79時限目 招待
「――――ってことらしくて、二週間後にあるんですけど、良かったら来ませんか?」
「…………高校の文化祭、ね」
眼前の女性に招待状を手渡す。
恥ずかし気にそれを受け取ってくれた女性は、矢嶋 満弦先生だ。
最近はお昼を共に摂ることが増えてきた。前までは急に仕事場から飛んできたような砕けた容姿だったが、今ではフォーマルな印象のある私服で来てくれている。
会話を重ねていく内に、口調や心象も変わってきていた。
心なしか、俺に気を許してくれる度合いも変化しているように見える。
そんな中で、先日水瀬校長から聞いた文化祭のことについて、話題に上げた。
「一般参加OKらしくて、この招待状さえあれば入れるそうです」
「随分と仰々しいのね」
「まぁ……大きな学校なので」
注文していた商品が届き、二人して食べ始める。
満弦さんは、ふと一つ質問を投げた。
「…………それで、何で私に?」
「満弦さんには修学旅行の件でお礼もありますし。それに、生徒たちも喜ぶと思うので」
「…………ふーん……」
率直な理由に面食らったのか、照れた顔で口を歪めていた。表情は険しい顔を取り繕おうとしているが、ほとんど出来ていない。
思わず、口元が緩む。
「…………今なんか笑ったでしょ」
「っ。滅相も」
「嘘つきなさい。口が笑ってるじゃない」
「ぐっ…………」
バレた。笑っていたのが不服のようだ。
思ったより見られていたらしい。
こちらも立つ瀬がなく、降参した。
満弦さんは、続けて質問した。
「他に誰を誘ったの?」
「まだ誰も。誘うとしたら姉とマサと…………友人一人くらいですかね」
「…………そう」
きょとんとした表情を作っていた満弦さんだったが、俺に聞こえない声量で何かぶつくさと言っていた。あまり聞き取れなかったが、一番最初だということに喜んでいるようだ。
「あなたはどこか回る時間はあるの?」
「そうですね……時間はあるにはあるんですけど」
「…………?」
その質問に、俺は思わず渋面を作ってしまう。
俺とて高校の文化祭を回る機会なんて人生で三度しかないと思ってた。だからこそ楽しみたい。のだが――――
「俺が教師として働いてるのが一般の人に知れ渡るのは問題なようで…………」
「――――なるほどね」
「本当にすみません! でも、修学旅行で会った零や咲夜には会えると思います」
零や咲夜は満弦さんが来てくれると知ったら喜んでくれるだろう。その他の生徒だって見知った顔が来てくれる分には快いに違いない。
だが、俺は校長から直々に行動の制限を食らったため、無理に捻じ曲げるのはできない。
俺の行動制限を聞いた満弦さんは、少し残念がっていた様子だったが、気を取り直して素直に了承してくれた。
「構わないわ。でも、もし暇が出来たらいつでも呼んで。何せ知らない場所し、あのカップルの邪魔はしたくないもの」
「! 勿論です」
「じゃあまた当日。咲夜ちゃんや氷室くんにも会えるの、期待してるわ」
「はい。二人にも伝えておきます」
♪♪♪♪♪
「てなことでどうだ? 拓真も来ないか?」
「行く」
「っ、はっや」
喫茶店について早々のこと。思わず返答がワンテンポ遅れた。
アイスコーヒーを一つ頼んで、一口。いつもの通り開店時間より少し早い時間で、二人でコーヒーを啜っている。
第一にマサに連絡をしたのだが、向こうからの返信は未だにない。夏休みに入りたての電話以来、連絡が取れていなかった。
雷斗の様子から察するに、そこまで状況は悪くないと見えるが…………実際は分からない。
次いでの拓真は、この様子で少し意外だ。
エプロンを着た拓真に招待状を手渡すと、じっくり見ては唸るような声を上げた。
「…………へぇ」
「……なんか拓真がこうも即決するなんて珍しいな」
「姪からは何も来てなかったからな」
「嫌われてるんじゃないか?」
「多分な」
物悲し気にそう返答する。聞いた本人なのだが少し胸が痛くなった。
拓真は招待状の中身をじっくり見ていると、ぽつりと呟いた。
「それで、今回はどんな厄介事を私情で持ち込むんだ?」
「おいおい。俺が毎度なにかやらかしてるみたいな言い回し――――」
「事実だろ?」
「っぐっ……」
拓真に迷惑をかけたりしているため、迂闊に反論できないのが悔やまれる。
そうそう変なことをしていない。と言いたかったが、修学旅行や先月の大会のことを想起すると何も言い返せない。
「でも、その言い方じゃ何も計画してなさそうだな」
「まぁな。そもそも生徒たちが純粋にゲーム関係なく楽しもうとしてるから、強制はしたくない」
「随分と消極的になったもんで。昔のお前なら此方も巻き込んで何かさせたりするぐらいの勢いだったのに」
「あぁ」
拓真の発言に、図らずも頷いた。その様子に拓真がきょとんとした表情を作っている。
星夜と賽花の一件から、少し考えるようになってしまった。
自分のことを隠しておきながら、他人の素性を暴いて何かを達成させて、強制的に自信をつけさせることが果たして良い事なのかを。
これまでは一人でただゲームに勝てばよかったものを、今は誰かに期待するしかないということを改めて自覚させられる。
「――――なるほどね」
「拓真は、そういったことはあるか?」
「此方? ――――――」
話題を振ると、硬直する。こんな質問したとて拓真に子供はいないし、教師でもないのだから経験はないというのに。
「あるかないかと言えば…………あるかもな」
「?」
「昔のことだよ。無力感で何もできなくて――――まぁ、今もできはしないんだけどな」
虚ろな表情で、俺を見て笑いかける。まるで、過去の俺に向かって何かを訴えるように。
――――コイツは俺の昔の記憶を持っているらしい。
俺は昔、何かがあって昔の一部の記憶を失っている。
それが何かは思い出せない。ただ、拓真はそれを頑なに教えてくれない。
それは姉貴も同様で、重大な何かを抱えているというのに全く以てそれを明かしてくれないのだ。
もしかしたら、それに何か関係しているのだろうか……。と、浅はかなりに考えてしまう。
拓真は嘆息を一つ吐くと、呆れた表情で笑みを浮かべた。
「でも、それでも頑張るよ。叶うまで、何を捨ててもやるんだ」
「――――――そうかよ」




