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天才様の唯物論  作者: 上海X
夏之御霊と■■遊戯
70/116

67時限目 夏休む

 あのあと女性とは別れてそれぞれ行動するようになった。複数人で行動するとメリーさんに気付かれやすいだけでなく、互いの特定のプレイヤーにも感知されてしまうということでだ。


 そして一人歩くこと小一時間ほど。この記憶だけはどうにかして保持しないといけないため、なるべく特定のプレイヤーとは避けたい関係だった。

 だが、そうは言ってもメリーさんを見つける手がかりはまるでない。

 あの女性からは、「特定のプレイヤーを殺すとヒントが手に入れられる」と言われたが――――正直こんなリアルな世界で人を殺したくはない。


「そもそも武器も与えられてないのに……」


 いくら外に出てないからってこんなマッドでホラーなゲームをさせるなんて神様はどんな思し召しでいらしてらっしゃるのか。


 頼れるのはアーツとプレイヤーの座標が示されている携帯のみ。

 恐らく下層に行けば行くほどマップが小さくなっているのだろう。真ん中の層の方がもう少し景観のバリエーションが豊かだったと思う。

 それもこれも、プレイヤー同士の鉢合わせを増やしてゲームを加速させるという目的あってこそのものだろう。


「神様ももうちょいゲームの概要を伝えてくれてもいいんだけどなぁ……」


 銃創をさすり、一度死んだことを自覚する。

 正直二度目は経験したくないという気持ちだ。普段遊んでいたサバイバルゲームの中のキャラクターも、感情があるとしたらこんな気持ちだったのだろうか。

 にしても心臓を一発とは……。あの時殺した相手の顔すら見えなかったというのに。

 死んだときのことを思い出そうとして嘔吐しかける。これは多分、思い返しちゃいけないやつだ。


「まぁいろいろ思うところはあるけど、やっぱりやるしかないんだよな……」


 とれる選択肢としては先ほど挙げたアーツのみ。ただ、ここはゲームの中だ。手段はそこら中に転がっているはず。

 今まで現実だと思っていなかったため、民家には入らなかった。だが、ゲーム的に考えるならば、ここにアイテムが落ちているとしか考えられない。

 思い切って民家に入り家探しをすると、その予想は的中した。


「っ、ビンゴ……!」


 流石小生、やっぱりノーベル賞受賞してもいいんだぜ?

 幸運にも他のプレイヤーから取られていなかった宝箱らしき物体の中には、おもちゃでしか見たことのなかったハンドガンが弾薬とともに封入されていた。

 ご丁寧に発砲の流れまでしっかりと記載された紙も入ってる。


「クッソリアルじゃねぇか。普通握って引き金引く程度でいいだろ」


 そんな文句を言っても誰も聞いてくれないため、虚空に飛ばす。

 握った瞬間、確かな重みに逡巡する。これがもし現実だったならば銃刀法違反で少年院ぶちこまれルートだ。いや、そもそも住居侵入罪か。

 そんな雑念で精神を保たせる。

 このゲームに入って何度目かの嘆息を吐いた後、人目がないことを確認して民家から出た。


「今、これで人を打ったら死ぬのか?」


 軽い思い付きを言葉にすることで、覆っていた恐怖が可視化する。

 ただでさえ殺すか殺されるかのゲームをしているというのに。このゲームの作り手は相当に道徳心を失っているようだ。

 震える手が、引き金に触れる。――――怖い。


 膝が震える。


 こんなにも怖いなら、今すぐにでもこんなゲームを止めたい。でもゲームを止めるには殺されなければならない。怖い、怖い怖い怖い。


 漠然とした恐怖が全身を覆う感覚。


 錯乱する頭が熱い。どうにかしろよ。どうにもできないんだよ。なんで、知らない。ただ怖い

 怖い。何に怖く何が怖い、怖いから怖くて―――――濁った頭が染まる。


 鼻頭も熱くなってきて、気付けば頬に涙が伝う。


「誰かを殺さないとクリアできないとか……やっぱり嫌だよ。なんでだよ」


 メリーさんは通常は見えないらしい。つまりは人を殺す前提でこのゲームは作られている。

 馬鹿らしいことこの上ない。なんで、小生ごときがこんなゲームに参加させられなければならないんだよ。参加したくないよ。こんなことならちゃんと学校に行っておけば、神様だってこんな意地悪しなかったろうに。


 震える手を止めようとした手が、更に震える。片手で握っていた拳銃が、誤射してしまった。耳をつんざく発砲音が、真夏の空に響いた。

 まずい、このままじゃ音で気付かれてメリーさんが来てしまう。逃げなきゃ。


 どこに?


 逃げないと。逃げるってどこに。知らん。足が動かないんだって動けないんだって! 動けよ、動けよ!


 誰か、誰か……!!


