ゴーチェ①4
昼になる頃、屋敷の玄関前にある馬車寄せに、四頭立ての立派な馬車が横付けされた。側面の金で象嵌されたベルジュラック家の紋章以外の装飾のない、シンプルな見た目ながら艶々した漆黒の美しい馬車だ。
ゴーチェ家の使用人たちがアプローチに並び、ラウリーヌたち家族はエントランスホールに並ぶ。
大きく開け放たれた大きな扉の向こうで、従者の手により馬車の扉が開けられるのが見える。
従者に助けられて馬車から降り立ったのは、手に杖を持ったすらりとした長身の男性。
黒い髪に、深く青い瞳。その場の空気が変わるほど圧倒される美貌。
ただ左腕はだらりと下がり、左足をわずかに引きずっている。杖をつきながらゆっくりと、だが不思議な優雅さをもって歩いてくる。
使用人たちが「金持ちなのに質素な格好をしている」と噂していたが、確かに過度な装飾品は身につけていないが、見ればわかる仕立ての良い最高級品の衣装を身に纏っており、それがかえって公爵の美しさを引き立てているようだ。
固まっていたラウリーヌは、兄に腕を小突かれて慌ててカーテシーをした。
(この方が私を見初めたと……?)
復興資金の見返りに不自由な体を介護するためだと噂されていたが、そんなふうには思えないし、ましてや見初めたなんて信じられない。
やがて、下げた頭の上から低くて艶のある声が降ってきた。
「顔を上げて、ラウリーヌ嬢。」
恐る恐る顔を上げると、ラウリーヌの頭一つより上から藍色の瞳が優しく向けられていた。それから公爵は顔を上げ、すっと周辺に視線を動かした。
「ゴーチェ子爵、子爵夫人、ご令息。このような出迎えいたみいる。」
「とんでもございません。さあ、こちらへどうぞ。」
たしかラウリーヌより九つ上の二十五才だったはず。なのにこの落ち着きと迫力はなんなのだろう。
諸侯としての立場がそうさせているのだろうか。
「私のような者で申し訳ないが、エスコートをしても? ラウリーヌ嬢。」
「は、はい……。」
「すまない、嫌でなければ左腕に手を添えてもらえるだろうか?」
ラウリーヌは小さく頷き、腕を組むように左腕に手を添えた。
ふわりとシダーウッドの香りが漂う。
緊張の限界に来てしまったラウリーヌの手が、小さく震えていたのを気づかれたのか小さく「光栄だ」と囁かれ、思わず見上げるとふっと優しく目を細められた。
*
応接間に移動してから書類にサインをし、少しばかり談笑した。父や兄は公爵と面識があるので和やかに話していたが、母や侍女たちは頰を染めぼんやりと公爵を見ている。
ラウリーヌは経験したことのない緊張感に包まれ、声を出すこともできなかった。
「このまますぐ出立されるのですか? 昼食でもと思いましたが。」
「ご厚意に感謝するが、こういう体なのでね。皆さんに不快な思いをさせることもあるだろう。もし婚姻が成って家族になればぜひ。」
父よりはるかに年下であるにも関わらず、鷹揚とした話し方に息を呑む。
「あの……。」
兄のキーファーが口を開いた。
「なぜ妹を?」
ジョスランはわずかに目を見開き、ラウリーヌに向かいにこりと微笑んだ。
「それはもちろん、この美しさと……。」
途端にラウリーヌの顔がかっと熱くなる。両親と兄は『珍しいものを見た』という顔でラウリーヌを見るので、すっと顔を背けた。
「私の伴侶となるのは共に南部を守っていける女性がいい。そして自らの身を守ることができる。ラウリーヌ嬢は私の理想そのものです。」