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冒険者ギルドの受付嬢ですが、貴族殺しの濡れ衣を着せられました ~私は無実を証明し、ついでに王国の闇も暴きます

作者: 藍沢 理

 王都キングスポートの冒険者ギルド本部に勤めて、今日で丸九年になる。毎朝六時に出勤し、窓から差し込む朝日を浴びながら依頼書の整理を始めるのが、私の日課だ。


 今朝も変わらず、保管庫の鍵を開けて昨日受理した依頼書を確認していた。依頼主の名前、報酬額、依頼内容、受注した冒険者の名前。一字一句、記録に間違いがないか目を通す。父から教わった完璧な記録管理を、私は一度も怠ったことがない。


 ――証拠を残せ。記録は理不尽を証明できる。


 けれど、今日は違った。


 ギルドの扉が乱暴に開かれ、黒と銀の正装に身を包んだ騎士たちが雪崩れ込んできた。王国法務騎士団。いわゆる王国の治安維持と重大犯罪の捜査を担当する、最も権威ある騎士団だ。その団長であるハリソン・ペンドルトンが、私の目の前に立った。


「エルミナ・マクスウェル。貴殿に話を聞きたい」


 彼の声は低く、有無を言わせぬ響きがあった。私は冷静に眼鏡の位置を直した。


「はい。何でしょうか、ハリソン団長」

「悪徳貴族連続殺人事件について、心当たりはあるか」


 私は眉をひそめた。三ヶ月ほど前から、王都の貴族が次々と何者かに暗殺されている事件のことだ。新聞でも大きく取り上げられ、民衆の間では「正義の暗殺者」などと呼ばれていた。だが、それと私に何の関係があるのか。


「新聞で読んだ程度の知識しかありませんが」

「では、これを見てもらおう」


 ハリソンが取り出したのは、ギルドの依頼書だった。見慣れた書式、見慣れたインク。そして……見慣れた筆跡。


「これは……私の字ですね」

「貴殿が記録したものか」

「いえ」


 私は即座に否定した。依頼書を受け取り、文面を詳細に確認する。依頼内容は「グレンウッド伯爵邸への侵入と書類奪取」報酬は金貨100枚。依頼主は匿名。


 犯罪の依頼書……こんなもの冒険者ギルドが依頼として扱うわけがない。


 グレンウッド伯爵は、確か一週間前に暗殺された貴族の名だ。


「この依頼書は、グレンウッド伯爵の寝室で発見された。貴殿の筆跡で書かれ、ギルドの印章が押されている」

「記録を確認します」


 私は保管庫へ向かった。ハリソンと部下の騎士たちが後に続く。保管庫の鍵を開け、該当する日付の依頼書の束を取り出した。一枚ずつ、丁寧に確認していく。


 ない。


 この依頼書の記録は存在しなかった。


「ハリソン団長。この依頼書は偽造です」

「偽造?」

「はい。私は九年間、全ての依頼書を一字一句漏らさず保管しています。父の教えに従い、王国法で定められた七年間の保管義務を超えて、九年分を保管しているのです」


 ハリソンは依頼書を改めて見つめた。彼の灰色の瞳が、わずかに細められる。


「確かに、貴殿の筆跡に見える。だが……」


 彼は何かを言いかけて、口を閉ざした。


「何か気づかれましたか?」

「いや。だが、貴殿が犯人だとは思えない。これほど几帳面な人間が、証拠を現場に残すとは考えにくい」


 それでも、彼は職務を全うしなければならない。


「エルミナ・マクスウェル。貴女には事情聴取に協力してもらう。同時に、ギルドの保管庫と自宅を捜索させてもらう」

「承知しました。ただし、私は無実です。そして、必ず証拠でそれを証明します」


 私は眼鏡を外してレンズを拭く。父が生前よく言っていた言葉が脳裏に蘇る。


 ――証拠のない言葉は、風に消える。


 誰かが私を陥れようとしている。ならば、私はその証拠を見つけ出し、真実を白日の下に晒すまでだ。



 三週間前。グランディア王国の中枢、王宮の地下深くに広がる迷宮のような通路を、セオドア・ウィンザーは歩いていた。黒いコートの裾が石畳を撫で、彼の足音だけが静寂を破る。