「ぁっぅあ、あぁ嗚呼ああぁあああああぁ……!」


 声にならない声が身体に伝わる。片膝がアスファルトに崩れ落ちて、態勢を保てなくなる。







 それから、小生は一頻り泣いた。







 ひたすら、泣いて。怖くなって、恐くなって。毀くなって。






















 幸いにもその間、メリーさんが来るということはなかった。

 ぐるぐると回っていた思考がピタリと止まる。


「…………あー。……。……」


 膝についたほこりを払う。

 怖いのは変わらなかった。辛いのは変わらなかった。

 ただ、拳銃を握った手の震えは取れた。


 ――――――いつだって一人で、精神論で解決してきていた。

 誰かを頼っても誰も助けてくれなかったから、一人で一番強い選択をしてきた。

「一人が一番強い」という選択をしてきた。

 安い根性と精神論なのは変わらない。けど、誰も寄る辺がないのだ。一人で立つしかないのだ。


 膝の震えはない。だが、拳銃は相変わらず重く、手に馴染まない。

 枯れた涙を拭う。頬が乾いてしょうがない。


「――――――よし」




 ###0#



「アーツ」


 その名を発すると、アーツ【ハーレム】が発動する。

 つい数時間前打ったのと同じ現象のように、赤く点滅したプレイヤーがこちらに近づいてきているのが見て取れた。それまでは計画通りだ。

 だが、同様にメリーさんも近づいてきているはずだ。どこからか分からないため逃げる方向も掴めぬまま、小生はなるべくプレイヤーのもとへ近づいて行った。


 近づく。といっても相手に小生のことを視認されては記憶が消えてしまう。

 なるべく視界に入らないように挑みたいと思いながら、電柱に隠れてアーツの効力が消滅するのを待った。


「――――――あれぇ?」


 気の抜けた声が聞こえる。

 予想通り、女性のプレイヤーが近くまで歩いてきていた。

 こちらからは見えているが、逆は違うようだ。

 ここから狙うことも可能だが、なるべく接近して確実に行いたい。

 死にざまは見たくないが…………ここまで来て臆するのは道理に反する。


「気張れ小生男が廃る!」


 その覇気を胸に、プレイヤーが背中を向けるタイミングで走り出した。

 そして、射程距離に達したところで、




 発砲した。

















「って外すんかい!!!!!」




 三文芝居のように派手に大コケはしないものの、思わず自身で大声でツッコんでしまった。これまでのシリアスはなんだったのか。

 あほくさ、と馬鹿にされるわ。


 その行動に勘づいたのか、女性プレイヤーが振り返ろうとする。


 まずい、このままじゃ記憶が消えてまた最初からやり直しになってしまう。

 どうにか、どうにか避ける方法はないのか――――!



 思っていたの矢先――――――


「なんだったんだろ……まぁいいや」


 その女性プレイヤーは振り返り、確実に小生を視界に射止めたハズだというのに、まるで小生のことが見えていないかのように振る舞っていた。

 否、見えていなかった。


「見えて…………ないのか?」


 なんで? 同じプレイヤーだよな?

 だって、さっき助言をくれた女性の方は小生のことが見えていて、なんだったら会話もできていたのだ。なんで小生のことが見えなくなっているんだ?

 見えていなかったら誰からも見つけられず、殺したい放題――――


「―――――――、待て」


 その思考は危ない。その予感が的中してしまうと論理が破綻する。

 思考を振り払い、一点――――眼前のプレイヤーにのみ集中する。

 まだ終わっていない。この人を殺さなければ、次に進めない。



「…………っふうううう…………」


 深呼吸。精神統一をして、改めてプレイヤーの心臓めがけて銃身を整える。

 ゆっくりと瞼を閉じて――――――引き金を引いた。

 その銃声は、今度こそ正しく当り、そこに居た女性は有ったものになった。


 血が噴き出して、倒れたのちに撃たれた場所からばらばらと崩れてアスファルトの栄養となっていった。

 噴き出した血は人の型を取り、確かに小生が殺したのだと事実が物語った。

 一周目、二周目と見た凄惨な現場を今度は自分が作り出したのだと、自覚した。


 その瞬間、嗚咽と狂乱に襲われる。

 膝から崩れて、吐瀉物を催しながら携帯を確認する。すると、赤く点滅していた表示は消えて、今度は白い点が点滅し始めた。

 喉を刺激する胃酸を飲み込んで口を拭い、足に力を入れる。


「メリーさん、か」


 生憎ととても近い場所に来ていたようだった。あと一つ待ち伏せする道路を間違えていたら、小生は今頃最下層だったろう。

 淡泊に人の死を悼んでから、白く点滅している表記のもとへ走り出した。

 これで最初に居た階層と同じ場所に戻ることができる。

 何も知らない状況から随分と一変したものだ。


 無駄に回転しようとする思考を振り払うように、考えないようにして走る。

 案外白い点は動かず、そのまま待ち伏せているようだった。

 そして、ようやく本ゲームの最悪の相手とご対面する。


 どんな邪知暴虐を、どんな奇奇怪怪を体現したような存在なのだろうと思いながら走り抜けた一本道の先に居たのは――――





「なっ…………!?」

「ひゃっ…………!?」




 ただの






 人間プレイヤーだった。

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