78時限目 復帰
「つーことで、今更ながら葛 星夜がこの授業に加わることになった」
「よ、よろしくです……」
おどおどした調子で黒板の前に立つ星夜は、尻すぼみになった声で挨拶をした。
あのVR脱出ゲームから数週間。葛星夜は保健室と自宅で療養を行っていた。
心身の回復は思ったより早く、これなら九月の始業式には出席できるとのことだった。
本人も、あの一件から学校に行こうとする意志が見られ、俺もそれを後押しする形となった。
「あの人が言った最期の言葉ですから――――――生きてる内に後悔のないよう、生きないとですし」
「――――そうか」
そして九月の初週の今日、こうして遊戯の授業に参加することが決定した。
思ったより他の生徒の反応は快く、皆純粋な表情で受け入れてくれていた。
星夜は殺人欲求も抑えられ、どうにかして平穏に生きることが叶うようになったのだ。これからは存分に羽を伸ばして生きて欲しい。
ふと、無響から質問が飛んできた。
「サトル先生は先に会ってたんですか?」
「そりゃ俺だってあくまで教師だからな」
「なんか印象ないかも」
「まァプロゲーマーって印象が強いですからネ!」
「あーなんか分かるっす」
風岡の言葉を皮切りに、思い当る口調の輩が続々と口を開いてきた。
人をなんだと思ってるんだか……、と重いながら、口答えに返していく。一通りの雑談の様子は、星夜も楽しそうに聴いていた。
そして星夜を空いている席に座らせた後に、咳ばらいを一つ。
それまでの柔和な空気を、一瞬にしてかき消した。
「さて――――――始業式の時に聞いたとは思うが、改めてここでは話題に出しておこうと思う」
静まり返った空気から、深呼吸を一つ。
「世羅 賽花の件について。
彼女は先日自宅で亡くなっているのが確認された。自殺と判断されている」
「「「…………」」」
瞬時に、重い空気が広がった。
「この授業だから。ということではない。関係ない話とは言わない。
お前らはまだ高校生だ。感情に左右されることなんて一度や二度じゃないだろう。
ゲームなんてやってりゃすぐに人を殺すなんて選択肢が現れてくる。現実に侵食したと誰かが言うかもしれないだろう。間違うときだってあるだろう」
…………やはり、話題に挙げるのはセンシティブだったかもしれない。
自然と皆がうつむく。皆を見渡しても、頭を上げているのは星夜のみだった。
こちらをじっと、見つめて話を聞いている。
構わず続ける。
「俺もこの先そういったゲームを行わせることがあるかもしれない。嫌いであればなるべく避ける。だが、一つだけ―――――――辛かったら、必ず俺に言って欲しい」
「「「――――」」」
「一人じゃどうにもならないときだってある。誰に縋ろうとしてもどうにもならない時がある。そうやって、ふさぎ込んでしまうのだけは絶対にしないこと。
親への意見が通らなかったから。
周りの理解者がいなかったから。
周りに同じ境遇がいなかったから。
これまで話したこともなかったから。
これまで誰も聞いてくれなかったから。
幾度となくあるだろう。心当たりのある奴らだって少なくはないはずだ」
これまでがそうだったように。これからは絶対にそうさせないように。
「最後は俺が絶対なんとかしてやる。だから、必ずSOSを出すことだけは忘れるな」
その言葉を言う頃には、皆の意思が前を向いていた。
――――死を悼めとは言わない。無感情に悼むのは相手にとって失礼に当たるかもしれない。
何も知らないのに、何も知ろうとしなかった癖に、と。
だが、救える命があるのなら今はそれに向き合って然るべきだ。
――――――生徒たちは、すぐに頷いてくれた。
「「「はい」」」
各々が、色々な感情を込めて、そう答えてくれた。
思わず緩みそうになる涙腺を堪え、冷静な表情を繕ったまま、話題を転換した。
「さて、それじゃあ。授業を初めていく」
♪♪♪
「「「――――え?」」」
俺のその言葉を聞いた途端、皆がきょとんとした表情を浮かべた。
状況についてこれず、俺までも思わず疑問符を浮かべた。
さっきまでの真剣な空気とは正反対な、気の抜けた空気が漂う。
「え……って。いや、授業だろ授業」
「いやいやいや、先生こそ何言ってるんすか。今五限目っすよ?」
「? おう、授業だろ?」
雷斗の発言に相変わらず理解が呑み込めず、質問に質問で返す。
すると、溜め息混じりに夏燐が俺へ言葉をかけた。
「先生……。今日から文化祭準備期間で、午後は授業がないんです」
「――――――は? 文化…………え?」
「何も知らないんですか……?」
「オレはてっきり集められたから何かこのクラスで催し物でもするのかと思ってた」
「わちも~」
「僕は先生から少し話がある程度だと」
「それな」
急にわちゃわちゃとざわめき出す。文化祭準備期間だと……?
そんなの全く聞いていない。
水瀬校長は――――――確かにあの件があったのでは話題に上がらなくて当然か……。知り合いの先生もいないのが悔やまれる。
「ってか、今も隣のクラスでうるさくやってるじゃないっすか」
「言われてみれば…………確かに」
「正直私たちも手伝いに行きたいんですけど……」
「って、待て待て。じゃあ文化祭までの授業は!?」
「暫く中止でいいんじゃないですか? あの件もあったことですし」
夏燐に説き伏せられ、肩を落とす。「珍しく先生が沈んでる~」と咲夜や風岡たちの声が聞こえた。
反論したくも、当然の状況に返す言葉もない。
「……了解。じゃあ、しばらくは休みだ。準備なんてたかだか二週間くらいだろう。問題ない」
「このクラスでの出し物とかはないんすか?」
「出したきゃ作るが、俺はメリットにならなきゃ力にはなる気ない」
「うわ出た子供みたいな駄々…………」「うるせぇ」
そう言って解散を宣言すると、生徒たちは一様に教室を出ていった。
「神サマ。ドンマイです」
「――――おう」
星夜はひとり残って俺を案じてくれている。
あまりクラスに馴染んでいない分、手伝いと言うにも気が乗らないらしい。
「星夜はどこに行くんだ?」
「暇つぶしにこの授業の人たちの出し物を転々と見学に赴こうかと。面白そうなら手伝う気です」
「…………なるほど」
俺はどこにも行く宛がない。星夜とともにほっつき歩くという手段もあるにはあるが、無駄な時間の浪費はあまりしたくない。
嘆息を吐いて、校長の元へと行くことにした。