 たどり着いたのは、魔法障壁で守られた重厚な扉。

黒鴉衆(こくあしゅう)本部。王直属の特務機関として、法では裁けぬ国家の敵を「処理」する組織の本拠地だ。セオドアはその頭領として、この組織を率いている。


 執務室に入ると、赤毛の女性が待っていた。レベッカ・ソーントン。王立魔導刻印院の職員でありながら、黒鴉衆の諜報員として動く彼女は、セオドアの右腕とも言える存在だ。


「頭領。準備は整いました」


 レベッカが見せたのは、ギルドの依頼書。いや、正確には依頼書を完璧に模した偽造品だった。


「五人目のターゲットは伯爵グレンウッド。王国税の横領と奴隷売買の証拠を掴んでいます」

「証拠は?」

「彼の屋敷に保管されています。暗殺後、それらを散乱させれば、法務騎士団も無視できないでしょう」


 セオドアは依頼書を手に取り、その筆跡を眺めた。エルミナ・マクスウェル。彼のかつての師、ハーヴェイ・マクスウェルの娘が書いたものと、寸分違わぬ精巧な偽造だ。


「レベッカ。お前の魔導刻印技術は、相変わらず見事だな」

「ありがとうございます。エルミナ・マクスウェルの筆跡は、魔導刻印技術で完璧に再現しました。筆圧、インクの濃淡、紙の質まで、全て本物と同じです」


 だが、セオドアは一つだけ、意図的に違和感を残すよう指示していた。人間が書けば必ず生じる微細な揺らぎを、あえて排除したのだ。その不自然なまでの完璧さこそが、エルミナに偽造を気づかせる手がかりになる。


 エルミナなら「完璧すぎる筆跡」の不自然さに必ず気づく。


 セオドアは立ち上がって、壁に掛けられた地図をじっと見つめた。グレンウッド伯爵邸の見取り図。侵入経路、警備の配置、逃走ルート。全て頭に入っている。


「今夜、決行する。エルミナ・マクスウェルが容疑者として浮上すれば、彼女は必ず無実を証明しようとする。そして――」

「真実に辿り着く、と?」


 レベッカの問いに、セオドアは頷いた。


「ああ。ハーヴェイの娘だ。俺が残した『道』を必ず見つける」


 セオドアの脳裏に、九年前の記憶が蘇る。王国文書官として貴族の不正を記録し続けたハーヴェイ。彼は完璧な証拠を集めながら、それでも悪徳貴族たちを裁くことができなかった。貴族特権の壁は、あまりに厚かったのだ。


 そして、ハーヴェイは「事故死」した。


 セオドアはその現場にいた。止められなかった。師を守れなかった自分を、彼は今も許していない。


 だからこそ、法で裁けぬ悪を、自らの手で裁くと決めた。


 そして、ハーヴェイの遺志を継ぐ者として、娘のエルミナに真実を託すと決めた。


「準備を整えろ。日没後に出発する」


 レベッカが部屋を出ていく。一人残されたセオドアは、依頼書を見つめた。


「エルミナ・マクスウェル。すまない。だが、これしか方法がなかった。お前なら必ず真実に辿り着ける。お前の父が命を賭して追い続けた国の闇に」



 法務騎士団本部での事情聴取は、三時間に及んだ。私は動揺することなく、全ての質問に正確に答えた。依頼書の管理方法、筆跡鑑定の手順、保管庫のセキュリティ。私の証言に矛盾はなく、ハリソンも次第に私の無実を信じ始めているように見えた。


 けれど、問題は証拠だ。偽造された依頼書が五枚もあった。全て私の筆跡で書かれ、暗殺現場に残されている。この状況で無実を証明するには、偽造の証拠がなければならない。


 事情聴取が終わり、一旦ギルドへ戻ることを許された。ただし「王都から出ないこと」という条件付きだ。


 ギルドに戻ると、ギルドマスターのウィリアム・サザーランドが待っていた。白髪混じりの金髪、がっしりとした体格。元Sランク冒険者として名を馳せた彼は、今はギルドマスターとして冒険者たちをまとめている。


 彼は私を見ると、安堵の表情を浮かべた。


「マクスウェル。無事だったか」

「はい、ギルドマスター。ご心配をおかけしました」

「法務騎士団は何か言ってたか?」

「偽造された依頼書が、暗殺現場に残されていたとのことです。私の筆跡で書かれていますが、記録には存在しません」


 ウィリアムは深くため息をついた。彼は私の父、ハーヴェイと旧知の仲だ。父が王国文書官として働いていた頃、よく二人で酒を飲んでいた。


「誰かがお前を嵌めようとしている、という事だな。そうなると、誰が、なぜ、に帰結するな……」

「それを調べなければなりません。ギルドマスター、保管庫の使用許可をいただけますか。依頼書を全て確認したいのですが」

「もちろんだ。お前が必要なものは何でも使え」


 私は保管庫に籠もり、九年分の依頼書を全て取り出した。膨大な量だが、私は全てを記憶している。一枚一枚、拡大鏡で詳細を確認していく。


 偽造された依頼書は五枚。全て筆跡は私のものだが、何かが違う。


 まず、紙の質。ギルドで使用している標準用紙と比べて、わずかに厚かった。手触りも微妙に異なっていた。


 次に、インクの色。通常のインクは若干青みがかった黒だが、偽造依頼書のインクは純粋な黒に近かった。何か別の成分が混ざっているのかもしれない。


 印章の押し方にも違和感があった。私は印章を押す際、無意識に手前側を強く押してしまう癖がある。九年間同じ動作を繰り返してきたせいで、印影にわずかな傾きが生じる。だが、偽造依頼書の印章は完璧に均一だ。まるで機械で押したかのように。


