婚約破棄された伯爵令嬢ですが、冷酷宰相との白い政略結婚のふりをして、元婚約者ごと国をざまぁします
「リュミエラ・フォーン。お前のような退屈な女は、王妃の器ではない」
アルヴァイン王国のきらびやかな舞踏会場。
高らかに響くその声が、音楽を止めた。
婚約者である第一王子、セリオス殿下。
彼は私の隣ではなく、派手なドレスをまとった聖女候補の女性の肩を抱いている。
周囲の貴族たちが扇子で口元を隠し、嘲笑の視線を私に向けていた。
「よって、この場で婚約を破棄する! 我が国には、もっと情熱的で華やかな王妃が必要なのだ」
セリオス殿下は、自分が劇の主人公であるかのように両手を広げる。
私は、静かにカーテシーをした。
「……承知いたしました、殿下」
泣き叫ぶことも、すがることもない。
ただ淡々と事実を受け入れる私の態度が、彼の自尊心を逆なでしたらしい。
「ふん、最後まで可愛げのない女だ。これだから『石像令嬢』などと呼ばれるのだ」
石像で結構です、と心の中で毒づく。
私の実務能力に頼りきりで、書類仕事ひとつ自分では片付けられない彼。
そんな相手に、未練などみじんもなかった。
ただ、心臓が冷たい水の中に沈んでいくような感覚だけがある。
翌日。
私の元に、父であるフォーン伯爵から縁談が持ち込まれた。
「リュミエラよ。お前には隣国ルーメンの宰相、ヴァルツ・エルネスト公爵のもとへ嫁いでもらう」
ルーメン王国。
軍事と諜報に長けた、北の戦略国家。
ヴァルツ宰相といえば、『氷宰相』の異名を持つ冷徹な合理主義者として有名だ。
これは事実上の厄介払いであり、体のいい人質としての輿入れだった。
「……わかりました。お父様」
私はここでも、感情を殺してうなずいた。
役に立つからそこにいる。
役に立たなくなれば、捨てられる。
それが私の人生なのだと、あきらめていたから。
◇
ルーメン王国への輿入れの日。
宰相邸の寝室で、私は夫となるヴァルツ・エルネストと対面した。
黒曜石のような黒髪を後ろでひとつに束ね、深い瑠璃色の瞳は感情を一切映していない。
噂通りの、凍てつくような美貌の持ち主だった。
彼は私を一瞥すると、吐き捨てるように言った。
「安心しろ。俺はお前を愛するつもりも、抱くつもりも一生ない」
初夜の拒絶。
白い結婚の宣言。
予想はしていたけれど、面と向かって言われると胸が痛んだ。
「……はい。承知しております」
「俺は忙しい。部屋は好きに使え」
彼は背を向け、扉へと向かう。
侍女たちの噂では、彼は屋敷に愛人を囲っており、夜はその女性の元へ通っているらしい。
私はただの飾り。政略のための道具。
そう自分に言い聞かせた、そのときだった。
(……え?)
去り際、彼の指先が近くのテーブルに触れた。
その手が、小刻みに震えているのが見えたのだ 。
まるで、必死になにかをこらえているかのように。
けれど、彼は一度も振り返ることなく、部屋を出て行ってしまった。
広い寝室に残された私。
冷え切ったシーツに身を沈め、長く重い溜息をついた。
あの震えは、いったい何だったのだろうか――。
◇
宰相邸での生活は、奇妙なほど平穏だった。
ヴァルツ様とは食事が別で、顔を合わせることはほとんどない。
使用人たちも礼儀正しいが、どこか私と距離を置いている。
けれど、違和感があった。
あてがわれた私の部屋には、なぜか私が一番好きな銘柄の茶葉が常備されていた。
アルヴァイン王国でも入手困難だった希少な本が、最初から本棚に並んでいる 。
まるで、私の好みをすべて熟知しているかのように。
転機が訪れたのは、輿入れから数週間後のことだ。
アルヴァイン王国からの使節団を迎えた、歓迎晩餐会。
セリオス殿下の側近も含まれるその席で、私の前に置かれたワイングラス。
私がそれに口をつけようとした、その瞬間だった。
「待て!」
鋭い声と共に、横から伸びてきた手がグラスを叩き落とした。
ガシャン!!
