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第1話 醜い子豚の王女様

「みんな嫌い! 嫌い! 大っ嫌いよ!!」


 ルミアージュ王国の離宮の庭園で、豪奢なドレスに身を包んだ少女が叫んでいた。

 桃色のドレスには真珠や宝石がこれでもかと縫い込まれ、もはや華美を通り越して下品な印象を与えていた。

 チョコレート色の髪を乱した少女の頬には、いくつもの吹き出物が浮かんでいる。

 この少女こそ、国でも有数の高貴な血筋を持つルミアージュ王国第二王女――リヴィア・ノルディス・エルセリオである。


 しかし、その姿を見た者はこう呼んで嗤う。


 ――醜い子豚の王女様、と。


 *


 事の発端は、友人たちと開いた詩の朗読会だった。

 リヴィアは新調したドレスを身にまとい、王女らしく美しく着飾って会に臨んだ。

 侍女たちは「完璧です」と口を揃え、友人たちも「美しい」と惜しみなく賛辞を送った。


「まぁ、見事な真珠ですわ。これがお似合いになるのはリヴィア様だけですわ」

 

 ドレスの細工も声も褒められ、リヴィアは得意げに微笑む。


「わたくしは素敵なお友達を持って幸せですわ」


 そう締めくくるのがいつもの決まり。

 その日も会は滞りなく終わり、いつもと変わらぬ余韻を残してお開きとなった。


 違っていたのは、友人の一人――クラリーチェがハンカチを忘れていったこと。


 いつもなら侍女に届けさせるところを、気まぐれで「わたくしが届けますわ」と自ら手に取った。

 それが、あんな惨めな結末を迎えるとは思いもせずに。


 *


 離宮へと続く回廊で、まだ友人たちは歩きながらおしゃべりに興じていた。

 太り気味のリヴィアでも追いつけるほどにゆっくりと。


 声をかけようとした、その時だった。

 エミリアが笑い声を上げた。


「もう我慢できませんわ。ご覧になりまして? あの子豚の格好」


 普段とまったく異なる口調に、リヴィアは言葉を失った。


「もちろんですわ。笑いを堪えるのに必死でしたわよ」


「フェリシア様は立派ですわ。わたくしなんて笑い声が少し漏れてしまいましたもの」


 ホホホ、と笑い声が響く。


「使っている素材は良いのに、まさに“豚に真珠”ですわね」


「装飾品が可哀想でしたわ。身につければ品位が上がると思っているのかしら?」


「香水の香りも鼻につきましたわ。頭が痛くなりましたもの」


 どれだけ鈍くても、リヴィアには自分の悪口だとわかった。


 ましてや、あてがわれたとはいえリヴィアにとっては初めての“友人”たちだった。

 呼べば笑顔で応じてくれる三人だったのに。


「詩は豚の鳴き声みたいでしたわよね」


「選ぶ詩のセンスも、まったく……」


「残念ですわ。腹違いとはいえ、セレスティア様の妹君だと聞いて期待していたのに」


「母親が賤しいと、血筋だけではどうにもなりませんわね」


 ホホホ、とまた笑い声が上がる。


 その瞬間、クラリーチェの顔にハンカチが当たった。


「……なんですの?」


 落ちたハンカチを拾い、クラリーチェが振り返ると、そこにはリヴィアが立っていた。


「……リヴィア様」


「あらあら、王女殿下ともあろうお方が立ち聞きとは感心しませんわね」


 クラリーチェやフェリシアは青ざめ、エミリアだけが平然としたままだった。


「貴女たち、わたくしが第二王女リヴィア・ミレイユ・エルセリオと知っての無礼かしら!?」


 王女としての権威を示せば謝罪するはず――そう思っていた。


「まあまあ、王女殿下が声を荒げるなんてはしたないですわよ。無礼に聞こえたのなら申し訳ございませんでした。でも、殿下ともなれば、下々の戯言など笑って受け流す度量が必要ではなくて?」

 

 エミリア口元だけで笑った。


「貴女たちから“王女の友人”という称号を剥奪しますわよ!」


「どうぞご自由に、殿下。わたくし達は貴女様の乳母に命じられて仕えている“友人”ですもの。セレスティア王女殿下にお近づきになれるかもと期待していたのに、結局一度もお会いできませんでしたわ」


 リヴィアは、物心ついた頃からずっとこの離宮に住んでいて姉セレスティアに会う機会自体が少ない。リヴィア自身が会う機会がほとんど無いのにどうしろというのか。


「残念だったわね。貴女たちのような下級貴族が王族に拝謁できるのは、これが最後よ!」


「あらまあ、それは残念ですわ。リヴィア様もお姉様にお会いできるといいですわね」


 カッと怒りが湧くのに、口から出てくるのは何もなかった。


「とはいえ、“王女の友人”という称号は便利ですの。貴女様には他に友人などいらっしゃいませんでしょう? お互い今日のことは――妖精の悪戯ということに致しましょう」


 ――よろしいですわよね、殿下?


 リヴィアは頷くしかなかった。

 “友人が一人もいない王女”など、プライドが許さない。


 リヴィア王女は美しくなければならない。

 人々に慕われなければならない。

 少なくとも、父王の前では。


 リヴィアには、選択肢などなかった。


「さすがはリヴィア様。寛大なる御心に感謝いたします。それでは」


 『友人』たちの背を、リヴィアはただ睨みつけるしかなかった。


 *


 のちに、すべてを目撃していた侍女から乳母へ報告が上がり――叱責されたのはリヴィアの方だった。


「殿下、ご友人方の前で声を荒げられたとか。何ゆえそのようなご振る舞いをなさったのですか?」


 そう言いながら、ドロテアは反論など一切受け付けない表情だった。


「ハンカチを投げつけるなど、淑女のなさることではございません。すぐに謝罪の手紙を書いてください。書き終えるまでお食事はありません」


「っ……わかりましたわ」


 食は、リヴィアにとって唯一の楽しみ。

 それを奪われる恐怖に、逆らうことなどできなかった。


「さすがはリヴィア様。淑女の鑑でいらっしゃいますわ」


 満足げに微笑むドロテアは、書斎へとリヴィアを促す。


 そして、何度も書き直しを命じ――ようやく満足のいく手紙が出来上がった頃には、夜もすっかり更けていた。

お付き合いいただきありがとうございます。

醜いと蔑まれる王女が、追放された先で少しずつ“本当の自分”を取り戻していくお話です。

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