 私は一つの仮説に辿り着いた。


 魔導刻印技術。


 王立魔導刻印院が独占する、魔法と印刷技術を組み合わせた技術だ。公文書や貨幣の偽造を防ぐために開発されたこの技術は、逆に言えば完璧な偽造を可能にする。


 そうなると、犯人は王立魔導刻印院に関係する人物かもしれない。


 私はウィリアムの執務室を訪れた。彼は書類仕事に追われていたが、私を見ると手を止めた。


「マクスウェル。何か分かったか?」

「はい。偽造依頼書の特徴を調べました。紙の質、インクの成分、印章の押し方。全てが通常と異なります」


 私は調査結果をまとめた書類を差し出した。ウィリアムはそれを読み、唸り声を上げる。


「魔導刻印技術か。確かに、あの技術なら完璧な偽造ができる」

「犯人はおそらく、王立魔導刻印院の関係者。それに加え、私の筆跡を入手できる立場にある人物です」

「だが、なぜお前を犯人に仕立てる必要がある? 悪い貴族を暗殺するだけなら、偽造された依頼書を残す必要はないだろう? そいつらの不正や犯罪の証拠は現場に残されてたんだし」


 それは私も疑問に思っていた。なぜ、わざわざ依頼書を偽造し、現場に残すのか。単なる暗殺なら、もっと効率的な方法があるはずだ。


「ギルドマスター、父のことで何かご存知ですか」


 私の質問に、ウィリアムは表情を曇らせた。彼は立ち上がって、部屋の隅にある酒棚からボトルとグラスを取り出した。琥珀色の液体が揺れる。


「お前の父、ハーヴェイのことか」

「はい。父は王国文書官として、何を追っていたのですか?」


 ウィリアムは酒を一口飲んだあと、重い口を開いた。


「ハーヴェイは、悪徳貴族のネットワークを追っていた。王国税の横領、奴隷売買、冒険者の使い捨て。証拠を集め、いつか必ず裁くと言っていた」

「そして……父は事故死した」

「ああ。だが、俺はあれが事故だとは思っていない」


 ウィリアムの言葉に、私の胸が締め付けられる。父の死は九年前。橋から馬車ごと転落し、即死だったと聞いている。だが、父は慎重な人だった。そんな事故を起こすとは思えない。


「誰かが、父を殺したのですか」

「証拠はない。だが、ハーヴェイが死んだ翌日、彼が追っていた貴族の一人が突然、地方へ転封(てんぽう)された。偶然にしては、タイミングが良すぎる」


 私は拳を握りしめた。父は殺された。悪徳貴族に。そして、その真実は闇に葬られた。


 いや、今は感情に流されている場合ではない。冷静にかつ論理的に考えなければ。


「ギルドマスター、一つ聞きたいのですが」


 私が質問しようとした時、扉が勢いよく開いた。法務騎士団の騎士たちが、再び現れたのだ。


 ハリソンが冷たい声で告げる。


「エルミナ・マクスウェル。新たな証拠が発見された。君を逮捕する」


 驚愕した。新たな証拠? 一体、何が見つかったというのか。


「君の部屋から、暗殺に使用された毒薬の瓶が発見された」


 その言葉に、私は息を呑んだ。



 ギルドマスター、ウィリアム・サザーランドは、エルミナが法務騎士団に連行されるところを見送った後、一人執務室に残っていた。拳で机を叩き、苦々しい表情を浮かべる。


 マクスウェルが無実であることは、疑いようがない。彼女は九年間、一度も記録を間違えたことがないからだ。そんな几帳面な人間が、証拠を自室に残すなど、あり得ない。つまり、誰かが彼女の家に侵入し、毒薬の瓶を置いたのだ。


 だが、どうやって侵入したのか。エルミナの自宅は、ギルドから支給された防犯用の魔法障壁で守られている。侵入者を検知するシステムも作動しているはずだ。それを突破できる人間は限られている。高位の魔法使いか、あるいは――


 ウィリアムの脳裏に、一つの可能性が浮かんだ。黒鴉衆(こくあしゅう)。王直属の特務機関として、法では裁けぬ悪を「処理」する組織。彼らなら、ギルドのセキュリティを突破することも可能だろう。


 だが、それならなぜ、黒鴉衆がマクスウェルを陥れる? 彼女は冒険者ギルドの受付嬢に過ぎない。国家の敵でも何でもない。


 ウィリアムは執務室の奥にある壁に手を当てた。魔力を込めると、壁が音もなく開き、小さな隠し金庫が現れた。何重もの魔法障壁で守られたこの金庫は、ウィリアム本人以外には開けられない。


 彼は古い日記帳を取り出した。これは、ハーヴェイ・マクスウェルが生前、彼に預けていたものだ。九年間、一度たりとも人目に触れさせることなく、ウィリアムはこの遺品を守り続けてきた。


