第3回 ー誓いの灯ー
夜は深く、街の灯が静かに揺れていた。
レアはリュカを連れ、
王都の外れにある古い聖堂へと歩いた。
炎の痕が刻まれた壁。
それは、かつて紅竜ヴァルドが降臨した
と伝えられる場所だった。
「……ここが、私が
“選ばれた”
場所。」
レアの声はかすかに震えていた。
リュカが何かを言いかけたその瞬間、
彼女はそっと目を閉じ――
過去へと沈むように語り始めた。
⸻
回想 ――「誓いの日」
あの日、イグナリアの空は燃えていた。
戦火の炎が王都を包み、
民は逃げ惑っていた。
まだ十歳にも満たなかった少女――
レアは、
母の亡骸を抱いたまま、
火の海の中を彷徨っていた。
「神よ、竜よ……
誰でもいい、どうかこの炎を……!」
その瞬間、天が裂けた。
紅の光が降り注ぎ、
巨大な影が、少女の前に現れた。
――紅竜ヴァルド。
その瞳は怒りでも慈悲でもない、ただ
“命の焔”
そのものだった。
レアの中で、何かが応えた。
恐怖ではなく、
胸の奥から湧き上がるような熱。
『名を問う、少女よ。何を願う。』
「……この炎を、人を焼くものじゃなく、守るものにしたい。」
『ならば――
その身を炎と共に捧げよ。
誓いの名のもとに。』
炎が彼女の身体を包み、
印が刻まれた。
その瞬間、
戦火は止み、風が生まれた。
民はそれを
“奇跡”と呼び、
王は
“神の選定”
だと宣言した。
こうして、少女は
“紅竜に選ばれし継承者”
となった。
だがそれは、同時に
“王の所有物”
になることを意味していた。
⸻
現在 ――「誓いの意味」
語り終えたレアの瞳には、
静かな光が宿っていた。
「私はあの日、確かに誓ったの。
この炎は、誰かを救うためにあるって。」
リュカはその言葉を聞き、
絵本の一節を思い出していた。
“誓いとは、心を燃やすもの。
だが他者に灯を奪われたとき、
炎は理を失う。”
「……レア。
君の誓いはまだ燃えてる。
だからこそ、紅竜が泣いてるんだ。」
レアは驚いたように目を見開いた。
その表情には、初めて
“信じたい”
という光が見えた。
だがその瞬間、
聖堂の外から兵士たちの声が響いた。
「巫女様、陛下がお呼びです!」
「王が、紅竜の加護を
“剣”
に注ぐ新儀式を始めると!」
レアは息を呑む。
「まさか……竜の力を、武具に?」
リュカが立ち上がる。
「竜の理を、兵器にする気か……!」
彼らの背後で、
遠くの火山が赤く光った。
夜空に、ひと筋の紅い閃光が走る。
⸻
闇の中 ――「動く影」
そのころ、王城地下の封印室。
黒衣の男たちが紅竜の炎を
結晶化した鉱石を運び込んでいた。
円陣の中心には、巨大な刃。
紅竜の力を宿す、
“王の剣”。
「……これでよいのですか、陛下。」
「よい。
竜の理など、我が手で支配すればいい。
炎は、国を導く王の力となるのだ。」
冷たい笑みとともに、王は剣を掲げた。
その刃が紅に染まり、
部屋の壁を赤く照らす。
「――竜の炎よ、人の理に従え。」
封印陣が軋み、
紅竜ヴァルドの眠りが不穏に揺れ始めた。
地下の空気が熱を帯び、
遠く離れた聖堂の壁が微かに震える。
リュカはそれを感じ、剣を握った。
レアは唇を噛み、炎の印に手を当てる。
「……また、炎が泣いてる。」
「もう誰にも、奪わせない。」
二人は夜の王都へ駆け出した。
紅く滲む空の下、
理の崩壊が、
静かに始まろうとしていた――。




