に頭を下げ、急いで講堂へと向かう。




