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第3話 反乱

 真っ白なレースの布地に、細い金糸で「S」の文字をなぞる指先は、いつになく慎重だった。完成間近のハンカチを握るリヴィアの瞳は真剣そのもの。


 中央には、小さな青い「わすれな草」の刺繍がひっそりと咲いている。その傍らに「R」と「S」の文字――自分と、恋人シリウスの頭文字がそっと寄り添っていた。


 「もう少し……この縁を入れて……」


 ただそれだけの作業なのに、胸が熱い。これを手渡すとき、シリウスはどんな顔をするだろう。きっと、あの優しい微笑みで、丁寧に受け取ってくれるはず。


 付き合い始めて三ヶ月。シリウスは、王女という立場のリヴィアを何よりも尊重してくれている。甘く整った顔立ちに似合わぬ真面目さと、誠実な態度。まさに理想の騎士だった。


 ふと目をこすり、窓の外を眺めると、夜空には宝石のような星がまたたいていた。特に、ひときわ明るく輝く一等星(シリウス)が印象的だった。


 「……綺麗」


 自然と零れた言葉に、自分でも驚いた。窓辺に近づこうと立ち上がった――そのときだった。


  廊下を駆け抜ける足音が轟き、次いで扉が乱暴に開け放たれた。


 「何事ですか!?」


 飛び込んできたのは、離宮付きの近衛騎士のひとり。額から汗が滝のように流れ、肩で息をしている。


 「王女殿下、お逃げください! 反乱軍が離宮に侵入しています!」


 信じられず窓に駆け寄ると、外では城門が内側から開かれ、武装兵がなだれ込んでいた。そこかしこに火の手も上がっている。


 「殿下! お早く!」


 近衛騎士の叫びに、リヴィアは我に返った。


(逃げなくては)


 考えるよりも早く、リヴィアは促されるまま走り出していた。ナイトドレスの上にショールを羽織り、必死に足を動かす。


 だが――すぐに息が切れた。王女として育ったリヴィアには、走るという経験すら乏しい。加えて、ふくよかな体型もあって全速力など到底続かない。


(喉が……痛い……でも、捕まるわけには……!)


 父王は、助けてくれるだろうか? 一抹の不安が脳裏をよぎるが、かぶりを振って打ち消す。


(今は逃げなきゃ……シリウス……あなたに会いたい)


 その名が脳裏に浮かんだ瞬間、リヴィアは閃いた。


 ――シリウスとの密会に使っていた秘密の通路。あれなら王宮へ繋がっているはず!


「王宮へ脱出します! ついてきなさい!」


「王宮!? ……どうなっているかわからぬ場所へ向かうなど……」


 騎士の顔には明らかな戸惑い。


「父上が鎮圧してくださるわ! 偉大なる王は、何度も内乱を鎮めてきたのよ!」


 しかし、近衛は静かに首を横に振った。


「……申し訳ございません。殿下とは行けません」


「なっ……何を言っているの!? あなたは近衛でしょう!? 王族を守るのが務めのはずよ!」


「……状況をご理解ください、殿下」


 まるで自分が愚か者だと言われたようで、リヴィアは困惑した。


「もういいわ! わたくし一人で行きます!」


 怒りを振り切るように踵を返し、秘密の通路を目指して図書室へ駆け込んだ。


 暖炉の奥――レンガの一つが、通路の鍵になっているはずだった。


(どれだったかしら……)


 一つ一つを押して確かめていく。焦りで汗が目に入りそうになるのを拭いながら、ようやく“正解”が押し込まれ、通路がガタリと開いた。


「やったわ……!」


 しかし、安堵したその瞬間――足音と悲鳴。ドアが開け放たれ、武装兵が雪崩れ込んできた。


 「リヴィア王女殿下ですね。暖炉から出て、両手をこちらに」


 剣を向けられ、リヴィアは恐怖に震えながらも命令に従った。


 「……拘束させていただきます。よろしいですね?」


 ――拒否など、許される空気ではない。


 腕を縄で縛られた直後、先ほど命令していた男が兜を外した。


 黒髪に黒曜石のような瞳。鋭く洗練された容貌に、リヴィアは思わず息を呑む。


「私はヴァルト・ラインハルト。抵抗さえしなければ、無体なことは致しません」


 その口ぶりは、まるで正規の騎士のようだった。


「わ、わたくしは……王女ではないわ。ひ、人違い……ひっ!」


 剣が喉元に向けられた瞬間、リヴィアは悲鳴をあげた。


「この離宮で、絹のドレスを纏う者が他にいますか?」


 その指摘にハッとして自らの衣装を見下ろす。王族と侍女では、素材が違うのだと教えられた記憶が、今さら蘇った。


「……醜いな、これが王女とは」


 ヴァルトの呟きに、顔が真っ赤になった。


「み、醜いですって!? この無礼者!」


 怒鳴った直後、後悔が襲った。殺されるかもしれないのに――。


(死にたくない……シリウス……助けて……)


 だが、ヴァルトは何もせず、ただ冷たい視線を向けただけだった。


「シリウス、王女殿下を王宮へ連れて行け。侍女たちにも本人か確認しておけ」


 ――シリウス。


 その名を聞いた瞬間、リヴィアの心は一気に別の場所へ飛ばされた。


(シリウス……彼が、ここに?)


 「はっ。このシリウス・エヴァンス、了解いたしました」


 現れたその男は、焦げ茶の髪にそばかす、灰色の瞳。


 ――リヴィアの知る「シリウス」とは、まったく似ていなかった。


(どういうことなの……!?)



お読みいただきありがとうございます。


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