74時限目 夏休ませろ
何人殺したか分からない。
が、小生はやっとのことでゲームの中の世界から抜け出した。
相変わらず人が闊歩していて、太陽が燦燦と照り付けている。
空腹や尿意だって感じるし、携帯だって持っていない。
これで、本当に抜け出したんだ。
だというのになぜ。
「なんで、ゲームの中と同じ世界なんだ……?」
銃創は消えている。これで終わったはずだ。
だけど、何もかもが空白にされたかのように。そう、それこそコンティニューされたゲームのように、最初に見た景色と全く変わらない状況に陥っているのだろう。
あの女性は五階層でできていると言っていた。あれから何度このゲームを繰り返したかは分からないが、恐らく五階層分渡り歩いてきたはずだ。
道中の記憶が混濁している。でも、目の前にある景色は現実にあり得る景色だし、地名や人間だって現実のもののはずだ。
もしかしてここはまだ現実じゃないのか……?
現実じゃないのなら――――。
「まァ♪ 人を殺してみればわかるコトカ♪」
ガチャガチャとそこら中の家の扉を開けて、入ろうとする。
鍵のかかっている家が多く、たまたま鍵のかかっていなかった場所で真っ先にキッチンに向かった。
これまで同様、もうアイテムには頼る気は更々なかった。包丁一本で充分だ。
何かで確認していたはずだったけど、なんだったっけか。マぁ構わないや。
家を出て、道路のど真ん中で人を探す。道中で見かけた人が急に小生を見た途端に叫んで逃げ出した。ちょっと怪しいと思ったから、追いかけて―した。
どろりとした真っ赤な血がだらだら出てきて、少し痙攣した痕に動かなくなってしまった。なんだ、NPCだったのか。要らないことをしてしまったな。
さて、殺人対象を確認する方法もないからなぁ。誰を殺すべきか分からないや。
まぁ、手当たり次第にやって見ればいいか。
単純に考えるならばガラケーを持っている人間を殺してしまえば良かった。
が、そんな脳回路なんてとっくの昔に捨てきってしまった。だって観察するだけ無駄だし。見つかる前に殺してしまえば何の問題もないじゃないか。
それにゲームだとして、携帯も殺された痕も消えているようじゃ本人だってここがゲームの中なのか分からないはずだ。
「こんなとこでのうのうと暮らシてるかもしれない罪人を小生が殺しちャいけないなんてルールはないよナァ♪」
包丁をぶんぶんと振り回し、道路のど真ん中を汚れた足で闊歩する。
手を汚しても足を洗っただけじゃ罪は消えない。じゃあ小生が存在ごとどん底に叩き落してやればいい!
「あハハはははははハは!!!」
いち、に、さん、し、
ご、ろく、なな、はち
お腹が空いて人の家を漁る。パンが置いてあったから、とりあえずお腹に入れた。
きゅう、じゅう、じゅういち
だんだん暗くなってきた。パトカーのサイレンが鳴りやまない。
何人プレイヤーを―したんだっけ。NPCもやっちゃってるせいで数えきれてないや。
じゅうだっけ? まぁじゅうでいいや。
じゅういち、じゅうに、じゅうさん――――
「葛! 葛星夜!」
ふと、そんな声が聞こえた気がした。
葛って…………あぁ、小生のことか。
誰だろ。
振り返って見てみる。
そこには、ゲームの天才――――神藤 知サマがいた。
見えにくい。夜中だからだろうか。あぁ、天井には凄い綺麗な星が見える。
小生をこのゲームの中に連れてきた人で、トップに君臨する最強のプレイヤー。
そんな人がなんでいるんだろ? あぁそうか、そりゃ現実に寄せたゲームなんだからこの人がいてもおかしくないか。
息を切らして走ってきたみたいに、神サマは膝に手をついて呼吸を整えていた。
あぁ~…………――――今なら殺せそうだなぁ。
そんなことを思いながら、神サマの言葉を待っていた。
「お前、少しやりすぎだ。もういい、ゲームは終わりで」
「何でですか。神サマが小生にやらせたんでしョ? それなら最後まで責任持ってやらせるのが道理じゃないでスか???」
「人の殺し過ぎだ。あくまでここはゲームの中とはいえ、限りなく現実に寄せたVR。同意書の中を読ませなかった俺も悪かったが、このままじゃお前。現実でも人を殺すぞ」
鋭い目で小生のことを睨みつける神サマ。訴えかけるような言い草のわりに、言葉の節々に罪悪感が感じ取れた。その後ろめたさが分かってるならなんで来たんだよ。
小生が手遅れなのは小生自身が一番わかってる。
わかってるから、こうしてるっていうのに。
ピエロの嘲笑のように、神サマに向かって笑って見せた。
「もう手遅れじゃないでスかぁ~♪ だって、先生だってここにいるんでしょ?」
「俺は急いでこのゲームに参加して――――」
「てことは。先生だって人を殺してきたんでしょ?」
二回も、関係ない人を。
小生がその言葉を発した途端、神サマは口を噤んで押し黙った。ほら、殺してるじゃんか。その癖人に殺人を止めさせようだなんて些か傲慢が過ぎるだろうよ。
唇を歪ませる神サマは、何か言おうとした瞬間、小生が先に言葉を発した。
「どの口でそんなことイってんですカァ???」
「違う! 話を聞け!」
「聞くわけないでしょうよ! 自分よがりで他人を苦しめて、その癖体裁がどうのだの風体がどうのだのって。見苦しいんですよ! 神サマも! 他のやつらも!」
小生がどれだけ頑張っても周りは皆見なかった。
小生がどれだけ声を上げても皆は一瞥もしれくれなかった。
もう誰も信じない。もう誰にも縋らない。縋るだけで無駄なのだ。
縋ること自体が無益なのだ。誰かに頼る弱い自分だから、こうやって虐げられてきた。だからもう、誰も彼も殺してしまおう。この胸が締まるような思いも、全部消してしまえば全て平和に終わる。
だったら――――
「だったら! 小生がそいつらを殺したって問題ないだろウよ!!!」
語気が強まる。
血の涙を流す。
血で汚れた手で涙をぬぐう。
紅くなる視界が消えないように、小生は神サマに向かって。
「ばかっ! おま――――」
包丁を突き刺した。




