87時限目 酔狂
「サイカが、ゲームを……?」
世羅さんは戸惑った様子で小生のことをじっと見つめた。
小生は先ほどの話を聞いて引っかかったことが二つあった。
一つは、世羅さんの死亡時期だ。
「世羅さんは母親を殺した時の記憶は覚えてる?」
「う、うん。覚えてるよ」
「じゃあ、世羅さん自身が死んだときのことは?」
「それも覚えてる……はず……」
改まって変なことを聞く小生に困惑しつつ、更に質問を投げる。
「それはそれぞれいつごろ?」
「それぞれって、そんなのお母さんを殺してからすぐ……あれ?」
「違うはずだ」
違う、違うんだ。
神サマから聞いた話では世羅さんが母親を殺したのは四月。世羅さん自身が死んだのは――――八月なんだ。だが世羅さんの先ほどの発言では、まるで殺してからすぐ死んだというような発言をしていた。
そして恐らくながら、その空白の四か月の記憶が、世羅さんの記憶から消えている。
「あれ、どうして? なんで忘れて――――え、?」
「やっぱり、記憶に少しズレがある」
その背景に何があるのかなんてのは全く分からない。自己意識から消すように防衛本能が働いたのか、はたまた外的損傷から消させられたのか。
ただもう一点、引っかかることとして――――。
「いつぞや言ってた『何かを取り戻さないといけない』って。それは結局なんだったか覚えてる?」
「あぁ、確かにそんなこと言ってたけど、それと何の関わりが――――っ!」
「それってもしかして……記憶じゃないの?」
誰も知らない四か月。当事者本人すら記憶から消えてしまっている状況だ。謎を突き詰めるとしたら、まずはそこからだろう。
その間に何があったのかを解明すれば、自ずと答えが見えてくるはず。
夏休みにあった世羅さんかも分からない人物が不可解である正体も、もしかしたらそれで証明がつくかもしれない。
「で、でも。記憶だとしてどうやって取り戻すっていうの? 誰かに奪われてるとかならまだしも、自分の中で忘れちゃってることなんてどうしようもないじゃん」
「それはこれから決めないとだけど…………まずは世羅さんの家に行ってみないと」
「あそこもう締まってるよ。前までは警察がうろついてたけど、今はもう誰も拠りつかない場所になってる」
「うーん……神サマか校長なら、まだ何か知ってるかな……」
顎に手を当て唸っていると、雨がぽつぽつと降りだしてきた。
急いで階段の方へ向かい、雨をしのぐ。
ちょうどこの時間から文化祭の準備時間だ。少し先生に話しかけにいこう。
♪♪♪♪♪♪
「あの人……一体どこにいるんだ……?」
手当たり次第に廊下を駆けていき、神サマを見つけるために奔走する。
だが、一向に神サマは見つからない。
「あの人もサイカのことを知ってるの?」
「……うん」
聞けば、神サマは夏のゲームの一件の途中、世羅さんの家に一度立ち寄ったらしい。
その時は死体があるだなんて知らなかったらしいが、死臭の漂う空間で、何か不審な出来事があったと聞いた。
「もしかしたら神サマならって思ったんだけど……あの人どこほっつき歩いてるんだよ……」
「あと行ってないのは……って、この学校広すぎ」
高等部の棟だけで五つはある。しかも、中等部や初等部と併設されているため、いつの間にか棟を間違えて迷子になるケースも多い。
小生と世羅さんは特に、学校にいた期間が少なくどこがどこと繋がっているのか理解できずにいた。
気付けば小生は汗だくだくで息を切らしていた。
体力不足が恨まれる。
「高等部の棟のはずだけど……。あと回ってないのは?」
「何してるんすか?」
「っ!?」
キョロキョロと辺りを見回していると、後方から声が飛んできた。
焦って振り返ると、眩しい金髪。きょとんとした顔でこちらを見ていた。
「えと……葛星夜、くんっすよね?」
「ひ、ひゃい」
「なんでそんな驚いてんすか……あれっす。同じクラスで同じ遊戯を受けてる鳴上っす」
そう気さくに話しかける鳴上という男子は、相変わらず不思議そうな眼で何があったのかを聞く。
そう、そうだ。思い出した。鳴上雷斗。ネットニュースにも少し取り上げられていたから覚えている。
クラン『凪』のメンバーになった最年少のゲーマー。
「えっと……今神サマを探してて」
「神サマで通じるの?」
「あぁカミドー先生っすか」
「通じるんだ」
世羅さんがツッコミを入れるも、応えるに応えられない。
「鳴上……さん、はどこにいるか知ってますか?」
「雷斗でいいっすよ。オレも星夜って呼ばせてもらうっすから。――――カミドー先生は最近あるとこに籠もってるんすよねぇ」
とても滑らかに下の名前を呼ばれて心臓が引き絞られる。距離感バグってる。
隣で世羅さんがニコニコしてるけど、やはりら、雷斗には見えていない。
「ねぇサイカも! サイカも下の名前で呼――――」
「それで、神サマはどこに?」
「高等部の部室棟っす」
部室棟。回っていなかった所だ。
そもそも場所を知らないから回るに回れなかった所でもある。だが、ここにちょうど神サマの居場所も部室棟の場所も知っている救世主が現れた。
何たる豪運か、とも思ったが、一つあることを思い出す。
「ち、因みに雷斗、氏はなんで小生に声を?」
「あー……本当はクラスの出し物の手伝いをどうか〜って話だったんすけど」
ポリポリと気まずそうに頭を掻く。それもそうだ、ほっつき歩いてるのは神サマだけじゃない。
連れ戻してくるように言われたのだろう。言葉を詰まらせている。
「じゃ、じゃあ……小生は戻ったほうが」
「そうっすねぇ…………。でも、何だか面白そうなことをする気配がするんで、ちょっとオレも星夜に付いてこうかなって今心変わりしたところっす♪」
とても呑気に、小生を案内することを承諾してくれた。「バレたらレーにめちゃくちゃ怒られるけど……」と小声で言っていたが、大丈夫なのだろうか。小生は世羅さんを一瞥すると、世羅さんも満足げに頷いてくれた。
「じゃあ、案内するっすよ」




