57時限目 鐵色の贋作
【フライハイ】……対象を飛ばすアーツ。狼の役を飛ばすことだってできたかもしれない。先ほどのターンは眼前に【付加】を持っていた鳴上がいたためいきなりなすりつけるなんてことはできなかったが、活路としては極論、【フライハイ】を使う以外になかった。
しかもただ狼を手放すことができなくなったのではない。
「あと何マスだったんだっけ?」
「あと五マスだよ~」
五マス。それはパンドラが埋め込まれている可能性のある残りのマスの数だ。
さっきまではダイヤの協力で【パンドラ】の位置を割り出し、こちらの手でハートを陥れるという算段を立てていた。館石の活躍により【パンドラ】の出番はなくなったものだと思っていたが、まさかこんなところで牙をむいてくるなんて想像だにしなかった。
残り五マス。死へのカウントダウンが、今刻まれ始める。
しかも悪夢はそれだけで終わらせてくれない。
「やっと追い付きました」
「うげっ。想定より1ターン早いんすけど」
「あなたたちのすることはおおよそ見当がついていましたから」
無響率いるスペードの到着。攻撃はできないが、クラブから見て隣接八マスに届く場所だ。どちらのチームもアーツや役職の効力の範囲内にいる。
だがそれは、オレたちが手を下すという意味ではなく。どちらが早くクラブの王を倒すかという檻という意味の方が正しかった。
クラブの皆が絶望を顔に移す。無慈悲にターンは回ってくる。
これ以上もうどうすることもできない。HPはあるというのにこれほどまでに絶望的な状況に陥ったのは初めてだった。
【フライハイ】は奪われた。
残り五ターン以内に確定で負ける。
鋼二についた狼の役を誰かに移すことはもう無理だ。【同調】にそのような効果があれば良いものだが、そんな理想は叶えられない。進化を頼る? もっと無謀だ。
一ターンだけの存命は可能だろう。【同調】で他の二人の王につけて――――いや、駄目だ。スペードは【キャンセル】を持った人間がいる。
一ターン以内でも負けてしまう。
オレのアーツと鋼二のアーツ――――いや駄目だ。鋼二のアーツはともかく、オレのアーツはもう使用できないと言ってある。
実はあと一度だけ使えるのだが……。ここで使っても意味がない。
また【共感覚】のような対処がされているかもしれない。一度使った手を二度も繰り出すような馬鹿ではない。
思考が焼ける。脳髄が混濁する。狼を王を敵を味方をオレを――――――勝つには。
ポン、と。肩に優しい手が置かれた。
「橘」
「っ……。館石」
気付けばリルクと風岡、館石がこちらをじっと見つめている。こいつらは何も知らない状況で、何が危険なのか何もわかっていない。頼るのも憚られる。
だがそれでも、彼らはオレに向かって優しい言葉をかけてきた。
「何で悩んでいるのか俺たちには何にも分からん。だがな、俺たちはチームだ。抱える問題くらい一緒に背負わせろ」
「館石…………」
「そうよ。だいたいアンタは全部一人で考え過ぎなのよ。たまにはアタシたちを頼りなさいよね」
「ハヤさんがデレタ」
「リィ・ルゥ・クゥ?」「ヒィッ」
こんな状況でも笑いがこみあげてくる。青臭い台詞に、茶番ととらえられてもおかしくない馬鹿でネタの塊みたいなチーム。中途オレと館石の独行があれど、なんだかんだでこのメンバーで切り抜けた。
ならば? ならばこいつらに任せてみるのも一興ではないのだろうか。
状況は絶望的。打開はほぼ不可能。ブラフもない作戦も一切ない。
口が自然と緩む。口角が無意識に上がる。
隣を見ると、不安そうな表情をしている鋼二。だがどこか、安心しているようにも見えた。
「っ♪ やっぱゲームは楽しくいかねぇとな!!!」
「どこマデもついてきますヨ!!!」
「剣司、作戦はあるのか?」
鋼二の発言に、オレは首を横に振る。その反応に余計不安そうな表情を見せていたが、オレはそれを気にせず館石と風岡に指示を飛ばした。
だが、それよりも早く二人は呼応する。まるでオレの言いたいことが分かっていたかのように。
「必要なんでしょ?」「さぁ、やっちまえ」
その揃った覚悟の表情は、なんとも格好よく頼りがいのある立ち姿だった。
確かにこんな姿見せられたら主将の名も相応しい。
二人は同時に、自身のアーツの名を叫んだ。
「全力で、全開で、全部をひっくるめて――――」
「一人残らず俺たちの手の元に――――」
「「《アーツ》」」
「「「――――っ!!!!!!」」」
そしてその瞬間。アーツがこれまでの演出とは異なる光がフィールドを包んだ。
――――複数人で行われるゲームにはアーツによる合技というものが存在する。相乗効果を発する特殊演出。どんなアーツの組み合わせでもその効果は発するのだが、まれに、対照的なアーツや、同系統のアーツを同時に使うと、その効果は絶大なものに変化する。この瞬間、それが起きてしまった。
相乗効果によって新たに発現したアーツ、それは――――
「「【付和雷同】」」
「はぁっ!? お前たちなんだそのアーツは!?!?」
「任意の状態を任意の人間に共有する。そして今、全員のチームのHPを統合した」
「追加で、敵チームの全員のアーツを【付和雷同】に変化させたわ」
「ぶっこわれてやがらぁ……」
【付和雷同】の効果により、今HPの上限は10になっている。それぞれの王の9ポイントと、狼の分の1で10だ。おまけに各陣営で分けられていたマスも全て一色に染め上げられている。敵のいない大陣営、という方が正しいだろう。そして後半の方がヤバいのだが……。
敵全員のアーツを【付和雷同】にしただと? 壊れすぎも甚だしいだろホント!