赤い液体が、白いテーブルクロスに広がる。
ヴァルツ様だった。
「……閣下?」
「誰だ。この女にこの酒を出せと指示したのは」
会場の空気が凍りつく。
ヴァルツ様の瞳は、見たこともないほど冷酷な光を宿していた。
「も、申し訳ございません! アルヴァインの使節の方が、どうしても故郷の味を妃殿下に、と……」
「故郷の味、か。くだらん」
ヴァルツ様は自分のグラスを手に取ると、一気に飲み干した。
そして、私の方を見ずに低く告げる。
「俺の管理下にないものを口にするな。……死にたくなければな」
それだけ言って、彼は席を立った。
後で知ったことだが、あのワインには遅効性の毒が含まれていたらしい 。
そして、私の代わりに毒入りかもしれない自分のワインを飲んだ彼は、執務室に戻った直後に解毒剤をあおっていたという。
(どうして……?)
愛するつもりはないと言った。
冷酷な態度も変わらない。
なのに、どうして命がけで私を守るようなことをするのだろう。
◇
その謎が解けたのは、ある日の午後だった。
私は回廊で、宰相の愛人と噂される女性、ミレイユとすれ違った。
整った顔立ちの美女だが、その歩き方に違和感を覚える。
ドレスの裾からのぞく足運びが、まるで鍛え上げられた騎士のようだったのだ。
「あ……」
廊下を吹き抜けた強風が、彼女の金髪をさらった。
ふわりと舞ったのは、かつら。
その下から現れたのは、短く刈り上げられた灰色の髪だった
「……っ、しまっ」
「え、男の人……?」
目が合う。
相手は観念したように溜息をつき、野太い声で言った。
「……バレちまっちゃ仕方ないですね。俺はミレク。宰相閣下付きの近衛隊長です」
愛人ミレイユの正体は、女装した護衛騎士だった。
混乱する私を、ミレクは「見せたいものがある」とある部屋へ案内した。
そこは、宰相邸の奥にある作戦室だった。
壁一面に貼られた地図と、膨大な資料。
その中に、アルヴァイン王国の不正データに混じって、異質な棚があった。
『リュミエラ・フォーン関連記録』
そう書かれた棚には、私の行動記録がびっしりとファイリングされていた 。
孤児院への寄付記録。
セリオス殿下の失敗を私が裏でカバーした案件の数々。
夜会で誰にも気づかれないように壁の花になっていたときのことまで。
「……どうして、ここまで」
「敵国の動向を探っていた閣下が、偶然あなたを見つけたんですよ」
背後から声がした。
振り返ると、ヴァルツ様が立っていた。
いつもの冷徹な仮面はどこか崩れ、バツが悪そうに視線を逸らしている。
「アルヴァインのような腐敗した国で、誰に評価されることもなく、それでも誠実に生きるお前が……気になって仕方なかった」
「ヴァルツ様……」
「だが、この国には『最も愛する者の情報は、国家機密並みに守らなければならない』という鉄則がある 」
ルーメン王国は、諜報と戦略の国。
要職にある者の弱点は、即座に敵に狙われる。
だからこそ、本当に大切な存在は徹底的に隠し、偽の愛人を作ってでも「愛していない」ふりをするのが、この国の流儀なのだと。
「お前以外を妻に選ぶ未来を、何度計算しても、俺の思考回路はエラーを吐いた」
ヴァルツ様は一歩、私に近づいた。
その瞳には、もう冷たさなどみじんもない。
あるのは、溺れるような深い熱情だけ。
「……それに、俺は負けず嫌いでな。あんな見る目のない王子に、お前を傷つけられたままにしておきたくなかったんだ」
不器用な告白に、私の胸の奥が熱くなる。
私は、誰かの役に立つから選ばれたんじゃない。
私自身を、この人は見ていてくれたのだ。
◇
そして、決戦の日。
両国の友好条約調印式のため、アルヴァイン国王とセリオス殿下がルーメン王城を訪れた。
大広間には、両国の貴族たちが集まっている。
セリオス殿下は、相変わらず自信満々な様子で私に近づいてきた。
「やあ、リュミエラ。聞いたぞ、あの冷酷宰相に冷遇されているそうじゃないか」
