ゴーチェ①2
父からラウリーヌに縁談がもたらされた翌日、屋敷には仕立て屋やら宝石屋やらが大挙して訪れた。
「どういうことです? 母さま。」
「ベルジュラックさまが遣わせてくださったのよ。このドレスが出来上がる頃に迎えに来てくださるのですって。」
ラウリーヌが眉間に皺を寄せて天を仰いでいると、母は少女のようにワクワクとした表情で生地を選んでいる。
「え……。」
「え、じゃないでしょ? こんなじゃじゃ馬を見初めてくださったんだから、これから磨かないと。せっかく綺麗に産んであげたのに、ほら肌も日に焼けて髪の毛もパサパサで。」
「母さま、仕方ないでしょ。私は……。」
「いい? ラウリーヌ。」
ラウリーヌの言葉を遮った母が、座った目でじっと見据えた。この目で見られると背筋を伸ばして口を閉じる。幼い頃からの条件反射だ。ちなみに、父も兄も黙る。
「今までは父さまも私もラウリーヌの気持ちを考えて自由にさせてきたわ。でもね、やっぱり娘には幸せになってほしいのよ。」
「……知らない人と結婚するのが幸せだと?」
母は困ったように眉を下げた。それはそうだろう。そんなこと、貴族の娘が言うことではない。
「ベルジュラックさまは婚約したらメリザンドの屋敷に移ってきてほしいとおっしゃっているらしいわ。お互いを知った上で婚姻を結べばよいと。それであればラウリーヌの言う『知らない人との結婚』にはならないわね?」
「……断ってもいいと?」
「さあね、それはあなた次第じゃない? 断れば他の人と結婚するだけのことよ。」
母が怖いことを言う。
確かにベルジュラック公爵を断っても、その後はまた知らない人との婚約話が持ち上がるだけだ。そしてベルジュラック公爵以上にいい条件の相手はいないだろう。
「……なぜ私なのでしょう?」
「それはわからないわ。」
*
三日ほど逡巡して覚悟を決めたラウリーヌは、母と侍女たちに従って磨かれ淑女としての教育を受け始めた。ラウリーヌとてそれなりのマナーは身につけているが、王族に連なる『諸侯』へ嫁入りするとなればやり過ぎることはないと、みっちりとスケジュールが組まれた。
日の当たる外での活動は禁止されたが、乗馬はドレス姿で横乗りができるよう練習することは許された。
剣の練習は、夜にこっそりと広間で行った。それで気分が晴れるのだから大目に見てほしい。
そしてストレスが溜まりまくった三か月後、ドレスやアクセサリーが出来上がった。
「まあ、美しいわ!」
母と侍女たちに着せ替え人形のようにドレスを着せられ、色々な髪型にされるなど屋敷中が浮き足だった頃、ジョスラン・マルユス・ベルジュラック公爵が来訪するという知らせが入った。
「まあ、公爵さまご自身がわざわざおいでになるなんて。」
「旦那さまは会議で会ったことはあるのでしょうが、あまり人付き合いはなさらない方らしいですわね。」
「とてもお金持ちなのに倹約家でいつも質素な衣装を召していられるそうですわ。」
「お嬢さまより九つも年上で、お体も不自由だとか。」
「それで今まで婚約もされなかったのね。」
「でもあの盗賊に焼き討ちにあった後の復興資金を提供してくださったらしいわ。」
「じゃあ、その見返りに……?」
「お嬢さまは南部一の美姫と言われてますから……。」
小声で噂する使用人たちの言葉が耳に入り、うんざりする。その言葉の後に「おかわいそうなお嬢さま」と聞こえるようだ。