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天才様の唯物論  作者: 上海X
御伽奏子と譜祇遊戯
94/116

90時限目 失楽

「って、そんな驚いた顔しないでよ……周りの人に変な目で見られるじゃない」


 溜め息を大きくつく相手は、安堵したように表情を緩くさせ、咲夜の隣に腰かけた。

 幸い、僕と咲夜の二人は大声を出すことなく済み、息を殺して大きく深呼吸をしている。


「満弦さん……!」

「お久しぶりです」

「えぇ、久しぶり。まさかこんなところで会うだなんてね」


 矢嶋満弦先生。

 先生と言っても、学校の教師ではなくとある病院の女医だ。

 修学旅行の際に初めて会い、ジンドー先生と仲睦まじい様子が印象的な女性。

 とりわけ咲夜とは仲が良く、時折普段の会話でも話題にあげられたりする。

 まさか矢嶋先生もこの喫茶店に居るとは。本当に種々の人々が訪れる場所だ。


「で、結局何をしていたの?」

「えとー……。先生のことについて?」

「なんで疑問形なのよ……」


 呆れた顔で咲夜を見る矢嶋先生。

 店員さんが来てホットコーヒーを頼むと、砕けた口調と笑みで話しかけてきた。


「もうすぐ文化祭なんでしょう? 私も行くことにしたわ」

「! やったー! 満弦さん、いろいろ一緒に回りましょう!」

「いいけど……そこの彼氏さんは置いてきぼりになっちゃっていいの?」

「文化祭は二日あるので!」


 当初から文化祭は一日分しか咲夜と回る予定がなかった。咲夜自体に何か考えがあるのだろうと思っていたが、恐らく矢嶋先生を連れて回る予定だったのだろう。

 僕も僕で、友人らとある程度回りたいところもある。咲夜と趣味嗜好が完全に一緒なわけではないため、その提案は元から受けていた。


「へぇ。お友達のダンスが一日目にあるのね」

「そうなんです! 他にもお化け屋敷とか出店とか~!」


 咲夜がとても楽しそうに話しだす。

 先ほどまで張りつめていた空気が一気に緩和された。一瞬無響に僕らのことを一瞥された気がしたが、ここまで矢嶋先生と会話に夢中になっているのを聞かれれば、先ほどのことを聞かれたとは思うまい。


 だが、それでも問題は変わりない。

 バグアーツ―――【乱数出現】。それに大人に奪われるというのも引っかかる。

 あの先生は何か重大なことを隠しているのだろうか。

 隠していなければ問題となること?

 もしバレたら先生はどうなる?

 知っていいことなのか? それとも知ってしまってはまずい事なのか?

 ゲーム内で奪うと言うと――――雷斗の【強奪】が第一に湧いてくる。

 雷斗は一時期僕の【フェイク】をそのアーツで間借り(強奪)して大会に出ていた。それらがもし何かしらの契約によって永続的にできるとしたら?

