83時限目 練習
「ここはやっぱりこの振り付けの方がいいにゃ!」
「ちょ、ちょっと難しくない……? 次の動きに繋げるの辛いよぉ……」
放課後の教室で、わちとミミは有志のダンスもといゲームの練習をしていた。
先生には黙って、校長に許可をもらった。これで先生を圧倒させて優等生として見られる算段にゃ。
スマホとゲーム用のマットを敷いて連携させ、今のパートの得点を確認する。
今回使うゲームは、音楽に割り当てるノーツ(流れてくるタイル)を自由自在に変えられる仕様になっている。あくまでその曲に沿ったものになっていないと加点要素にならないが、上手く組めば上位ランクの人と張り合える点数を叩き出すこともできる。
ただし、相対評価はその場でしか賄えないから、なんともいえない。
わちは今の状態でフルコンプリートできているのだけれど、ミミは少しばかりミスが目立った。構わずノーツの量を増やそうとするも、ミミが情けない声で悲痛を叫ぶ。
「ま、待って……! この後ここから更に振り付け加えるんでしょ……?」
「? うん、でもわちは余裕でできるし」
「み、ミミはちょっと練習させて……」
「にゃ~この調子で悲鳴上げてちゃ到底無理に決まってるにゃ」
わちもミミも体力はないわけではない。むしろ同じレベルと言ってもいい。
ミミは鈍臭いだけなのにゃ。覚えればどうということはないが、覚えの良さがわちよりちょっとだけ遅い。
「多分明日には今の部分も完璧にできるんだし、先に増やしておいた方が後から困らないしマシだと思うんだけどにゃあ……」
「か、かなちゃんもちょっと息切れてたし、もう少し同じとこ練習しようよ……」
「うにゃぁ……まぁ少しやるかにゃ」
少し水分補給をして、再度同じパートを練習する。
自分自身のキレが上がっているのは分かるが……ミミはそうではない様子。
だんだんと息が切れて足元が覚束なくなってきているのが目端で見ていても容易に分かる。
――――ここ数日、これらと同じような光景が続いていた。
勿論、ミミも少しずつは成長している。昨日練習した部分は今日にはしっかりできるようになっているが、だんだんとやつれてきているのもまた確か。
恐らく、二人で練習している量と同等の時間を、家で割いているのだろう。
午前中の授業だっていつもうつらうつらしている。
だからこそ、酷い言葉は言いたくない。……のだが、―――――
「あっ……」
「っ! またそこの部分にゃ?」
「ご、ごめんね……ここ苦手なの……」
「んんん……」
わちは一回もミスしたことのない場所だから、助言をしようにも困る部分。
それぞれの得意不得意があるのだから、当然理解できない部分もある。
が、わちとしても不平不満は消える訳じゃなかった。
つい、汚い言葉が飛びかける。
「――――今日はもうこれ以上は無理にゃ。一旦帰って、明日にせんか?」
「っ。――――…………うん」
どうにか喉元で抑えて、わちはミミを置いてそそくさと帰った。
♪♪♪♪
九月の夕暮れは、まだ夏と変わりない明るさだった。
いつもは疲れてミミと一緒に喫茶店に入ったり咲夜と時間が合えばクレープでも買って帰っているのだが、今日は一人だ。
さっきのことがあり、少し一人になりたい気分だったため、都合が良かったのもある。
「――――あ、新作」
ぼーっとしながら喫茶店に目を向けていると、店の外の旗には新作と書かれた新しい味の商品が仰々しく描かれていた。ふと足が止まってしまう。
本来ならば挙って試飲してみたいところだが、今日は一人だし辞めておこうと思った。
――――足を再度出そうとした、その時のこと。
「あら、入らないの?」
「っ!? びっくりした」
「あら、ごめんなさい。でも、凄く飲みたそうにしてたから、つい」
「い、いえいえ。わちこそすみません」
どこからともなく現れて淑やかな声でわちに話しかけてきた女性。
黒いワンピースを身に纏っていたその女性は、顔はとても整っていてどこかのモデルかと思うほどの綺麗さだった。サングラスとバケットハットでいかにも有名人のようにも見えたが、そんな人が声をかけてくるとも思わない。
「せっかくなら、一杯驕るわよ?」
「!? いやいや、赤の他人に驕ってもらうのは……」
「まぁまぁ、ここで会ったのも何かの縁だし。そんなに時間も取らないからいいじゃない」
「はぁ……」
思ったより強引な性格らしい。まぁ綺麗な人と一緒にお茶ができるなんて滅多にない機会だし、お金だって自分でも払える金額だ。
いざというときはお金だけ置いて逃げればいい。
ちょっとした出来心で、わちはその女性と一緒にお店に入った。
「いらっしゃいませ」
「新作のやつ、トール二つで」
「かしこまりました。トール二つですね」
長ったらしい呪文は唱えず、さっと告げてさっと払う。少しカッコいいと思いながら、こんな綺麗な女性と一緒にいる自分の身だしなみの悪さを恥じた。
「はい、これ」
「あ、ありがとうございます」
「向こうで座って飲みましょうか」
流されるままに、わちはテラス席で一緒に飲み始めた。
秋の新作ということで、栗をあしらった風味でとても美味しい。
顔をつい緩めていると、にこにことこちらを覗き込まれる。
「そいえば、名前もまだだったわね。
私は上野 后心。普段は自営業で喫茶店を営んでるんだけど、たまにこうして色んなお店を回ったりするの」
「お店を営んでるんですか」
鸚鵡返しの反応をした後、わち自身の自己紹介を軽くする。上野さんは先ほどと変わらずとてもにこやかに聞いてくれて、少しむず痒かった。
「へぇ〜。紅葉高校って、もうすぐ学園祭があるところだよね」
「ですね。わちもちょっとした出し物を考えてるんですけど」
「――――けど?」
「今丁度それで行き詰まってて……にゃはは」
所在なさげな顔でそれらを話すと、上野さんは手元のものを飲みながら同情をしてくれた。
「なるほどね。要はもっと上を目指すために難しいことをしたいわけね」
「わちはそのつもりなんですけど、やっぱり相方が…………」
「分かるよ、その気持ち。私も同じようなことあったし」
「上野さんはどういう風にしたんですか?」
「私はね――――――どんな無理を通してでも、それらを叶えるために周りを引っ張っていったかな」
サングラスを折り畳み、したり顔でこちらを覗く上野さん。その瞳の奥は何とも言えぬ強かさを持っていて、納得させる何かがあった。
「じゃあわちも上野さんみたいに――――」
「そうねぇただ」
「…………?」
わちの言葉を遮って、語気を強めて息を吸う。
「それだけじゃ、面白くないでしょう?」




