第2回 ー誓いの継承ー
王城は崩れかけていた。
紅竜の炎が天井を舐め、
壁を焦がしていく。
だが、王の間だけは奇妙に静かだった。
厚い結界の光が揺れ、
外の惨状を遮断している。
その中央に、イグナリアの王・
アーゼル=イグナリア
が座していた。
王冠は半ば焼け、
衣は煤に染まっている。
それでも、
その瞳には確信の光が宿っていた。
「……陛下!」
レアは扉を開け放ち、
焼けた空気の中へ踏み込む。
王は微動だにせず、彼女を見た。
「巫女よ。
紅竜は覚醒した。
理は我が手の中にある。」
「あなたが……封印を解いたのですね。」
「そうだ。
だがこれは、滅びではない。
人が竜を超える第一歩だ。」
「竜を……超える?」
レアは震える声で繰り返す。
王は立ち上がり、
燃えさかる炎を背に語った。
「我らは千年、竜の理に縋ってきた。
だがその理は、人を縛る鎖だ。
我が願いは、竜の理を
“人の理”
へと書き換えることだ。」
「そんなことをすれば、
この世界の均衡が――!」
「均衡など幻だ。
炎が風に負け、風が雷に砕かれる――
その理が、どうして永遠と言える?」
レアは言葉を失った。
その論理は歪んでいる。
だが、どこか真実に近い響きもあった。
王は続ける。
「竜の炎を兵器として制御する。
竜宝印は
“新たな時代の鍵”
となるだろう。
その力で他国を統一し、
理の戦乱を終わらせる。」
「……戦で平和を作るつもりですか。」
「犠牲の上に成り立つ平穏こそ、
真の秩序だ。」
その言葉に、レアの心が軋んだ。
あの日――
炎の中で、母を失った記憶が
脳裏をよぎる。
紅竜の光に救われた、あの温もりを。
「……あなたは、紅竜の誓いを忘れた。」
レアの声が、
怒りとも涙ともつかぬ震えを帯びる。
「炎は命を奪うためではなく、
命を灯すためにある!
あなたの言う理は、ただの支配です!」
「ならば見せてみろ。
お前の言う
“誓い”
とやらを。」
王が指を鳴らす。
天井の封印陣が赤く光り、
炎の渦が吹き上がった。
その中から、影が姿を現す――
宰相ヴァルク。
彼は火傷の跡を隠すように
仮面をつけていた。
「巫女よ、陛下の理想はすでに現実だ。
紅竜の心核は我々の制御下にある。
次は
“蒼の理”を――」
「黙りなさい!」
レアが叫んだ。
だがヴァルクは冷笑した。
「紅竜の心を壊したのは、
あなた自身ですよ。
誓いを疑い、竜の理を迷わせた。
その結果が、この災厄だ。」
レアの胸が締めつけられる。
――違う。
そう否定したいのに、心のどこかで、
それを恐れていた。
炎の音が再び高まる。
結界の外、紅竜の咆哮が響いた。
それはまるで、レアを責めるかのように。
王は玉座に戻り、背を向けたまま言った。
「行け。
お前の誓いがどれほどのものか、
見届けてやろう。」
レアは拳を握りしめ、
振り返らずに広間を出た。
炎の影が壁を揺らし、涙が頬を伝う。
「ヴァルド……
私はあなたを守る。
たとえこの国を敵に回しても。」
⸻
城を出ると、夜の空気が肌を打った。
空は紅に染まり、
燃える塔がいくつも崩れ落ちている。
遠くの通りで、老医師が声を上げた。
「巫女様! あの少年が……!」
「リュカが!?」
レアは振り返り、駆け出した。
瓦礫の影、崩れた診療院の奥で、
一人の少年が立ち上がろうとしていた。
焦げた外套、傷だらけの腕。
だがその瞳は、確かに燃えていた。
「……まだ、終わってないんだな。」
風が吹き、炎が二人の間を照らした。
その光の向こうで、紅竜が再び翼を広げる。
――焔の咆哮は、
まだ止まらない。
そして物語は、
次の物語へ――。