『私が死んだらこの日記をエルミナに渡してくれ』


 ハーヴェイはそう言っていた。だが、ウィリアムは今までそれを守っていなかった。エルミナに余計な危険を負わせたくなかったからだ。しかし、今や彼女は危機のまっただ中にいる。ならば、この日記帳が彼女を救う手がかりになるかもしれない。


 ウィリアムは初めて日記帳を開いた。そこには、悪徳貴族たちの犯罪記録が事細かに記されていた。王国税の横領額、奴隷売買の取引記録、冒険者を使い捨てにした証拠。ページをめくるたびに、ハーヴェイの執念が伝わってくる。


 最後のページには、娘へ宛てた手紙があった。


『エルミナへ。お前がこれを読んでいるということは、私はもうこの世にいない。この記録には、王国を蝕む悪の全てが記されている。お前なら必ず、正しい方法で真実を明らかにできる。どうしても助けが必要なら、セオドア・ウィンザーを信じろ。彼は私の弟子で、今は黒鴉衆に所属する人物だ。法では裁けない悪を、彼なりの方法で裁いている。父より』


 セオドア・ウィンザー。いまは黒鴉衆の頭領となった人物だ。


 ウィリアムの中で、全ての点が線で繋がった。黒鴉衆がマクスウェルを陥れた理由。ハーヴェイの死の真相。そして、連続する悪徳貴族の暗殺。全ては、セオドア・ウィンザーが仕組んだことなのか。


 ウィリアムは日記帳を懐にしまい、外套を羽織った。法務騎士団本部へ向かう。マクスウェルを救うために、そしてハーヴェイの遺志を継ぐために。



 留置場の固い寝台に座り、私は状況を冷静に分析していた。感情を表に出さず、論理的に考える。それが、父から受け継いだ唯一の才。


 毒薬の瓶が私の部屋から見つかった。私はそんなものを持っていない。つまり、誰かが侵入して置いたのだ。


 いつ? どうやって?


 私は記憶を辿る。三日前、部屋を出る前に窓の鍵を確認した。けれど、戻った時、窓が微かに開いていた。風で開いたのかと思ったが、油断していた。鍵がかかっているのに、風で窓が開くはずはない。今思えばあれは侵入の痕跡だったのだろう。


「平和ボケとはこのこと……」


 思わず愚痴がこぼれたとき、扉が開いてハリソンが入ってきた。彼は椅子に座って、じっと私を見つめる。


「エルミナ・マクスウェル。君の無実を信じたい。だが、証拠が君を指している」


 私は眼鏡の位置を直して居住まいを正す。


「では、質問させてください。毒薬の瓶に、私の指紋は付いていましたか?」


 ハリソンは一瞬、言葉に詰まる。


「……いや、付いていなかった」

「それはおかしいですね。もし私が毒薬を扱ったなら、必ず指紋が残るはずです。拭き取ったとしても、魔法鑑定で痕跡は検出できます」


 ハリソンは沈黙した。彼も私が嵌められていることに気づいているのだろう。


「法務騎士団長。私には提案があります」

「提案?」

「私に五日間の猶予をください。その間に、真犯人の証拠を見つけます」

「……認められない。君は容疑者だ」

「では、こう言い換えましょう」


 私は冷静に、だがはっきりとした声で告げた。


「私は父から、ある『記録』を受け継いでいます。それは、貴族の不正取引に関する記録です」


 ハリソンの目が見開かれる。


「もし私が無実であると証明されなければ、その記録は公開されます。王国の秩序が揺らぐでしょう」


 これはブラフだ。私は父の記録など持っていない。だが、ハリソンを動かすには、これしか方法がない。


 ハリソンは長い沈黙の後、口を開いた。


「……三日間だ。それ以上は待てない」


 私は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 だが、内心では焦りを感じていた。たった三日で真犯人を見つけられるのか。証拠を集められるのか。