どちらも今のオレたちに触れていないと効果から逃れてしまうのだろう。そこはあくまで変わらずで安心だ。
前者の効果は恐らく【共感覚】を参考にしたのだろうが、後者まで再現できるとは思わなかった。合技の恐ろしさは伊達じゃない。
鳴上も無響もあまりの出来事に思考が止まっている。当然オレとて同じだ。戦略もへったくれもないゲームになってしまった。
というか、こんな芸当ができたのならもう少し早く知っていたかった。
「……? アタシたちだって知らないけど」
「今初めて見た」
「なんでだよ!?」
「最初に言っていただろう。俺と颯は犬猿の仲だ。二人で同じアーツを同じ陣営で打つなんてことこれまでに一度としてやったことはなかったんだ」
「もう少しそういうのは早めに実験してようぜ……」
まぁ、敵チームがたまたま隣接しているマスに存在しているというのもあったが。結果としてここまでうまくいくとは思わなかった。
だが、だがしかしだ。
結果として対処のしようがないのには変わりない。HPを統合した影響でこちらが一方的に惨殺されることはなくなった。それに敵のアーツも【キャンセル】も【強奪】もない。不運にも【フライハイ】が戻ってきている訳ではなかったが、それでもこの次にどうやって勝ち筋を見出すのかは皆目見当がつかなかった。
敵は皆こぞって頭を痛めている。まるでもう試合にならないかのように投げやりになった面々がそろい踏みだ。
それでも最低限、自分がまけるとは到底思ってもいないのだろう。
ちょっとだけムカついていると、スペードの方から言葉が投げられる。
「本当にクラブはワタシの想像を軽々と上回ってきますね……」
「本当っすよ……。これじゃもう勝ちも負けもない」
「……?」
何か言いたげな様子だったが、気にせず思考を回す。あとはどうすればいい。HPが満タンな以上、抜ける輩がいては困る。今回の【付和雷同】では効果が抜けた後でもHPは引き継ぐそうだ。もちろん上限はそれぞれ3に戻されるため、1か2にしないといけない。
「ってことは、やるっきゃないよな」
隠していた最後の切り札【諸刃】を発動する。攻撃役がいないと思っていたが、館石がいつの間にかリルクを盾から騎士に役職を変更、もとい同調していた。
これで攻撃可能である。
だが、当然【諸刃】のみでは足りない。
「最大火力、ぶっぱなすぞ! 鋼二!」
「おうとも!」
これも合技なのだろうが、やはり特殊な演出はかからない。だがやはり相当な火力を有していることには変わりなかった。
HPが【諸刃】の影響で3減り残っているのが7ポイント。盾が四枚。
攻撃力は、驚異の10ポイント。ロマン砲かよ。
ギリギリ1残るような計算をして、超絶火力で叩き込む。
他の王は揃って大きなため息を吐いていた。まるでもう試合を放棄したかのような。
それもそうだろう。敵が逃げてしまえば孤立した状態で叩かれて終わりだ。
しかも攻撃しようものなら自ら息絶えてしまう。
これ見よがしにアーツは全員【付和雷同】。役職程度でどうにかなる問題でもないし、大前提として王を倒す手段が消えている。
まぁそれはオレたちも同じなのだが……。
そのためにもどうにかして勝つ手段を模索しないとな。
まだ恐らく勝ち筋は残ってる。最後の最後で勝ってやる。と意気込みつつ、ターンの終了を告げた。
その瞬間―――――ゲームの終了が鳴り響いた。
「…………へっ?」




