85時限目 秘密
「そこでターンして、客席にアピール!」
「こうにゃ?!」
「いいねいいね。これまでより格段にキレが良くなってきてるよ」
上野さんが純粋な笑顔でわちに向けて手を叩く。
あれからミミには内緒で振り付けの提案と、練習を兼ねて時間が合う時に付き合ってもらっていた。
「大分いい感じになってきたけど、まだまだもっとやれそうだね」
「付き合ってもらって本当に感謝しかにゃいです!」
夕暮れの広い芝生の上で、ぺたんと座り込む。
上野さんからタオルをさっと渡されて、感謝とともに受け取る。
汗を拭いながら上野さんのことについて、少し質問してみた。
「上野さんってダンスに詳しそうですけど、昔やってたんですか?」
「? いえ、全く」
きょとんとした顔で否定が飛んでくる。
思わずこっちの方が驚いた顔になる。
「じゃあ、にゃんでこんなダンスに詳しく……?」
「あぁ〜。ただなんとなくの感覚よ。魅せる動きとか、単純な技巧なら専門家じゃなくても教えることはできるの」
「そ、そういうものですか……?」
「まぁ私の感覚だからっていうのはあるけど――――貴女の近くにはいたりしない?」
脳裏にカミサンが写る。
思えばどこか、この人とカミサンは似たような何かがあるように感じる。カミサンはまともな授業はあまりしてくれないけど、この人はわちの長所も短所も、この短い期間で理解してくれているみたいだ。
「どうですかね……。居るんにゃ居ますけど、教えるのが上手いかどうかは…………」
「まぁ、人によりけりではあるね」
「でもわちは、上野さんに教えてもらって本当に助かってます!」
「ふふ、どういたしまして」
花のように笑う上野さんは、見る人によっては一目惚れしてしまいそうな笑顔をしていた。
その笑顔を見て、わちはすくっと立ち上がり練習の続きを申し出る。
「続きの所にゃんですけど」
「うんうん――――」
♪♪♪♪♪
「で、修正された箇所がこんなので……」
「マジか……」
陽が傾く部室棟の一角で、俺と御霊が天を仰ぐ。
ここ最近は天気が怪しいため、外での練習も難しい。
俺は振り付けの構図が書かれた冊子を御霊から借りて目を通していた。
今日もだ。数日前から格段に高いレベルのダンスを要求されている。
御霊がうるうるとした眼でこちらを見つめてくる。そう嘆かないでくれ……。
「こ、ここ最近一緒に合わせる時間が、す、少なくなってきてるんですけど…………」
「代わりに高いレベルの物をただ指示されてるって感じか……」
御霊のレベルでギリギリ再現可能かどうかのライン。一日の作業をこれらに費やしてやっと追いつける練習量が必要だ。
桜音祇ならできるかもしれないが……これを御霊が毎日のように続けていたら、いずれ倒れてしまう。
「一度桜音祇と話し合ってみたらどうだ?」
「そ、それが話そうとしてもあんまり聞いてくれなくて……。通話も最近減ってきてて……」
「…………なるほどな」
そこをなんとか、と言いたいところだが、それは御霊の性格を鑑みると無理強いに等しい。俺から口にするのも躊躇われる。
にしても、桜音祇がまさかここまでレベルの高い振り付けを一人で考案してくるとは予想外だった。
それとも裏で誰かが指導しているのか……? どちらにしろ、完全に後手に回されている。
「となれば、それぞれをパートで分けて踊るのはどうだ?」
「ぱ、パートですか…………?」
「あぁ。桜音祇は桜音祇の。御霊は御霊のダンスパートに分けて踊るんだ。そうすれば全てのパートを踊らなくて済むし、合わせの機会が減っても多少はなんとかなるだろう」
生憎、まだ練習すればどうにかなる量だ。これ以上増やされたら一溜まりもない。早いうちにこちらから手を打って、なるべくクオリティを落とさないようにしなければ。
「わ、分かりました……! 明日相談してみます……!」
♪♪♪♪♪
「って、言ってくるだろうね」
「す、凄いにゃ……。本当に言われたにゃ……!」
動揺が隠せず、上野さんの前で飛び跳ねる。
上野さんはまるで分かっていたかのように発言して、その後のことを聞いてきた。
「それで、どうしたの?」
「上野さんに言われた通り、パート分けは無しって言い切ったにゃ」
「うんうん♪ 良かった良かった」
したり顔で微笑む上野さんは、わちとミミの会話を聞いていたかのように続きを話す。
「パート分けをすれば確かにそれぞれの負担は減るかもしれないけど、その分二人のクオリティの差が浮き彫りになってしまう。それに、複数人なら許されるかもしれないけど、たった二人で壇上に立つ以上、視線が半分に分かれると休憩してるのが露骨に目立っちゃうしね」
「ミミにはちょっと申し訳にゃいけど、このままで行くように伝えたにゃ!」
「私のことを隠してくれてたから、ちょっと都合が良かったね」
ミミに対しての良心が傷んだはものの、上野さんの助言に間違いはないと思う。
ミミには上野さんの存在を隠している。わち自身でカミサンに助言を乞うのを憚ったのに、別の誰かを頼っているとは言い出せない。
ただ、上野さんにもダンス『ゲーム』であるとは伝えてはいない。とんだ嘘つきだ。
「で、どうする? 今日も練習する?」
「勿論にゃ!」
今日とて、ミミに伝えた振り付けはミミは完璧に踊って見せていた。音ゲーとしての足取りは少し覚束ないところはあったが、それでも日に日に成長している。
それならば、わちだって多少の体力の犠牲は――――捨てても。
「ッふにゃッ!?」
「足、ちょっとミスってたよ。まだ行けそう?」
「っはい! 大丈夫です!」
「よし、一旦さっきまでのとこ通してみよう」
このまま頑張れば、わちは絶対上手くできるはず。