 そんな私の不安を見透かしたかのように、ハリソンが見つめていた。


「マクスウェル。君の父、ハーヴェイ・マクスウェルは優秀な文書官だった。そして、君も父と同じく、記録を何より大切にしている」

「はい」

「ならば信じよう。君なら必ず真実に辿り着ける」


 ハリソンは立ち上がって、振り返らずに留置場を出ていった。一人残された私は、大きく息をついた。


 父が悪徳貴族のネットワークを追っていたことは知っている。それを暴くことが、私の無実を証明する唯一の方法だ。



 王立魔導刻印院。王宮近くの官庁街に位置するこの建物は、高位の魔法障壁で守られている。公文書や貨幣の偽造を防ぐため、セキュリティは王宮に次ぐほど厳重だ。


 法務騎士団長、ハリソン・ペンドルトンは、部下を数名連れ、魔導刻印院の職員を調査するためにこの建物を訪れていた。


 受付で来意を告げると、すぐにレベッカ・ソーントンという女性が現れた。赤毛のショートカット、知的な雰囲気を漂わせる眼鏡の女性だ。


「法務騎士団長。お待ちしておりました」


 レベッカは落ち着いた様子で、ハリソンを応接室へ案内してゆく。


「あなたは筆跡鑑定と魔導刻印技術のエキスパートだと聞いている」

「はい。魔導刻印技術を用いた文書の真贋鑑定が、私の専門です」

「では、なぜあなたの部署から、エルミナ・マクスウェルの筆跡サンプルが持ち出された記録があるのか、説明してもらおう」


 ハリソンの問いに、レベッカは一瞬だけ表情を変えた。だが、すぐに冷静さを取り戻す。


「それは……業務上の必要性があって。冒険者ギルドの依頼書の真贋鑑定を依頼されたのです」

「誰から?」

「それは申し上げられません。守秘義務がありますので」


 ハリソンは確信した。この女が偽造依頼書の作成に関与している、と。


「レベッカ・ソーントン。貴女を重要参考人として、事情聴取に協力してもらう」

「それは困ります。私には仕事があります」

「拒否権はない」


 ハリソンの言葉に、レベッカは深くため息をついた。


「分かりました。協力しましょう」


 だが、彼女の瞳には、何か別の感情が宿っているように見えた。焦り、それとも決意?


 ハリソンは部下に命じた。


「この女を本部へ連行しろ。そして、魔導刻印院の全ての記録を押収する」


 レベッカが連行される間、ハリソンは一人、魔導刻印院の建物を見上げた。


 真犯人は、確実にこの組織と繋がっている。そして、エルミナ・マクスウェルを陥れた理由も、徐々に見えてきた。


 だが、まだ足りない。決定的な証拠が必要だ。


 応接間に到着する前にレベッカは拘束された。時間は三日。その間にできるだけエルミナ・マクスウェルが有利になるようにしなければ。ハリソンはそう考えながら踵を返した。



 釈放された私は、すぐにギルドへ戻った。執務室の扉を開けると、ウィリアムが待っていた。彼の手には、古びた革装の日記帳が握られている。


「マクスウェル。これを」


 日記帳を見た瞬間、息が止まった。あの装丁……見たことがある。まさか……。


「これは、ハーヴェイがお前に託すよう、俺に預けていたものだ。今まで隠していてすまなかった。だが、今ならお前も理解できるだろう」


 手が震えた。


 父の記録。


 本当に存在していた。あの日記帳の見た目が、記憶の奥底に眠っていたのかもしれない。


 留置場でハリソンに告げた言葉が、脳裏に蘇る『私は父から、ある記録を受け継いでいます』と。とっさのブラフ。存在しないはずの証拠を盾に、三日間の猶予を勝ち取った嘘。


 それが、現実だった。


「ギルドマスター……父は、本当に」


 声が上ずった。冷静でいなければならないのに、感情が溢れそうになる。ウィリアムは、ばつが悪そうに頷いた。


「ああ。ハーヴェイは全てを記録していた。そして、いつかお前がそれを必要とする日が来ると信じていた。それと、これは調査資料だ。急いで調べたが、それなりに正確な情報だ」


 日記帳と調査資料を受け取る。ずっしりとした重み。父が命を賭けて書き続けた証拠の重み。


「いったん帰って読ませていただきます」


 私は日記帳を胸に抱いてギルドを後にした。自宅までの道のりがやけに長く感じられた。



 書斎の扉を閉め、卓上で日記帳を置いた。一度深呼吸してから、最初のページを開く。調査資料はとりあえず後だ。


 父の几帳面な筆跡。見慣れた文字の並び。これは紛れもなく父が書いたものだ。


 一ページ目には、日付と共に悪徳貴族の名が記されていた。フォークランド子爵。王国税の横領額は八万オーレア。続けて、詳細な証拠の出所、関係者の名前、取引日時。


 次のページ。ベルモント伯爵。奴隷売買の記録。地方の村から子供たちを買い集め、隣国へ売りさばいていた証拠。


 ページをめくるたびに、悪徳貴族たちの犯罪が明らかになる。王国税の横領、奴隷売買、証拠隠滅のための暗殺。


 そして、グレンウッド伯爵の名も、そこにあった。


 彼は王国税を二十万オーレアも横領し、地方の村から少女たちを買い集めて売りさばいていた。暗殺された貴族たちの名前が次々と現れる。全員が何らかの重大犯罪に関与していた。


