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天才様の唯物論  作者: 上海X
御伽奏子と譜祇遊戯
88/116

84時限目 師事

「そろそろ鍵閉めるから、撤収しろよ〜」

「「「はーい」」」


 鍵を見せて夕暮れに染まる教室から、生徒に声を掛ける。

 文化祭ということで夜遅くまで残ろうとする生徒が多い。

 気持ちは分からなくないし、俺とて見ている分には面白そうな雰囲気がじわじわと感じられる分には結構だ。


 廊下を歩きつつ、考え事をする。

 ちょうど半年前もこんな夕暮れだったろうか。

 いつの間にか愚姉によって教師にさせられて、無茶と無謀を叶えさせられて……。気づけばもう九月。


「あ、神藤先生」

「? おう、夏燐か」


 赤い眼と、つい眼が合う。

 いつもの伸ばした赤髪が、短く纏められている。

 制服も袖を折って動きやすそうなスタイルだった。


「はい、ちょうど今帰るとこですけど……片付けが難航してて」

「人手は足りてそうなのか?」

「えぇと……」


 申し訳なさそうに頬をかく夏燐。手伝って欲しいとも言い辛いのだろう。

 こういうところは真っ当な女子高生なのだと思いつつ、お節介を焼くことにした。


「どれを片付ければいい?」

「っ。良いんですか?」

「どっちみち俺も早く帰るためにはこうした方が早いんだ」

「ありがとうございます……。じゃあそこの板を部室棟まで」

「了解」


 大きな板を脇に持つと、夏燐も同じようにして塗料の入った缶を両手で持つ。

 夏燐は片付けをしていた他のメンバーに「ちょっと行ってくるね」と伝えると、俺の隣で歩き出した。

 俺は俺で、廊下で撤収作業をしている生徒たちに最終下校時刻を伝えると、軽やかな返事を返される。


「なんか、先生って感じしますね」

「そりゃ先生だからな」

「あははっ」


 珍しくこんなゆったりとした時を過ごせることに、心の底から多幸感を感じる。

 ゲームに関することは常日頃から首を突っ込んできていたが、教職に関しては自分から首を突っ込んだのなんて、それこそ夏燐の退学の時以来だ。


「あれから私、父と話すのが苦しくなくなったんですよ」

「おぉ。それは良かった」

「反応が薄い……。感謝してるってことですよ」


 目を細めて頬をふくらませる。出会った当初は暗い表情ばかりだったが、最近はここまで感情表現豊かになっているようだ。

 それもこれも、あの一件があってこそのことらしい。


「俺は何もしてねぇよ。したのは夏燐だ」

「またそうやって……」


 夏燐は相変わらず半眼を向けている。

 本心なのだが……、と思っているが、これ以上の言及は止めておいた。

 渡り廊下から、部室棟へ行くまでの道にさまざまな生徒に出会う。


「よし……ここでいいのか?」

「はい、本当にありがとうございます」

「これくらいのことならお安い御用だよ。

 さ、下校時刻まであと少しだし早く帰りな」

「分かりました」


 丁寧にお辞儀だけして、夏燐は帰っていった。

 あの愚姉とたまに会っていることを聞き忘れたが、まぁ些事だろうし構わないか。



 スマホの時計を見る。時刻は『18:03』

 下校時刻は18:30であるため、もうあと三〇分もない。

 部室棟に人の気配が無いのを確認し終えた後に、立ち去ろうとした。その時のこと。


「きゃっ……」

「…………?」


 部室棟の中から、そんな声が聞こえた気がした。

 女子の声だ。加えて、何かに躓いたような音も聞こえてきた。

 心霊の類ではないだろうが、恐る恐る音のした方へ近づく。こんな時間にまだ部室棟に人が残っていたのかと思いながら、手当たり次第にドアをノックした。


「誰かいるのかー? もうすぐ下校時刻だから、鍵閉めてくぞー」

「あっ、えっ、は、はい! もうすぐ出るので、えと……わっ?!?」

「!? 大丈夫か!?」


 どこかで聞き馴染みのある声が部屋の奥から聞こえる。一人でいたのだろうか。先ほどよりも数段大きな、物が崩れ落ちる音がした。

 部屋に入っても良いかだけ聞き、急いでドアを開ける。

 そこは案の定部屋の物が散乱していた。


 一人それらに下敷きにされた女子高生が、涙目でこちらを見ていた。


「ひぇっ……せ、先生」

