ベルジュラック①
ベルジュラック領に着いてから三日後にお披露目の夜会を開くため、その時にまた会えることを確認してラウリーヌは生まれ育ったゴーチェの屋敷を後にした。
*
「寂しいか?」
「い、いえ。またすぐに会えますし近いですから。」
「そうか。ベルジュラックでは皆が君が着くのを心待ちにしている。」
公爵が目を伏せ、微笑む。
馬車の中はラウリーヌとジョスラン二人だけだ。後ろに続く馬車にはジーナや公爵家の侍従や側近と呼ばれる人が乗っている。
ラウリーヌの郷里から南部最大の街メリザンドにあるベルジュラック家の屋敷までは馬車で三時間ほどの道のりで、その間二人きりというのが居心地を悪くしている。
そっと公爵を伺うと、窓枠に右肘をついて顎を乗せ、外を見ている。すっきりとした横顔、意志の強さを感じさせる深く青い瞳に長いまつ毛。ほんの少し口角が上がった口元。艶のある黒髪が形のよい輪郭を際立たせている。
想像していたのとは全然違う姿がそこにあった。
(だから父さまも兄さまも『会えばわかる』と笑っていたのね。)
ラウリーヌは彼と同様に外を眺めた。
街道沿いの木が色づき、秋の訪れを思い出させる。この三か月はバタバタしていてゆっくりと風景を見ることもなかった。
「私はこの南部の風景が好きでね。この先も守りたいと思う。」
「は、はい。」
突然声をかけられドギマギしていると、ジョスランがこちらを向きくすっと笑った。
「緊張しているね。」
「いえ、別に。」
つんと顔を上げて答える。こういうところに意図せず意地っ張りな面が出て嫌になる。心の中で盛大に反省した。
「ふふ、無理をせずともよい。まだ成人したばかりだろう。結婚式は一年後を予定しているが、それもまだ未定だから安心してくれ。」
「え、未定……?」
「ああ。私は元々結婚するつもりはなかったのでね。だが君を見つけて考え直したわけだ。だからゆっくり待つつもりでいる。」
「……公爵さまは私を知っていたのですか?」
この婚約の話を聞いた時、ラウリーヌには会った記憶がなかったため驚いた。ベルジュラックの屋敷に行ったことはあるが、もし会っていたとしたら忘れるわけがないだろうに。
「まあな。それからその『公爵さま』と呼ぶのはやめようか。ジョスランでよい。私もラウリーヌと呼ぶから。」
今日何度目かの顔を熱さを感じた。それはラウリーヌにはハードルが高い。
父や兄、それから騎士たちに混じって剣を振るっていたのだ。男性に免疫がないわけではない。
だが、どうにも目の前にいる美しい大人の男性が自分の婚約者だと思うと身の置き場なくなる。
「そ……それはもう少し慣れてから。」
「メリザンドに着くまで待とう。」
公爵はいたずらっぽく笑った。
*
途中休憩を挟みながら、静かにゆっくりと馬車の旅は進んでいった。
後ろの馬車に乗っていたジョスランの側近は、子爵家の嫡男であるレノー・ブノアというジョスランと同じ二十五才の男性だ。
侍従と共に、既にジーナからラウリーヌの好みなどを聞いていて、二人の馬車の様子を聞いて「婚約する者同士があまり話さなくてどうする」と呆れていた。
それは誤解で、ジョスランはラウリーヌに色々質問をしてくれるのにラウリーヌが緊張して会話が続かないのだ。
ラウリーヌとしてもこんな経験は初めてで、困惑と混乱の中二人きりの時間を過ごしていた。