 最後のページに辿り着く。そこには、私への手紙が書かれていた。


 セオドア・ウィンザー。


 黒鴉衆の頭領。


 私は日記帳を閉じ、椅子の背もたれに体を預けた。


 父の手紙を読み返す。


『どうしても助けが必要なら、セオドア・ウィンザーを信じろ。彼は私の弟子で、今は黒鴉衆に所属する人物だ。法では裁けない悪を、彼なりの方法で裁いている』


 黒鴉衆。王直属の特務機関として、法では裁けぬ国家の敵を「処理」する組織。冒険者ギルドには、それくらいの情報はわんさか集まるので知っていた。


 処理。


 つまり暗殺だ。


 私は立ち上がって窓の外を眺めた。夕日が王都を赤く染めている。すぐに暗くなるだろう。


 その前に整理しよう。


 まず、偽造された依頼書。魔導刻印院の技術を使って作られ、私の筆跡が完璧に再現されていた。この犯人は以前考察したとおり、王立魔導刻印院の関係者だろう。


 次に、暗殺された貴族たち。全員が父の日記帳に記載されている人物だ。つまり、犯人は父の記録を知っている。


 父の弟子だった、セオドア・ウィンザー。

 彼なら、師である父から悪徳貴族のリストを教わっているはずだ。父の死後、その情報を元に、黒鴉衆として「法では裁けない悪」を処理してきた。


 そして、今回の連続暗殺。


 父の日記帳に記された悪徳貴族たちが、次々と暗殺されている。偶然ではない。計画的だ。セオドアが師の遺志を継いで、一人ずつ裁いているはずだ。


 けれど、なぜ私を犯人に仕立てる必要があったのか。


 私は再び日記帳を開いた。ページを繰りながら、一つの事実に気づく。


 この日記には、個々の貴族の犯罪だけでなく、彼らを結ぶネットワーク全体の構造が記されていた。金の流れ、情報伝達のルート、組織の階層。そして最後のページには、その頂点に立つ人物の名が――


 ――ああ。


 理解した。


 セオドアは、父から不完全なリストしか教わっていなかったのだ。個々の貴族の名前と犯罪内容。それだけでは、一人ずつ裁くことはできても、組織全体を崩すことはできない。


 父の日記。セオドアはそれが存在することを知っていたはずだ。けれど、預かる前に父は死んだ。それで日記の行方は分からなくなった。


 だが、セオドアは気づいていた。ギルドマスターのウィリアムが、父の旧友であることを。おそらく日記を預かっているであろうことを。


 そして、ウィリアムが九年間、その日記を隠し続けていることも。


 ――私が危機に陥らない限り、ウィリアムは日記を出さない。


 それをセオドアは計算していた。

 私を容疑者に仕立てる。無実を証明するために私が動けば、ウィリアムは必ず日記を託す。そうすれば、個別の犯罪ではなく、悪徳貴族のネットワーク全体が白日の下に晒される。


 つまり、セオドアは私を利用して、法では暴けなかった巨悪の全貌を公にしようとしている。


 冷たい戦慄が背筋を走った。けれど同時に、セオドアの覚悟も理解できた。自らの手を汚し、私を危険に晒してでも、父が追い続けた真実を明らかにしようとした覚悟を。


「おとうさん……」


 涙が溢れ出た。ダメだ。冷静にならなければ。


 私はセオドアの計画に全て乗るわけにはいかない。


 私は法で正々堂々と悪を裁く。私刑ではなく、証拠と法に基づいた正義を貫く。


 それが父の本当の遺志だと信じている。


 私は外套を羽織った。黒鴉衆本部へ向かう。セオドア・ウィンザーと対峙し、真実を明らかにするために。



 王宮地下の迷宮を抜け、黒鴉衆本部の扉の前に立つ。父の日記に記載されたとおりに進んだことで、すんなりと辿り着けた。しかし、魔法障壁に触れてしまったことで、警告音が鳴り響く。


 だが、魔法障壁が消えて扉は開いた。


 中には黒いコートを纏った男が立っていた。セオドア・ウィンザー。黒鴉衆の頭領。そして、父の元部下。面影は覚えていたのですぐに分かった。


「よく来たな、エルミナ・マクスウェル」


 彼の声は穏やかだった。おそらく私の訪問を予期していたのだろう。


「セオドア・ウィンザー。あなたが貴族の連続殺人犯ですね」

「ああ。だが、俺は悪を裁いただけだ」


 悪びれることなくセオドアは罪を認めた。声も、瞳も、立ち姿も、彼の全てから覚悟を感じた。


 セオドアは私を執務室へ案内した。部屋の壁には、暗殺した貴族たちの似顔絵が貼られていた。大きく名前を記載してあり、すべてバツ印が上書きされていた。


 名前は全て、父の日記帳に記されていた人物。


「法は万能ではない」


 セオドアが口を開く。


「貴族特権で守られた悪人たちを、どうやって裁く? お前の父、ハーヴェイは完璧な証拠を集めた。だが、それでも彼らは裁かれなかった。そして、ハーヴェイは殺された」

「あなたは、父の死の真相を知っているのですね」

「ああ。俺は現場にいた」


 その言葉に、私は息を呑んだ。


「九年前、ハーヴェイが橋から転落した時、俺は彼を守ろうとした。だが、間に合わなかった。俺は貴族の刺客に襲われ、ハーヴェイは馬車ごと川に落とされた」


 セオドアの声には後悔の響きがあった。


「俺は法の外で正義を執行した。お前の父が追い続けた悪人たちを一人ずつ裁いた」


「それは間違っています」私ははっきりと告げた。「父は、法で裁くことを諦めませんでした。だから、記録を残したのです。いつか必ず、法が機能する日が来ると信じていたから」


