65時限目 夏休めない
人が死んだと感じる瞬間はどういったときだろうか。
命からがら何かから逃げ延びた時には、それは感じるだろうか。
少なくとも小生にはそれは感じ得なかった。
「はぁっ。はぁっ。はぁっ」
焦って逃げてこけて結局。小生は一度死んでしまった。
死んだ? そう、死んだ。
意味が分からないが、死んだのだ。
だって、銃創がしっかり心臓にあるのだから。
「なにこれ。どゆこと…………?」
血は出ていない。が、ぽっかりと風穴があいているようだった。
怖くてその穴に触れることはできなかった。
理解が及ばないまま、また同じ場所に立っていた。
見飽きた標識。見るのは三度目。あれ、二度目って何してたっけ……?
今分かるのは、このまま歩いていたらまた殺されてしまうということだ。
どこから来るのか分からない。誰なのか分からない。神はいずこへ家はどこへ。
冷静を保とうしても恐怖が勝つ。
平静を繕っていても焦燥が勝つ。
冗談も言ってられないほどに。
「とりあえず逃げないと!!!!!」
逃げる? どこへ? 誰から?
訳もなく走り出し、道のあるままに無限に突き進む。だが、先ほどまでとの様子とは異なり、走れば走るほど違和感に苛まれた。
つい数分前に見た景色とまったく同じ光景が視界に広がる。何が起きているのか分からないままに、息だけ切れて膝に手をつく。
変な汗が垂れてくる。こんなことならもう少し外に出て体力をつけておけばよかった。
――――その瞬間、あるものが落ちた。
数世代前のガラケーのようなもの。当然これまで小生が身に着けていたものではない。身に着けた記憶などない。
だが、そこには正真正銘自分の手元から落ちたような、そんな感覚があった。
「いつの間に…………?」
不可解なことが多すぎる。
切れた息を戻すついでに、今の状況を整理せんと頭をフル回転させた。
「落ち着け。小生は神様に連れられてゲームの大会に連れてかれた。いや、正確には連れていかれてる途中だった」
見当たる人は誰もいない。心当たりのある景色はどこにもない。
携帯は何も写っていない。それどころか、電源すら付かない。
いくら長年外に出ていないからってそんなことあるだろうか?
町中から生気が感じられないなんてことは通常あり得ない。
それに知らない携帯を持っていて、おまけに誰かから命を狙われている。
状況がつかめない。という状況。
「論理性に欠けてる。こんなことを現実で起きる訳がない」
街全体を使ったドラマや映画か何かで、勝手にエキストラとして出演でもされてるのか?
記憶喪失になってホラーゲームに出てきそうな集落に迷い込んだのか?
それとも夢の中なのか?
そんなリアリティのある世界じゃない。そんな正しい世界観の景色じゃない。
「はぁっはぁっ…………」
改めて、深呼吸を一つ。
なら? なら。一つだけ試すことがあるじゃないか。
「でもこれ、できたら全力ダッシュ確定じゃんかよ…………」
そんなことを誰かに訴えるでもなく、訴えることもできなく。すぅっと息を呑み、それを発した。
「アーツ!」
その瞬間、手に持っていた携帯の電源がついた。
同時に、その画面に点滅する赤い点が一つと青い点。赤い点が猛スピードで、止まっている青い点に向かってきている。小生は再度全速力で逃げる。
すると赤い点が青い点から少しずつ遠ざかっていった。
「間違いない!!! ここ、ゲームの世界だ!!!!!」
自分の閃き力にノーベル賞受賞させたい。だけど今それどころじゃない!
恐らく青い点が小生自身。そして赤い点は、見つかったらダメなやつ!
まだまだ謎ばっかの世界だけど、とりあえず赤い点から逃げるってことなら、どれだけ迷子になったろうと関係がない!
ただ一つ。懸念点があるとすれば――――――――
「小生にっ、たいりょくがっ! ないっっっ!!!!」
うーんこの。こんな装備で大丈夫か? 大丈夫だ、問題しかない。
距離を取っていた赤い点が、だんだんと近くなってくる。
早く、早く効力が切れてくれ! 早く、早く…………!
ぜぇはぁと肩で息をする小生に、点滅する赤い点は無残にも近づいてくる。
意識が混濁してきて、どちらの足を出せばいいのか分からくなる。
もう無理だ。また誰かに殺される。
そう思いながら、足元と携帯を見ながら走っていた時のことだった。
「きゃっ!!!!」
「っ!!???!」
曲がり角で、誰かとぶつかってしまった。しかも女性の声。そんな青春みたいなのこんなイカレたゲームの中で起こるなんて。
現実で起きたら良かったなせめて。
あぁ、小生現実で外でないから無理か…………。
どちらも互いに転んで、死に体だった呼吸器がやっとのことで息を吹き返す。
眼前の女性に気を取られるより先に、携帯の画面を見てしまったのは焦りか恐怖かネットユーザーだからか。くっそこんなことなら女性の扱い方でも勉強しておけばよよかった。あ、追いかけてきてる人も女性だから軽々に言えないわHAHAHA。
見ると点滅していた赤い点は今は速さはゆっくりで、まるで小生を見失ったかのように遠のいていった。
安心したのも束の間、眼前の女性が声をかけてきた。
「ご、ごめんなさい!!! あなた大丈夫!?」
「うん――――ヴっ!? 顔の良い人…………」
「ちょっ!? また倒れないでよ!?」
知らんのか。引きこもりの顔面種族値最下層は高種族値の人を見ると蒸発するッ!
人形のように整った顔と白磁の肌とも言えばいいだろうか。汚れ一つない服と完璧な体型。
女子高生か、女子中学生だろう。栗色の髪を一つに束ねていて、ポニーテールを作っている。制服はブレザーを着込んでいて、端正で厳格な様子が伝わってくる。そりゃ倒れるとも。
どうにかその動揺もとい蒸発から復帰した後、どちらも呼吸を整えて挨拶を交わした。
「あなたもここのゲームに参加してる人?」
「ゲーム…………やっぱりこの世界はゲームの世界なのか!?」
「そこから……?」
いや、小生のアーツが効力を発揮した時点で、なんとなく察していた。
しかも、現に今この人と出会っている。
つまるところあれだ。これは――――
「仮想ホラーゲーム」
「――――やっぱり」
「なんとなく気付いてたのね。っていうか、ゲームのことは誰からも説明されてないの?」
「全く」
その返答を聞いて更に頭を抱える女性は、眉間に皺を寄せて溜息を一つ吐いた。
そして、一言――――
「これはね、人が殺すゲームよ」




