10話
「……ックさん、ジャックさん!」
「……ユウシ?」
肩を掴まれ揺さぶられる。目の前には、眉を下げて心配そうに私を見つめるユウシの顔
「どうしたんですか、ジャックさん。ここ数日、なんかぼーっとしてますけど」
「……何でもありません」
「本当ですか? ずっと上の空じゃないですか。前に貰ったクッキーも落としてましたし」
エリーゼ様の婚約の話から、数日たった。
いまだに考えがまとまらない。
お二人からは、気にするなと言われたが。
(それでも、あの時に私が出来ることはあった……)
「ジャックさん、また何か考えてるでしょ」
ユウシが再度聞いてくる。私は目の前の事に集中しようと結論付け、思考を切り替える。
「……ユウシの教会での実践という事ですから、色々と考えてました」
「そうなんですよね~~!何かあったら、真っ先に頼ります!」
堂々と胸を張って、助けを借りる宣言をするユウシ。
(もう半年ですか……)
彼は本格的に『治癒師』として働く。
ここから半年様子を見て、問題がなければ中級試験を受けることになる。
(何かあったら、カバーできるようにしておかなければ……)
「ユウシ、何かあったらすぐに私のもとに」
「はーい。ジャックさん、今日ってどこでしたっけ?」
「キース司祭のところにいます。講堂からは遠いので、何かあったらベルを鳴らしてください」
キース司祭の部屋には、各部屋からつながるベルがある。それを鳴らしてもらえれば、すぐに向かうことが可能だ。
「わかりました~。じゃ、行ってきます!」
私に元気よく手を振りながら、講堂へと向かうユウシ。
彼の背中が視界から消えると同時に、私はすぐさま踵を返した。
「ジャック、応接室に変更だ」
「は、はい」
司祭室に向かったが、途中でキース司祭と合流した。
彼は、反対の入り口付近へと歩き出す。
どうやら応接室で話をするとのこと。
(しまった。ユウシに伝えてない)
彼には司祭室にいると伝えていた。応接室にも、同じようなベルが置いてある。
講堂へ向かおうとする神父に、私の居場所をユウシへ伝えておいて欲しいと頼んだ。
少し早歩きでキース司祭に追いつく。
顔を見上げると、キース司祭は剣呑な顔をしていた。
「なぜ、応接室へ?」
彼は少し逡巡し、口を開いた。
「行けば分かる。ただし、内容は他言無用だ」
キース司祭は短く告げた。私は、彼を見上げて頷く。
応接室に入ると、エイブラム殿が迎えてくれた。
彼は、護衛を外に出して人払いをした。
当たり前のように行われているが、頭の中は疑問でいっぱいとなる。
(なぜ、彼が……?)
普段、王城を出ない人だ。というより、忙しすぎて出るに出られない。
(よほど、大事な用事なのだろう……)
私はキース司祭の隣に座る。
正面のエイブラム殿が、鞄から手紙を取り出した。
「まずは、こちら。エリーゼ様からの書状です。ユウシに渡してください」
王家の封蝋が入った紙。
書状より、手紙に近いそれを私は受け取る。
何が書いてあるか、大体は予想が出来た。
(ユウシの治療に関してのことだ……)
ユウシは話に出さないだけで、かなり気にしている。
教会の図書館で、熱心に調べ物をしていることが多いからだ。
どのような病気かは分からないようにしているが、自分への治療でエリーゼ様の治療が遅れたのは理解している。
「エリーゼ様からの伝言です。ジャック殿に中を検めて頂きたいとのことです」
「……よろしいのですか?」
ユウシ宛ての手紙なら、彼が読めばいいと考えていた。
(エリーゼ様は、何を……)
「では、拝見させて頂きます」
疑問に思いつつ、封蝋を剥がす。これで無視したら、次の登城で何かを言われかねない。
エリーゼ様の繊細な文字が並ぶ手紙を、できるだけ早く丁寧に読み解く。
『私は、全く気にしていません。ジャックは王家の専属ですが、王家は民がいないと存続できま