彼は下卑た笑みを浮かべ、私の顔をのぞき込む。
「どうだ? 今なら、僕の側妃として戻してやってもいいぞ。あの堅物よりは、僕の方が楽しませてやれる」
「……お断りします」
「強がるなよ。愛人もいるような男の飾り妻なんて、惨めだろう?」
セリオス殿下が私の腕を掴もうとした、そのとき。
「勘違いするな、アルヴァイン王子」
氷のような声が響いた。
ヴァルツ様が、私の前に立ちはだかる。
「……なんだ、宰相。図星を突かれて怒ったか? どうせ君にとって、彼女はただの政略の駒だろう」
「ああ、そうだ。彼女はただの妻ではない」
ヴァルツ様は冷ややかに言い放つと、壇上へと上がった。
そして、アルヴァイン国王を見据えて宣言する。
「条約締結の前に、一件だけ清算すべき問題があります」
彼が合図をすると、ミレクたちが大量の書類と証人を連れてきた。
そこには、先日の毒殺未遂の証拠。
セリオス殿下が関わった横領の記録。
そして、我が実家フォーン家への不当な圧力の数々が記されていた 。
「これほど腐敗した王子を、我が国の姻戚と認めるわけにはいきませんな」
会場がざわめく。
アルヴァイン国王の顔色が蒼白になる。
ルーメン側の徹底的な証拠収集能力の前に、言い逃れは不可能だった。
「な、なんだこれは! でっち上げだ!」
「往生際が悪いですよ、殿下。……それと」
ヴァルツ様は壇上を降り、私の元へと歩み寄る。
そして、大勢の貴族たちが見守る前で、私の手を取り、その場に跪いた。
「えっ……ヴァルツ様!?」
「リュミエラ」
彼は私の手の甲に、敬愛を込めた口づけを落とす。
そして顔を上げ、広間に響き渡る声で言った。
「彼女は俺の妻、リュミエラ・エルネスト。この国と、この命、俺のすべてを捧げたい『最も愛する者』だ
静寂の後、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「愛する者を隠す」というこの国の不文律を、宰相自らが破ったのだ。
それは、何よりも重い愛の証明だった。
「う、嘘だ……あんな地味な女を……!」
セリオス殿下は腰を抜かし、呆然とつぶやいている。
ヴァルツ様は彼を一瞥もしない。
ただ、私だけを熱っぽく見つめていた。
「リュミエラ。今までつらい思いをさせてすまなかった。……愛している」
「……はい。私も、お慕いしております」
涙が溢れた。
それは悲しみの涙ではなく、初めて「選ばれた」喜びの涙だった。
その後の顛末は、あっけないものだった。
セリオス殿下は王位継承権を剥奪され、地方の修道院へ幽閉。
アルヴァイン国は多額の賠償金と引き換えに、国家存続を許された。
◇
騒動が落ち着いた夜。
宰相邸の寝室で、私たちは初めて夫婦として向かい合った。
「……これで、本当に『白い結婚』は終わりですね」
私が少し意地悪くからかうと、ヴァルツ様は耳まで赤くして顔を覆った。
「忘れてくれ。……あのときは、お前に触れたらもう止められないと思って、必死だったんだ」
「ふふ、手が震えていらっしゃいましたものね」
「……気づいていたのか」
彼は観念したように苦笑すると、私を優しく抱き寄せた。
その腕の温かさは、もう夢じゃない。
「リュミエラ。これからは、もう隠さない。俺の愛も、お前の価値も」
「はい、あなた」
月明かりの下、私たちは口づけを交わす。
冷酷な宰相と、石像と呼ばれた令嬢。
嘘から始まった私たちの結婚は、こうして甘やかな真実へと変わったのだった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
冷徹なふりをして手が震えてしまう不器用な宰相と、元婚約者を一刀両断するヒロインのざまぁ&溺愛ハッピーエンドを楽しんでいただけていれば幸いです。
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