77時限目 夏之御霊と幽覧遊戯
世羅賽花は、遺体で見つかった。
「家の中に地下室への扉があったそうで、その中で遺体として見つかったらしい」
「…………そう、ですか」
なんとなく嫌な予感はしていた。
母親が亡くなっているため、薄々本人もそうではないかと、感じていた。
水瀬校長から聞いた話では、母親は亡くなってから数か月が経過しており、遺体が腐敗していたらしい。だが、賽花の方は、亡くなってからそんなに日数が経っていなかったそうだ。包丁で自身の喉元を刺したらしい。
「原因は父方の失踪。それによる鬱病の悪化と、悪化によって招かれた事件だそうだ」
近隣住民から聞いた話では、家庭内でのDVが激しく問題となっていたらしい。
賽花はそれに耐えられず、父親の失踪がトリガーとなって母親を――――。
母親の死亡時期は推測は困難らしいが、少なくとも鬱病の診断書を発行していた時は存命だったため、四か月以内の犯行だそうだ。
本人は、死して一日か二日と言ったところらしい。
「一日か、二日…………」
ちょうど、おかしな声や通話が来ていた日と合致する。
まさか、な…………。
もしあれが、世羅賽花だとしたら。俺は何かできただろうか。
もっと早く彼女に意識を割いていれば、どうにかなったのだろうか。
分からない。今更どれだけ思案しても、亡くなってしまったことは覆せない。
生きているときに手を差し伸べないと、手遅れになってしまうのだ。
「あいつには、手を差し伸べてくれる人が――――」
「…………」
拳をきゅっと握りしめ、歯噛みする。
校長も俺に背を向けて、天を仰いでいた。
生徒が死んだのだ。もう一生話すことはできない。もう一生、笑顔を見ることができない。幻想じゃない、仮想でない。
紛れもない、現実の出来事だ。
「――――このことは」
「…………もちろん、今は他言無用だ。然るべき場所で、然るべき時に、僕の口から生徒と教員に言わせてもらう」
冷静に、目元を腫らした沈着な表情で、水瀬校長は告げた。
思うところは校長の方こそあるだろう。俺みたいなのよりも、ずっと。
俺が落ち込んでいる様子を見ると、校長は別の話題に切り替えた。
「そいえば、葛星夜の件はどうだい」
「あぁ……あいつですか。あいつはあいつで、また塞ぎこんでます。今は家や保健室で少しメンタルの回復中です」
あの一件以来、また引きこもってしまうようになった。
俺が殺されてから、何かがあって恐慌状態に陥り、強制的にゲーム世界から追い出されたみたいだ。これまでのネット中毒者のようではなく、死に怯えるようになって、刃物を見ると錯乱するようになってしまったらしい。
外傷は見当たらないが、メンタルが酷くやられているようだったため、毎日俺が葛の家に訪れてケアを行っている。
それとは別に、水瀬校長はふむ、と顎に手を当てて考え込んだ様子を見せていた。
ディスプレイを見て頭を悩ませている。
「実は君が殺された後、誰かと話している様子がゲームの中に写っていてね」
「……? 誰かって?」
「それが……わからないんだよ。何も写っていない」
「……???」
言っていることが良く分からず、疑問符を浮かべる。席を発って、校長の見ていたディスプレイの方へと向かい画面を見ると、そこには葛が写っていた。
血で染まった身体。まさしく俺と相対していた時と同じ様相だ。
時系列的には俺を殺した後らしい。急になにかとぶつかって、転んでいた。
そして、早送りをしていると、急に刃物が葛の手首を切り裂いているのが見て取れた。
本来、観客視点から見ると本人には見えていないプレイヤーは映るようになっている。が、それがなされていないのだ。
「っ」
「凄惨な現場だろう。だが、本題はここからだ」
手首が切り落とされて、足がもがれて、次は肩が。
最期は首が。
