91時限目 虚色の虚飾
なんで走ってるのか分からない。
なんか走らないといけないと思ったから、多分走ってる。
向かう先は友達の家。涙で目元を腫らしながら、ミミは全力で駆けていた。
『もういい。今日はあいつの家に行ってこい』
先生が言ったあの言葉が、思いやりの裏返しなのも今理解できた。
泣いて泣いて泣いて泣いて。覚悟を以てかなちゃんの家に向かって走る。
雨で足元が悪い。そもそも傘をさしてないからずぶ濡れだ。
けどそんなことをどうでもいいと思えるくらいには、今は躍起になっていた。
「かなちゃん……かなちゃん……!」
虚ろにそんなことを呟いて、ひたすらに走っているとかなちゃんの家の前についた。
少しだけ息を整えて、インターホンを押すと、早くもかなちゃんが出てくれた。
「かなちゃん!」
「み、ミミ……!? にゃんで」
「話がしたくて!」
堰を切って叫ぶミミに気圧されたかなちゃんが、焦ってドアを開けに来てくれる。家の人は居ないようで、寝間着姿のかなちゃんが出てくれた。
申し訳なさを感じつつ、リビングに通される。
熱を帯びた脳が少しずつ冷めていくのを感じる。
どうして飛び出してきちゃったんだろうとか、何を話そうとか今になって考えてしまう。
それとは別に、かなちゃんは落ち着いてお茶を出してくれて、ソファにかけた。
ミミは机の前に正座してお茶をもらう。
かなちゃんは、俯いてた。
「にゃんの用にゃ?」
「えと……ひとまずは、体調大丈夫かなって」
「連絡した通りにゃ。今は母さんはいにゃいけど、ちゃんと看病してもらって安静にしてるにゃ」
嗤うように、ミミを宥めるようにそう言ってくれた言葉の端には、少しだけ棘が見え隠れした気がした。
かなちゃんの容態は今は問題ないようで、週末の文化祭にも出れるそう。安堵を込めた息を吐くと、溜め息で返される。
「それだけにゃ? なら、これくらいにしてくれにゃいか? 薬を飲んだから眠らにゃいと」
「ご、ごめん! だけど、まだ話がっ」
「それは今必要なことにゃ?」
「っ…………」
疲れたように、かなちゃんが言う。
状況を考えるなら今ではないだろう。けど、今だ。
今じゃなきゃいけないんだ。
「さっき、言われたの」
「…………?」
「『言いたいことがあるならはっきり喋れ』って」
「……それが何にゃ」
「ミミは――――ミミも、かなちゃんのやり方に文句があるの!」
精一杯の大声で叫ぶ。一瞬驚いたような顔を見せたかなちゃんだったけど、それからすぐに平生を装った。
「それは……ダンスの方針についてかにゃ?」
「うん」
「振り付けが嫌いとか、カミサンに隠してやるのが嫌とかの話にゃ?」
「違う、そうじゃないのっ」
「じゃあ何――――」
「一緒に、上を目指そうって言ってくれたじゃん」
悲痛を訴えるように。溜めていた想いをぶつけた。
やっぱり熱が収まりそうにないや。
目頭が熱くなってくる。外の空気だけが唯一、冷ましてくれる。
かなちゃんは今更なんだと言いたげな様子でこちらをじっと見つめたまま。
ミミは目元にうっすら涙を浮かべて、更に続けた。
「一緒に、ダンスしようって言って――――一緒に練習してる時、本当に嬉しかったよ。本当に楽しかったよ。
最初はミミも不安なことばっかりだったけど、かなちゃんと一緒ならみんなの前でだって踊れるって思ったの。
勿論こういう風に衝突することだってあると思ってたし、仲が悪くなるかもしれないって思った時もあったよ。
でも! それでもかなちゃんがミミの話を聞いてくれないのは! 嫌なの!」
「それはミミが勝手に思って、勝手に決めたことじゃにゃいか! それを勝手にわちに押し付けて決まり事みたいに言うにゃんて――――」
「勝手なのはどっち!? 最近いっつもいっつも振り付けだけ伝えて各自で練習って。それって一緒に踊る意味ないじゃん!」
「一緒に練習してたら新しい振り付けも考えられないし、何よりミミのペースじゃわちに追いつけにゃいじゃんか! だからわちがせめて先に練習して、できることを決めて、少にゃい時間の中でできる限りのことをしようって思ってやってやったのに!!」
「やってやったって何!?! ミミ頼んでないもん! それに最近じゃかなちゃんの方がレベルについてこれなくなってきてるじゃん! 最初の方のパート絶対怪しくなってるくせに!」
「じゃあ誰がッ! 誰が振り付けだの動きだの決めるんにゃ!? わちがやらなきゃ、ミミがやってくれるって言うのにゃ?!?」
「それを一緒に決めようって言ってるの!!!」
語気が強まる。かなちゃんが頬を紅くしてミミに向かって暴言を吐く。
「時間がないのも分かってる! 練習量がミミにもかなちゃんにも足りないのも分かってる!! この程度でトップに入るの何て戯言だなんてとっくに分かってる!!!! けど、ミミ達が本当に欲しいのはそれじゃないでしょ!?