「綺麗事だ」セオドアが反論する。「法が機能しないなら、法を変えるべきだが、それには何十年もかかる。仮に法ができたとしても、その間に無辜(むこ)の民が何人犠牲になる? そもそもクソ貴族共がそんな法を作るわけがない」

「それでもダメです。私刑で悪を裁いても、新たな悪を、新たな怨嗟を生むだけです」


 私は父の日記帳を取り出した。


「あなたは私を犯人に仕立てました。私が無実を証明する過程で、悪徳貴族のネットワークが暴かれることを期待して」

「ネットワーク? そんなものが……」


 やはり知らなかった。父が遺してくれた日記に心から感謝せねば。


「その日記に全て書いてあるのだろう? お前なら、それを使って真実を暴ける」

「そうですね。ですが、あなたの計画は失敗しました」


 私はギルドマスターに渡された調査資料を広げた。


「あなたが偽造した依頼書。紙の厚さ、インクの成分、印章の圧力。全てが通常と異なります。そして、レベッカ・ソーントンの筆跡鑑定記録。彼女があなたに協力していた証拠です」


 セオドアは何も言わなかった。


「さらに、黒鴉衆の活動記録。あなたが外出した日時と、貴族の死亡日時が完全に一致します」


 私は一枚の書類を差し出した。それは、ハリソンが秘密裏に入手した黒鴉衆の任務記録だ。


 セオドアは深くため息をついた。


「俺の負けだ。だが、エルミナ。お前はまだ真実の半分しか知らない」


「真実の半分……?」


「お前の父が追っていた悪徳貴族のネットワーク。そのトップは――」


 セオドアは私を真っ直ぐ見つめた。


「王太子、エドワード・グランディア殿下だ」


 ごめんなさい。父の日記には、ネットワークの頂点として、王太子、エドワード・グランディアの名が記載されている。


 しかしながら、セオドアは独自の調査で王太子に辿り着いた。執念が成し遂げたのだろうか……。私は黙って彼の話を聞く。


「信じられないかもしれない。だが、これが真実だ。王太子は表向き善良な君主を演じながら、裏で貴族たちを操り、王国税を横領し、私腹を肥やしている」


 セオドアは別の書類を取り出した。王太子の署名が入った文書を。機密、との判が押されていた。


「お前の父、ハーヴェイがこの真実に辿り着いた。だから殺された」


 私は書類を手に取り、内容を確認した。日付は十年近く前。王太子の判は見たことがある。おそらくこれは本物だ。


「これを公にすれば、王国は揺らぐ。だが、それこそがお前の父が望んでいたことだ」


 私は深く息をついた。


「セオドア・ウィンザー。あなたの証言と証拠を、法務騎士団に提出します」

「そうか……お前は法を選ぶ、か」


 セオドアはゆっくりと頷いた。


「お前は正しい。俺は法を超えた。だが、お前は法で戦う。それはハーヴェイが本当に望んでいたことかもしれないな」



 王宮の謁見の間。天井高くそびえる柱が並び、壁には歴代国王の肖像画が掛けられていた。玉座の前、赤い絨毯の上で、私は跪いていた。


 右隣には冒険者ギルドのギルドマスター、ウィリアム・サザーランド。左隣には王国法務騎士団の団長、ハリソン・ペンドルトン。三人揃ってこの場に臨んだ。


 謁見の間には、王太子エドワード、宰相、法務大臣、そして主要な貴族たちが居並んでいた。彼らの視線が、私たちに注がれる。


 国王陛下が重い口を開いた。


「エルミナ・マクスウェル。そなたは王太子が悪徳貴族のネットワークを統率していたと主張する。その証拠を提示せよ」


 私は革装の日記帳を取り出した。


「これは、私の父ハーヴェイ・マクスウェルが九年前まで記録していた日記です。悪徳貴族たちの犯罪記録が、全て記されています」


 ハリソンが日記帳を受け取り、国王陛下へ手渡す。王国法務騎士団の団長なだけあって、その行為を誰も咎めようとしなかった。


 陛下はページをめくり、その内容を確認していく。表情が次第に険しくなった。


「確かに……詳細な記録だ。だが、これだけでは不十分。王太子の関与を示す証拠はあるのか」


 王太子エドワードが進み出た。


「陛下。このような捏造された記録を信じるおつもりですか。私は無実です」


 私は冷静に告げた。


「では、こちらをご覧ください」


 セオドアが証人として、黒鴉衆の任務記録を提出した。


「私、セオドア・ウィンザーは、九年前、ハーヴェイ・マクスウェルが橋から転落した現場におりました。彼は事故ではなく、貴族の刺客に襲われて殺されました」


 謁見の間がざわめいた。


「そして、その刺客を差し向けたのは――」


 セオドアは王太子を指差した。


「エドワード殿下。あなたです」


 王太子の顔色が変わった。


「証拠はあるのか! お前の証言だけでは不十分だ!」


 私はさらに一枚の文書を取り出した。王太子の署名が入った秘密文書だ。


「これは、グレンウッド伯爵の屋敷から押収した文書です。王太子殿下の署名があり、貴族たちへの指示が記されています」