血が過剰なまでに流れ落ちている。そして、殺されれば下の階層に移されるルールのもとだったというのに、葛は現実に戻されたらしい。
しかもゲームの運営に問うたところ、一個人をゲーム内から追い出したという履歴は一切ないそうだ。
「――――これはちょっと、調べる必要がありそうだな」
□□□□□
扉をノックすると、「いいですよ」と安らかな声が聞こえてきた。
「入るぞ~」
「神サマ。また来てくれたんですか?」
「あー。あんな目に合わせちまったからな。俺だって負い目があるんだよ」
申し訳なさそうにしていると、「頭上げてください!」と堰を切ったように星夜が声をかけてくる。
今は学校の保健室で体調を見てもらった後らしい。星夜自身が「今は人がいないとこがいいです」と言ったため、病院ではなく夏休みの保健室ということになったのだ。
「にしても、保健室で良かったのか? ほら、学校が嫌だったとかなら――――」
「いいですよ。今はそんなこと全く気にしてないです。それより、小生の方こそ謝らないといけないのに……」
翳りを見せて、暗い表情を作る。あの時星夜が俺のことを刺し殺したことについて、謝罪してきた。出会う度にこうして互いに悼み合っている。まぁ、しばらくはそういった関係が続くだろう。
「こんな状況で聞くのも悪いが……二つだけ聞いてもいいか?」
「なんでそんなシケた口調なんですか。いつもテレビで見てるサマとは結構違ったりするんですか?」
「ちげぇよ…………。そんだけ軽口言ってられるなら、訊いても構わなさそうだな」
「はい、小生に答えられることなら、なんでも」
軽口を言うほどには回復してきたのだろう。互いに笑みを浮かべた状態で、俺は最後の形のない敵について質問した。その瞬間、一度は息を詰まらせた様子の星夜だったが、深呼吸して呼吸を整えた後、ゆっくりながら答えてくれた。
「あれは、少なくともプレイヤーじゃないと思います」
「――――――ッ」
分かりきっていた予想が、悲しくも当たってしまう。
プレイヤーでも、NPCでもない存在で、運営すら把握していない化け物。
「見た目は……人形みたいに整った顔とまっ白な肌色で、栗色? 茶色? みたいな長い髪でポニーテールでした」
「白い肌で…………茶色の、ポニーテール?」
「はい」
「ほ、他に特徴は?」
「どっかの高校のブレザー着てましたよ」
…………いや、それはおかしい。おかしいんだ。
「……その女性の、名前は?」
「名前ですか? そいえば……聞いてないや」
名前を名乗らぬ、誰かに似た、プレイヤーにしか見えない化け物。
人形ばかりの部屋で、ゲームの主題が――――『メリーさん』
背筋が凍る。震える。いや、そんなはずはない。もしそれが――――だとしたら。
そんなファンタジーみたいなことはあり得ない。
「あの人がゲームの概要を教えてくれて、最後に小生を……」
「…………そいつは、最後に何か言ってなかったか?」
「? 何かですか? ……うーんそいえば言ってたかも」
「――――なんて?」
「『傲慢だね。生きている癖に』って」
……まるで、自分が死んでいるかのような。死んだ後に生霊として出てきたかのような。
焦って俺は星夜を外に連れだし、タクシーを使って葬儀場の方へと向かった。
「ちょっ!? 神サマ!? いきなりなんですか――――」
「星夜。お前が見たのって…………この娘か」
「いきなり何言って――――――――ッ‼」
ご都合主義と言えばいい。自分勝手と言えばいい。
けど、こんなところでこの二人と同時に会うだなんて。
この二人が、俺が知るよりも先に出会っていただなんて。
「――――そうです。この女性です」
自然と涙が伝う。
ある意味で、星夜を助けてくれた人。
ある意味で、星夜を殺してくれた人。
俺が助けられなかった人で、奇しくも、あのゲームに参加していた人。
「お前の教師で、ありたかったよ」