壇上に立って、皆に見てもらって、皆が楽しんでもらいたいから! だからミミはかなちゃんと一緒に壇上に上がることを目指したの!
かなちゃんは変わっちゃったの? ねぇ、なんで?
昔のかなちゃんはこうじゃなかったじゃん! 昔はミミの手を引っ張ってくれて、ミミのことを気遣ってくれて。ミミもかなちゃんと一緒に居れて楽しかったのに。
なんで変わっちゃったの? 何がかなちゃんを変えたのっ!?」
涙で視界がぼやけてしまう。震える手が収まる気配がない。
思考が朦朧としてきて何を喋りたいのかすら分からない。
昔のかなちゃんはミミの憧れで、大好きな友達だった。
遊ぶときはいつも一緒で、かなちゃんが関わる人たちはミミん関わる人たちでもあった。
臆病者のミミだったけど、かなちゃんと一緒なら、少しだけ足を踏み出せたんだ。
嫌いになるなんてことはこれまで一度たりともなくて、ミミが勝手に劣等感を抱いてることばかりだった。
けど、それらを全部払うかのようにかなちゃんが笑ってくれた。
盲信か狂信のような感覚かもしれないけど、実際その通りかもしれない。
だからこれまでだってかなちゃんの言うことを受け入れてきた。
自分自身の寄る辺である親友が間違いを犯すはずがないと勝手に頼って勝手に信じ込んでいた。信じ込んでしまっていた。
今更どの口でと思われるかもしれない。今更どのツラでと言われるかもしれない。
けど――――――――けど…………っ!!!
ぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭って、視界を回復させる。
かなちゃんは、とてもとても怒り狂って、悲しい顔をしていた。
歪んだ、可哀想な、辛そうな顔をしていた。
「なんで――――なんでなんでなんで!!! 今なんにゃ!?
もう手遅れにゃ! もう散々やったんにゃ! わちの努力が要らなかったって言うつもりにゃ!? わちはもう要らないって言うつもりにゃ!?
これまでだって毎回毎回わちの後ろをついてきただけなのに! 何を今になってそんな偉そうに!!!」
黒く、黒くひずむ。
「どうせ今日だってわちのことを嗤いに来たんじゃにゃいのか?!? 勝手にやって勝手に風邪を引いて『あぁ馬鹿じゃん』って! 嗤いに来たにゃらいっそ笑ったらどうにゃ!?! そんな顔するくらいなら、いっそ一人で全部やった方がマシにゃ!! 全部、どうせわちのせいだって言うなら、もうミミは関わってくるにゃッ!!」
「だからどうしてミミが隣に立つのを許してくれないのっ!!!!」
「ッ!!」
「一緒にやろうよ……一緒に頑張ろうよ……ミミが出来損ないなんてミミもかなちゃんも分かってるでしょ? かなちゃんが焦ってるのだってミミもかなちゃん自身も分かってる!! なら、お互いがそれぞれ動くんじゃなくて! 一緒に解決しようとするのはダメなことなの!? どっちが正しいかなんて問うより、どんな未来にするかを決める方が、ミミは良いって思うの……。
かなちゃんは、違うの……?」
涙か鼻水かなんてわからない。
煮え切った頭が何を口にしたか理解を拒絶させる。
視界がまたぼやけても、かなちゃんがぐずってるのが見える。
かなちゃんの方がつらいはずなのに、かなちゃんの方が苦しかったはずなのに。
ミミの我儘なのはわかってる。分かってても、言わざるを得ない。
「わちは……わちは……ッ」
かなちゃんのしてきたことを冒涜するのに等しい。
ミミの努力を泡沫に帰すのに等しい。
かなちゃんはとても苦しそうに泣いて、悲しそうに怒って、歪んだ顔でミミを睨む。
悩んで、悩んで、悩んで悩んで悩みすぎて。
何もかも捨てようとして、かなちゃん自身の感情を捨てた。
かなちゃんが何かを『したい』と言わなかったのが、何よりの証拠だ。
ミミは、震えているかなちゃんの両手を、自分の手で優しく包み込んだ。
自分だって泣きはらしてるのに、できた人間じゃないのに。
そうして暖かく包み込んだ手に、二人の涙が零れる。
「ごめん……ごめんにゃ……わちが、――――わちがもっと上手くできていれば…………っ」
「ミミもごめんね……本当にごめん…………もっと早く、こうしたかった……っ。もっと早く、こうできてれば……っ……!」
見えない強がりは、虚飾は、本当は必要なかった。
それからしばらく、ミミ達は泣き続けた。
時間を忘れて、責任を忘れて。感情のままに泣きじゃくった。
次回投稿は2025/01/06予定です
先んじて、良いお年を