 ……少し、雷斗に聞いてみないといけない。


「……くん? レーくん」

「――――っ! どした?」

「レーくんは先生が文化祭の日どっちの日が空いてるかとか知ってたりする?」

「い、いや。知らないけど……」

「満弦さんとデートなのに全く話してないらしいから」

「だからデートじゃ……!」


 焦って訂正する矢嶋先生だが、顔は赤くなっている。この様相でよくバレてないよなぁと思う。鈍感すぎる先生も先生だが。

 ――――ってそうか。矢嶋先生は咲夜からじゃなく、ジンドー先生から誘われているのか。

 だとしたら脈アリなのか……? いや、単に咲夜のためとかで考えてそうな一面も……。


「まぁ今度会ってみたら聞いてみます」

「ダブルデートですね!」

「だから違うのーっ!」



 ♪♪♪♪♪



 ――――まだ、雨は降り続いていた。


「今日は、桜音祇が休みなんだってな」

「は、はい……」


 文化祭まで一週間を切ったところで、桜音祇が休んだ連絡を聞いた。

 おかげで御霊との練習の時間が少し早まり、長く練習ができる分余裕ができた。

 相変わらず部室棟の一角で練習に励む。


「っ、す、すみません」

「大丈夫か?」


 相変わらず鈍臭さは拭い切れてないが、ダンスのキレは上がってきていた。

 だが、今日は何か考え事をしているようで、足の動きがワンテンポ遅れている。

 御霊は部室棟に来るなり暗い表情を作っていた。自信が無さげなのはいつものことだが、それよりも引っかかることがあるようだ。

 ――――痺れを切らして、俺から声をかける。


「桜音祇のことが不安なんだろう?」

「――――ひゃ!? あ、あの…………は、はい」


 ここ連日、出来上がったダンスのパートを逐一変更していった。

 それもこれも全部桜音祇の伝えてきた内容であり、それらはそこら辺のダンサーのものよりはるかにレベルの高いものとなっていた。

 これなら適当なダンスゲームの上位ランクだって狙え――――いや、まさかな。

 すぐゲーム脳になる自身の脳回路を諫めつつ、御霊の相談を聞く。


「こ、ここ最近合わせで練習してた時もなんですけど……かなちゃんの体調が悪くなってたみたいで、それで」

「まぁ桜音祇もこれほど新しい振り付けを考えて自分で試してを繰り返してたんだ。祟ったんだろう」


 悪く言うのなら、身勝手に動いた結果とも言えるのだが。

 御霊はもじもじとして何かを言いたげな様子だった。


「つ、辛そうだったんです」

「でも、それは桜音祇のやったことだろ?」

「っそ、そうですけど……」


 出鼻を挫く。悪意から? 多分悪意から。

 正直、今の俺の感情に即して言うのなら、俺は桜音祇の考え方に不満を抱いている。御霊はそうではないだろうが、俺は少なくとも嫌い(・・)だ。

 はっきりとした言葉を真正面に受けたからか、うっすらと涙を浮かべる御霊。このままでは御霊は情動に任せて桜音祇の元に行くだろう。だがそんなことはさせない。止める理由は出そうと思えば死ぬほど湧き出てくる。


「御霊も、桜音祇のやり方には思うところがあったんだろう」

「っ……」

「自分のしでかしたことに自分で尻ぬぐいをする。大人としての当然のことだ。それができないなら、大人に口出しする資格なんてない」


 俺の言葉に、何一つ言い返せない御霊はおびえた様子で俯いていた。口をぱくぱくと動かしているが、言葉は一つも出てこない。

 だんだんと雨の降る音が強くなる。

 御霊の震える手が、何かを訴えていた。


「他に何か言いたいことがあるのなら、それは御霊が代弁することではない」


 たかだか『友達だから』ぐらいで擁護するのなら、それは全力を以て俺は退ける。

 御霊を悪いとは一縷も考えていない。桜音祇に全ての感情をぶつける気も毛頭ない。二人のことを気に掛ける必要なんてそもそも俺にはないし、権利もない。

 だが、今のままで御霊があいつの家に行ったところで、今のやり方を助長させるだけだ。それは恐らく、御霊自身の首を絞めることにつながる。

 もし行くのなら――――――。


「せ、先生は」


 拳を作る御霊が、目元に涙を浮かべてこちらをじっと見つめる。

 同じように瞳を捉えて見つめ返す。

 震えている。こんなこと、本心で言うのならしたくはない。


「かなちゃんのこと知らないんです」

「あぁ知らない。恐らくそんな気概知りたくもない」

「かなちゃんは、いつもミミのために動いてくれてるんです」

「それでお前が首を絞められてちゃ意味がないだろう。DVに愛があれば許されるのか? 裏切りに後顧の憂いがあれば許されるのか? 違うだろう」


 いつだって信じられるのは自分だけなのだから、眼に見えないものに縋るのは間違っている。


「眼に見えないとダメなんですか……」

「あぁ」

「友だちとの繋がりは、そんなにダメなんですか……」

「あぁ」


 泣き出す御霊の泣き声は、雨音にかき消されて無慈悲に消えていく。

 俺は嘆息を一つ吐くと、窓の奥の雨を見た。

 この雨じゃ、もし行けたとしても御霊が風邪を引く羽目になる。

 御霊は、一頻り泣いた。泣いて、泣いて、泣いた。


「み、ミミは……」

「言いたいことがあるならはっきり喋れ」

「――――――ミミはっ、そうはっ、思いません」


 泣きじゃくる。爛れた顔で、震える声で。

 御霊は続けた。


「歪んだ関係かもしれないです。間違った関係かもしれないです。眼に見えない、不安定な関係かもしれないです。

 でも、それでもミミは、それが良いです!」


 直せるかは分からない。更に間違った道に進むかもしれない。けどそれを信じて進ませるのは、大人なのだろう。

 幸い、もう練習は不必要だと言いたいくらいには出来上がっている。ミスが無ければ、の話だが。後はこの技術を本番で発揮させられれば良いだけだ。


「もういい。今日はあいつの家に行ってこい」

「っ。……はいっ」


 俺から言ってしまっては隠れてやってる意味がない。

 だからこそ、御霊が動かなければならないのだ。

 御霊が部屋を出て走り出す。全速力で駆けていき、部屋に静寂が侵食してくる。

 誰も居なくなった部屋で大きくため息を吐いた。


「良かったんかなぁ……」


 御霊に改めて酷いことをしたと自覚しながら、部屋を見渡した。

 完全に全部放置したまま出ていってしまった。荷物を咲夜に預けておこう。

 散らかった部屋を軽く掃除しながら、ぽつりとつぶやく。


「にしても、桜音祇はどこからあんな技術を引っ張ってくるんだ……?」


 単純に考えるならば、SNSから拾ってくるのだろうが、それだとしても類を見ないものだ。それに、何か見覚え(・・・)がなくもないような……――――。

 もし誰かを師範としているのなら、その考え方はソロプレイに限った話だ。

 誰かと協調して成すには向いていないし、もし複数人で行うことを想定した上でこれらを提案していたとしたら、それは桜音祇たちを貶める目的があるのかもしれない。


「さて……」


 先ほどまでの考えとは別に、目端に隠されていたダンスゲーム用のマットを視界に収め、誰を問い詰めるかを考える。


「まずは……校長だろうな」


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