61時限目 夏休まない
『わりぃが今忙しくての、後にしてくれんか』
『っ、そんな忙しいのか』
電話をかけてはや数日。現在は夜の八時。やっとのことで繋がった相手は、忙殺されていた。
いつもはおどけた調子のマサだったのだが、今回ばかりはとても真剣な口調である。
『今ちょっとワシらのクランの記録が全部塗り替えられとっての』
『はぁ……? 凪が負けるってどういうことだよ』
『それが不可解で原因究明中。だったんやが、今その敵を見つけて相対してるところや』
『相対してるって…………い、今!?』
『だからそう言っとるやろ』
突然『今バトってる』と言われたらそれは予想だにする訳が無い。ネット越しの匿名なのだろうが、マサが苦戦を強いられるなんていうのは驚き以外の何物でもなかった。
少なくとも、トップ集団に座する者の誰かか、もしくはマサをメタるためだけに勝負をふっかけた連中だ。
『んでここ数日ずっと攻撃されてるから、しばらくは対応が無理や、すまんの』
『いや、こっちこそ悪いな。忙しい時に――――』
『ちょ! 師匠早くこっち対処してくださいっす! オレ死ぬ! 死ぬッ!』
『うっさいわ雷! ちょっとは自分で対処せい!』
『ははは…………。じゃあな』
『おう』『だから師匠早くし――――』
そこでプツっと電話が切られてしまった。雷斗は無事だろうか……。まぁ、なんとかするか。
はてさて、あと頼れる知り合いは拓真か愚姉のみ。二人に声をかけてもいいが、相談されても困るだけだろう。それに、姉貴は今日帰りが遅くなると個人チャットで連絡が来ている。よって現在家の中は俺一人だ。
夕飯もまだだし、冷蔵庫の中には何も無い。外食でいいか……。
惰性でそう考えて唸っていると、握っていた携帯から着電。見たことのない電話番号だった。怪しげな番号は普通放置するのだが、今回はそれどころじゃない。……だというのも、
『505』から始まる電話番号なんてあるのか……?
怪しいし、出るのも不気味だ。無視を決め込んで携帯をベッドの方へ放り投げる。携帯は相変わらずプルプル……、とずっと着電が鳴り響いている。
「つーか、そもそもなんで『505』なんだよ……」
ソファにもたれかかり、変な電話番号の意味について考える。そして一瞬脳裏を過った不確かな何かが俺の心を覆い尽くした。
いや、そんなはずがない。何のために何の意図で―――――
考えているところで、インターホンが鳴った。
「…………?」
姉貴が帰ってきたのだろう。
インターホンを鳴らす必要ないだろうに。アイツ自身勝手に合鍵を作っていて、それで……
それで……今日、帰りが遅いって、自分で連絡を、したんだから。
「――――」
深呼吸。
誰だ? 自分で言った手前、こんな時間に帰ってこない。帰ってくるわけがない。それに、自分で開けられないのなら叫んででも俺を呼び出すはずだ。
拓真か? 来る理由がない。それに一言連絡くれてもいいだろうに。
ファン? 俺の? ない。個人情報は誰にも晒してないし、学校関係者だとしても必ず一報来るはずだ。
マサ? 違う、さっき話してた。
満弦さん? これも違うな。
配達を頼んだ覚えもないし、こんな夜に勧誘や何かしらの業者が来るなんて思えない。
考えれば考えるほど堂々巡りに陥って不安が募る。
インターホンが鳴り続ける。
着電も鳴り止んでいない。
だがもしここまま放置し続けていたら、姉貴が外で相手と会ってしまう。
「……………」
■■■■■
息をする。
――――そこにいた者は、有る物になった。
ひしゃげた肉が血生臭い匂いを鼻腔に充満させる。
四肢が言うことを聞かない。
声が出ない。視界が赤い。
涙じゃないどろどろとした何かが眼から出てくる。
視覚が、味覚が、嗅覚が聴覚が温覚が痛覚が触覚が機能不全に陥りそうになる。
その肉はサイカに向かって這ってきて、毀れた声で
『――――――』
と、言った。
■■■■■
玄関のドアを、開けた。
徐々に見えていく外の景色。そこにいたのは――――
「っ…………拓真!?」
「なんだよ。此方が何度もインターホン押してるのに全く出ないんから」
「い、いやいや何で今!? それに連絡くらい――――」
「お姉さんの方から『サトルの様子が変だから声かけてあげて』ってな」
「あのクソ姉貴……」
帰りが遅れる連絡は個人チャットだったのだが……。字面で俺の様子を判断するほどキレるとは思ってなかった。それに、拓真の方もカフェの経営が終わってから来たのだろう。本当にお節介な二人だ。
ほっと一息つく。気付けば着電は鳴り止んでいた。
拓真は夕飯(お店で残った在庫を使った料理)を持ってきてくれていたため、二人してそれを囲った。
「で、本当に何かあったのか?」
「…………いや、特には」
「はぁぁぁ…………」
俺の反応を見てか、拓真は大きく溜め息をつく。
おおよそ何か隠しごとをしているのがバレているのだろう。打ち明けても良いのだが……、奇妙すぎる。身辺調査をされるのも困るため、そちらは黙っておいた。
代わりに、休学中の生徒について話題を上げる。
「躁鬱か……」
「近くにそういう人っていたりするか?」
その言葉を発すると、拓真はじっと俺を見て試すような視線を向ける。具体的に誰がその症状を持っていてどのような関係なのかはまだ伝えてはいないため、詮索しているのだろう。
まぁ、俺が生徒のためにそこまで親身になっているとは到底思うまい。
いや、親身になってないんだけど。
拓真はその視線を外すと、僅かに考え込んだように見えたが、けろっとした顔と声で応えた。
「今はいないな」
「そうか……」
拓真の発言に何かひっかかることがあったが、これ以上は応えないという意志が見られたため、聞くのを辞めた。
「それで? 次はどんな厄介事に絡まれたんだ?」
「お前の口からそれが言われると、俺としてはなんも言い返せねぇよ」
乾いた笑みを浮かべる友人は、姉貴が帰ってくるまで一緒に雑談を交わしていた。これまで教職のせいであまり話す機会がなかったため、会話の花を咲かせるには都合の良い場だった。
修学旅行での出来事での謝辞。
期末試験のこと。
ウチの生徒が拓真のカフェに集まっていること。
他愛もない話をしていると、勝手にガチャリとドアが空き、そこから陽気な声がリビングに向かってきた。
「たっくんだー!」
「お邪魔してます、咲さん」
「ねぇねぇ私の夕飯は? 夕飯は!?」
「ありますよ。温めるのでちょっとだけ待っててください」
「やたーーー!」
うるさい姉貴が帰ってきてからも少しばかり話した後、頃合いを見て拓真は帰っていった。
誰か居てくれてとても安心できたが、今日の出来事は本当に不可解なことばかりだった。願うならばこれ以上起こって欲しくない。
謎の呼び声と、電話番号。
あの電話番号は一体、誰が送ったのだろうか。