せん。ゆえに、民に手を差し伸べたジャックも貴方にも非はありません。唯一欠点があるとすれば、公の場に出るための準備期間がなくなったのは、残念。私は、まだダンスも踊れないのに』
読んでいて、目頭が熱くなる。
身に余る恩情だ。
ユーモアを混ぜつつ、私やユウシに対して重くならないよう配慮されている。
泣きそうになるのを耐えつつ、エイブラム殿と向き合う。
「……エリーゼ様からのご恩情、この身に染み渡ります。後で、ユウシに見せ手紙を書かせます」
「よろしい。次の登城の際に、持ってきなさい」
「かしこまりました」
「……それと、これは個人的な礼とお詫びです」
エイブラム殿が差し出してきたのは、クッキーだ。繊細な模様が施されている缶は、一目で上等な物だとわかる品だ。
私は丁重に断ろうと、彼に返した。が、エイブラム殿は再度私に缶を押し返す。
「エリーゼ様の治療が遅れた一端には、私の治療も入っております」
「あれは、私の甘さも原因ですから」
「私の気が収まりませんので」
「……では、いただきます」
後で、他の神父やシスターに配ろう。私一人で食べるには多すぎる。
「……エイブラム、貴殿はこれだけのためにお越しになったのか?」
私とエイブラム殿のやりとりを静かに見ていたキース司祭が、疑問に満ちた声で質問をぶつける。
確かに、不思議だ。
これくらいなら、他の文官や騎士に頼めば良い。
わざわざ忙しいエイブラム殿が動くことも無い。
エイブラム殿は、一瞬目を泳がせた。
ふっと息を吐いたと思うと、一回咳払いをする。
「キース殿は聡いな。エリーゼ様からの書状は、カムフラージュです。本題はここからと、他言無用で」
「承知した。ジャック、『消音』だ」
「はい」
(なぜ……)
疑問に思いつつ、魔法を部屋全体にかける。
エイブラム殿が外の護衛に何かを話している。恐らく、『消音』が発動しているかの確認だろう。
戻ってきたエイブラム殿は、メガネを上げて足を組む。
「その……いささか奇妙な話になる。一応、耳に入れておいてほしい」
「如何様なことで?」
キース司祭が前のめりになる。
私も同じように前のめりになり、エイブラム殿の声を聴きやすくする。
「スタンピードの原因だ。西の騎竜舎がトラブルを起こしているのは、知っているか?」
「えぇ。レドモンド殿下から」
「ジャック殿は聞いているのですね。この度、原因が分かりまして……。というか、原因といっていいのか分からず」
珍しく歯切れの悪い口調だ。普段のエイブラム殿なら、きっぱりと事実だけを述べるのに。
「どうした、エイブラム殿。貴殿は、もっとはっきりと物言いをする人間だろう?」
「……なんというか、全てがおかしいので。……今回の騒動、一人のテイマーによるものでして」
「テイマーが?」
私は眉をひそめる。国に仕えるテイマーが、あれほどの騒ぎを起こしたのか。
「えぇ。話を聞いたのですが、言動の不一致が見受けられましてな。最初に騒ぎを犯したときに聞いたところ、ただ一言」
「一言?」
「『みんなと旅に出ようとした』とだけ」
「旅……?」
訝しげな声を上げるキース司祭。
「えぇ。彼は、騎竜を誘っているように見えました。……実際は、最後に騎竜を竜舎から出そうとしていたんです」
苦々しい表情で説明を続けるエイブラム殿。
「彼の表情は、喜びに満ちていました。騎士たちが止めると、怒りへと変わりましたがね。『彼等は、こんなところにいたいんじゃない!空を自由に飛びたがっているんだ!』とね」
「エイブラム。騎竜は品種改良で、野生では生きていけないはずだろう。それを、教育していないのか?」
「そんなわけないでしょう、キース殿。件のテイマーは、それを理解していました」
「エイブラム殿……その……テイマーはどうなったんでしょうか?」
「捕縛しました。牢屋にて、一晩過ごしてもらったのですが。……そこからが、おかしい」
エイブラム殿は、書類を取り出しペンである部分をマーキングした。
「全く、違っていたんですよ彼。一晩で別の人間のようになっていたんです」




