56時限目 最後の切り札
異様に汗を垂らす鋼二を見て、オレは声をかけた。
だが、返ってくるのは上辺のみの安寧と乾いた笑み。
怪しいことこの上ないが、詮索するにも手がかりが少ない。
顎に手を当てて長考に耽る。今はダイヤのターンが終わり、スペードが行動をしていた。オレ達クラブの手番が回ってくるまでに多少時間がある。
オレはもう一度、他のメンバーには聞こえない声で鋼二に声をかけた。
すると、先ほどとは違った様子でオレに訴えかけるような表情を見せる。
それはまるで、誰にも寄る辺がないような、嘘の片鱗など一縷として見えない歪んだ表情だった。だがしかし、どことなく――――希うような空虚な自信も、見えた気がしたのだ。
「剣司。お前にだけ言っておくことがある。――――僕のアーツは覚えてるか?」
「っ? おう」
遊戯という科目をとる中で唯一知り合った友人だ。【逆境】というアーツなのは理解しているし、特徴も重々承知だ。進化しているわけでもないし、今しがた進化したのならば鋼二はこんなに憂いた表情をしていないだろう。
だが、彼の言葉からはそんな憶測に反してとても堂々と当たり前のことが発せられる。
「今、僕のアーツは使えるようになっている」
「…………?」
それが唯一伝えられることだと言わんばかりに、口をきゅっと結んでこちらをじっと見つめてきた。
なんでいきなりそんなことを言ってきたのか分からない。今の状況からすれば、僕らの領域は他の二つよりも大きく上回っているし、HPも完全回復。何なら盾も張ってあるのだから到底そんな状況になりえるはずが――――。
「っ!!!!」
鋼二の不可解な行動と、このゲームの勝利条件に関わる根幹。皆の言動、攻撃のシステム。怪しいと思っていたことが全て当てはまる。――――鋼二に一歩先を越されたのが悔やまれるが、オレは全てを理解した。
改めて言うと、オレは何も特別な能力を有してる訳ではない。金剛や鬼灯、氷室や鳴上、無響のような優秀なリーダーがいたのならオレはただの雑兵にすぎなかったし、自ら進んでそれをこなしに行くほどの人畜無害だ。
誰もいなかったから。ただやったに過ぎない。稚拙な思考と他人の思考が介在するこのゲームでたまたま適性が少しばかりあったに過ぎない。ただ死にたくなかっただけだ。
だからこそ、不穏分子は取り除こうと鋼二に声をかけただけなのに。
(本当にクソ面倒くさいゲームだな全くっ……!)
鋼二がアーツを使えるようになっていた理由の一つは自チームに狼がいるから。
いつから? 先ほどのダイヤによるアーツが行われてから。
なぜ口にできなかった? 鋼二が王だから。
なぜ王である鋼二を狙った? ゲームシステム上攻撃の当たる相手が王以外にないから。
他の三人に伝える? 方法は? 口頭で伝えるのは禁止されている。
オレは騎士だ。鋼二は術師だが、自分を占うのは普通に考えて怪しい。
伝達可能な手段としてはアーツの【同調】だ。対策手段としては【フライハイ】で行けなくもない。唯一の術師たる風岡が気付いてくれる可能性に賭けるのは無謀だろう。
なるほど確かにオレに助け舟を寄越す訳だ。といっても、オレとて手詰みに近い状況ではあるのだが……。
考えられる行動としては、オレと鋼二の二人でダイヤとスペードを倒す。もしくは【フライハイ】を使用可能なリルクをこちら側に引き入れることだ。オレの【諸刃】はまだ使えるし、【逆境】も使用可能だ。超火力を出すことも可能である。
「――――ばな、橘! どうしたんだボーっとして」
「疲れてんじゃないの?」
「っ! 悪い、考え事してた」
気付けばオレたちの手番が回ってきている。長らく熟考していたようだ。
オレはチームメンバーに一つ提案をする。鋼二と二人でアーツを使用するという文字通りの諸刃の剣を体現せんと。
「そんなコトができるなら早く行ってくだサイよ~」
「だが、カウンターを食らうのも怖い。最低限その行動を行う前に盾を張っておこう」
「わかった」
全員がまさかの同意を見せる。薄々何かしらの意図に勘付いていたのだろうが、皆空気を読んで黙っているようだ。本当にコイツらは嫌に良いやつだ。
「「《アーツ》――――」」
【諸刃】でHPが減少し【逆境】の効果も合わせて攻撃力が6ポイントになる。その効力を館石の騎士に託して、館石はダイヤの王に向けて攻撃を放った。
必殺の一撃だ。これで考えるべくはスペード一人となった。スペードがこちらに来るにも多少なり時間がかかるはず。どうにかして作戦を考えねば……。
「っぶねぇぇ……本当に張っておいて良かったな」
「ひゃあぁ~。怖かったぁ……。流石かなでんのアーツ」
「にゃ~わちも肝を冷やしたにゃ」
「はっ……!? なんで死んでないんだ!?」
思わず声を荒げて疑問符を飛ばす。氷室のみは余裕の表情でこちらを注視していた。
嘆息を一つ吐くと、「めんどくさい……」と小言を吐きつつも、ネタばらしを始める。
「アーツ【共感覚】――――状態を統合して一致させるアーツを先ほどのターンに使用しておいた。お前たち二人のアーツは分かっていたからな。対処するのは当然だ。お前たちの王とHPを共有していたからダメージは盾がこちらで二枚、そちらで一枚張ってある分で計三枚だ。結果としてHPが1残った」
「因みに【共感覚】解除後はHPは戻されるぞ~」と、要らない説明までしてくれる。【共感覚】は【同調】と違い片側の状況を押し付けるのではなく、両者の状況を一律にまとめ上げるというアーツらしい。進化された形なのだろうが、言わずもがな使い方といい使うタイミングといい全てがオレ達より数段上手だ。
HPが戻されるというのは利点ではあるが、オレのアーツが使い切ってしまったのは相当な痛手である。
これでいよいよ選択肢が絞られていく。幸いまだ【同調】や【フライハイ】が使用可能なのはありがたい。
――――と思っていた矢先のこと。
オレの考えはまるでお見通しかといいたいほどに、ダイヤの鳴上はオレたちのチームに向かってアーツを発動させる。鋼二から聞いた話では今現在鳴上は【付加】を有しているのだとか。
だが彼から発されるその言葉は、オレたちを更に戦慄と恐怖に陥れる。
「【強奪】」
「――――っ!!??! やりたい放題かよったく」
【付加】の効果は永続だ。狼がここでダイヤの元へ帰ってくれるのならどれほど良かったろうか。だがそれよりもまずいことが今起きてしまった。
想定はしていた。あの一手で倒し切れれば良かったが、今そんな理想論を語る訳にはいかない。
なにせ奪われたアーツが災厄だ。オレの【諸刃】でも鋼二の【逆境】でもない。
「へぇ~ほんとに【フライハイ】って名前なんすね」
「…………」
唯一の活路が、奪われた。