 法務大臣が文書を確認した。


「確かに……殿下の署名に見えます。ですが、偽造の可能性もあります」

「では、筆跡鑑定の結果をご覧ください」


 ハリソンが鑑定書を提示した。


「王立魔導刻印院による魔法鑑定の結果を申し上げます。この署名と、殿下が十年前に署名された通商条約の文書を、真贋鑑定の魔導石で照合いたしました。魔導石は『完全一致』を示す純白の光を放ちました。偽造であれば、魔導石は赤く濁ります。王立魔導刻印院は、紛れもなく殿下の署名だと断定しました」


 王太子は顔を歪めた。


「そんなはずはない! 私はそのような文書に署名した覚えはない!」


「では、こちらもご確認ください」


 私はさらに帳簿を取り出した。


「これは、グレンウッド伯爵の屋敷から押収された帳簿です。王太子殿下への献金記録が、詳細に記されています。十年前の日付、金額、全てが父の日記と一致します。伯爵は献金の『受領書』まで保管していました」


 宰相が帳簿を確認し、顔色を失った。


「陛下……帳簿の筆跡は確かにグレンウッド伯爵のものです。そして、この受領書の署名は……間違いなく殿下のものかと」


 国王陛下は沈黙した。長い、長い沈黙。


 やがて、震える声で尋ねた。


「エドワード。これは……本当なのか」


 王太子は唇を噛んだ。


「父上……私は……」

「答えよ!」


 国王陛下が喝破すると、王太子は項垂れた。


「……認めます。私が貴族たちを統率していました」


 謁見の間が静まり返った。


 国王陛下は目を閉じ、深く息をついた。何度も何度も、大きく息をついた。拳が固く握られ、指先が白くなっていく。


「なぜだ……なぜそのようなことを」

「王国の財政は逼迫していました。私は……資金が必要だったのです」

「それが理由か! それが王太子としての判断か!」


 国王陛下は立ち上がって、玉座から降りた。そして、王太子の前に立った。


「エドワード。お前は私の息子だ。だが、王太子である前に、王国の民を守るべき立場にある。その責任を、お前は裏切った」


 国王陛下の目から一筋の涙が流れた。


「私は……父として、これほど辛いことはない。だが、国王として、決断しなければならない」


 国王陛下は玉座に戻り、重々しく宣言した。


「エドワード・グランディア。私は、王国の法と正義に基づき、お前を王太子の地位から廃する。同時に、全ての爵位を剥奪し、王族の身分を剥奪する」


 王太子は崩れ落ちた。


「父上……」

「お前は、もはや私の息子ではない。連れて行け」


 法務騎士たちが王太子を連行していく。謁見の間に残された者たちは、誰も言葉を発することができなかった。


 国王陛下は、再び私たちに視線を向けた。


「エルミナ・マクスウェル。そなたの父、ハーヴェイは命を賭けて真実を追い続けた。そして、そなたはその遺志を継ぎ、王国の闇を暴いた」


 陛下が深く頭を下げたことで、場がざわめく。


「王として、そして一人の父親として、感謝する」


 私も頭を下げた。


「陛下。私はただ、父が教えてくれた記録の力を信じただけです」


 その後、悪徳貴族たちは次々と逮捕され、裁判にかけられた。証拠は完璧だった。父の日記、セオドアの証言、押収された文書。全てが彼らの犯罪を示していた。


 父が命を賭けて追い続けた悪が、ついに裁かれたのだ。


 セオドア・ウィンザーは、暗殺の罪で裁判にかけられた。だが、私は彼のために証言した。


「彼は法で裁けない悪を裁きました。その手段は間違っていましたが、動機は正義でした」


 裁判所は「情状酌量の余地あり」と判断し、死刑ではなく終身刑を言い渡した。


 レベッカ・ソーントンも共犯として罰せられたが、彼女もまた、正義のために動いていたことが考慮された。



 事件から三ヶ月。


 私は変わらず、王都冒険者ギルドの受付嬢を続けていた。


 ある朝、私の元に一通の手紙が届いた。


 差出人は、セオドア・ウィンザー。


『エルミナ。お前は正しかった。俺は法を信じることができなかった。だが、お前は証明した。法は正しく使えば機能すると。これからもお前の信じる道を進んでくれ。――父の友より』


 彼はこんな結末を予想していたのだろうか。今となっては知りようがない。私は手紙を畳んで、引き出しにしまった。


 新しい依頼書を手に取る。


 今日もいつも通り。完璧な記録を正確に残していく。


 父が教えてくれた、証拠の力を信じて。




(了)

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― 新着の感想 ―
なかなか面白いお話でした。セオドアとエルミナの会話は少し物足りない気がしましたが、全体的には良い展開のお話でした。 ポチポチしたので、ポテト半分ください。
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