「おまえ……御霊か?」


 御霊みたま美麗みれい。咲夜や零たちといる、遊戯の履修生だった。

 長い前髪で片目が隠れてる、臆病そうな生徒だ。

 白銀髪で、他の生徒より身長も小さく、小動物のような印象があった生徒。

 思えば、コイツは今日どこを見ても居なかったような気がする。


「た、助けて、くれません……か……?」

「あ、あぁ。ちょっと待ってろ」


 今にも消え入りそうな声で頼んでくるものだから、慌てて手を動かす。物を退けて手を差し伸べると、ゆっくりと立ち上がって身体を震わせていた。


「あ、あの、ありがとうございます」

「いやいや、それは良いけど……。こんな所で一人で何を?」

「へっ? いや、それは……その、なんというか……」


 途端にしどろもどろになる御霊に、相変わらずの視線を向けていると、こっちを一瞬見られてしゅんとした表情を作る。

 一体何を考えているのか全くもって見当がつかない。


「言えないならそれはいいけど、もうすぐここも閉めるから。早く帰る支度をするんだぞ?」

「は、はい! あ、ありがとうございます……」


 何に対してのありがとうなのか、と問いたくなったが、またも時間を割いては面倒だ。

 俺は嘆息を吐いて、御霊が物を片付けるのを見届ける。


「手伝いは必要そうか?」

「い、いぃぃいえ! だ、大丈夫、です」

「そうなら良いが……」


 また慌てた様子でつまづきかけるのを、内心ヒヤヒヤしながら見届ける。

 なんとか片付けは終わったようで、バッグを持って一緒に部屋から出た。


「あ、あの。か、鍵かけてもらって、あ、ありがとうございます……」

「これくらい問題ない。おおよそ文化祭の何かしらで頑張ってたんだろ?」

「ひゃぇっ!?」


 およそ人の叫声らしからぬ声が響く。

 分かりやすい。実に分かりやすい。

 文化祭で手伝えることはないから、聞いた所で意味はないが、何をやっているのかは少し気になるところ。

 文化祭なんてものの記憶、俺の中では――――


 そんなことを考えていたためか、つい口から零れてしまっていた。


「何か出し物でもするのか?」

「だ、出し物ですか……?」

「っあっ、すまん。つい」

「えと、えと…………」


 何かを長考する仕草。背負ったバッグを握る手が強くなっているのが伺える。

 そして小声でぶつくさと何かを述べたあと、御霊は俺に内容を教えてくれた。


「有志でかなちゃ――――桜音祇ちゃんとダンスをすることになってるんです」

「ダンスか……それまた凄いな」


 桜音祇おとぎ かなで。御霊と同じ遊戯の履修生で、咲夜たちと過ごしている所をよく見かける女子生徒だ。

 我が強い印象があり、御霊はいつもそれに引っ張られているイメージがある。


 今はダンスの練習に際して、意見の食い違いが起きて困っているらしい。桜音祇はそつなくこなすが、御霊は――――。


 けれども俺はダンスの指南なんてできるわけもない。ゲームでもないのだから、そもそも関わる気もなかった。

 が、ここまで沈んだ表情を見せられていると、少しばかり胸が痛む。


「せ、先生は……どうすれば良いと思います、か……?」

「俺に師事を仰ぐのはちょっとズレてるかもだぞ……?」

「で、でも……! 先生ならきっと良い方法が」

「うーん…………」


 御霊の眼がうるうるしている。藁にも縋る思いなのだろう。

 ダンスなんて経験もないし、良い指南役も思い当たる節はない。音楽の教師か、どこかの部活の顧問にでも言えばよくはなるだろうが、生憎そんな相談相手は居ない。


「仕方ない…………。問題なのは御霊のレベルがメインなんだろう? それだけなら、少し面倒見るくらいならできるかもしれない」

「ほ、ほほ本当ですか……!?」

「あぁ、何せ暇だしな」


 その返事に過剰なまでに喜びの表情を向ける御霊に、内心わずかな焦りを感じつつ、俺はそれを引き受けることにした。


「あ、えと。でも、このことはかなちゃんには内緒にできたりしますか……?」

「……? お、おう。了解した」

「あ、ありがとうございます……!」


 少し不安材料が残る中、かくして御霊のダンスの練習を見る期間が始まった。






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