55時限目 鈍色の隠匿者
「あっちも終わったことっすし、こっちもそろそろ終わりにするっすか?」
「まるで主導権をそちらが握ってるみたいな言い方ですが……。窮地なのはそちらも同じなのでは?」
「ははは~……。まさかクラブが自力で倒して領域奪われるとは思ってなかったっす」
ダイヤの鳴上くんは冷や汗を垂らしながら、一人に指示をする。
その効果が終わった瞬間、彼はニッと笑って見せた。これまでの苦戦している状況での笑いとは別の、勝利を確信した笑みだ。
そしてそういったゲーマーの笑みは、往々にして殺気と悪寒を体中に巡らせてくる。
鳴上くんから目が離せない。鳴上くんもまた、僕をじっと見つめて離さない。
恐らく僕は疑われていた、王であることを。そして今この瞬間、彼の予想は確信に変わった。【パンドラ】のある場所を突き止めなくてよくなった状態ならば、その感知系は別の何かに向けて使用するのは道理だ。そしてそれが僕の情報について調べ上げられただけ。この瞬間、僕は王であるとバレた。
「おっ! レーの勘は当たるっすねぇ」
「ただの運だよ。だが、これで今度こそ勝てる」
ダイヤの二人の強き風格とその笑みに悪寒を感じた。
バレて何になる? いや、本来ならばどうでもいいはずだ。
本来ならば。僕のチームの中に狼は居ないし、騎士による攻撃は全て自動的に王という役職に自動的に照準が向けられるのだから、他のチームの王なんて本来見つける必要はなかった。
王を匿名にした理由は一つじゃなかった。
謎に空いたパズルに理解が当てはまっていく。
何故先生は【同調】や【付加】、【強奪】や【トレース】を全員のチームに最低限一人以上当てはまるように配置したのか。それは役の押しつけだ。
それぞれ自身の役を誰かに押し付けることができるようになっていた。
そして攻撃手段の不可解な部分――――王に自動的に照準が合ってしまうということ。今回の第二勝利条件はただ狼を見つけることではない。HPが1あるのだから、倒さないといけない。
どうやって? ――――王に押し付けないと勝てないようになっているんだ。
「くっそ……。なんでこんなことに早く気付かなかったんだ……」
吐き捨てるように告げる。冷静に頭が回ってくると、先ほどまでの二チームの行動に合点がいった。
鳴上くんは無響さんのチームに接触し、第一に【付加】を奪いとった。それはスペードが第二勝利条件を達成するのを阻止するため、そしてそれだけではない。
恐らく無響さんのチームが【キャンセル】を使う羽目になったのは、ダイヤの中に狼がいるから。おおよそ【フェイク】か【気配遮断】を持っている人物がいたのだろう。その人のアーツで他人から感知されることがなくなったはずだ。
(あぁ、確かに。最初の行動でも、【キャンセル】で跳ね返されたあとも、アーツを使ってた人がいたな…………)
勿論狼がどのチームにあったとしても対処できるようになっていた。殊更、僕のチームは選択肢が多かった。【同調】は二つ、解釈によっては【フライハイ】でも飛ばせたかもしれない。無響さんが厄介というのも今ならわかる。
そして無響さんは、ダイヤからそれを一度押し付けられたのだ。たまたま対応できるアーツを持っていたため窮地を逃れたようだが――――僕のチームは違う。
そして悲しいかな。今、クラブの王が僕であることがバレた。近づかれたら一瞬で終わる。だというのに、何の偶然か――――それとも最初から想定していたのか。
ダイヤはスペードから逃げるフリをして、こちらに近づいてきていたのだ。
気付いた時にはもう遅い。ダイヤのターンが始まると同時に、鳴上くん以外の全員がこちらに進軍する選択をとる。
四人は能天気に相手が真っ向から突き進んできていることに乗り気だ。盾を張っていて体力も回復してきているのだから、勝負する気満々なのだろう。だが今はそうじゃない。それでは相手の思う壺なのだ。
まずい……! どうにかしないと……! でもどうすれば――――
「アーツ」
考えている間に、無慈悲にも彼はそのアーツを告げる。
その瞬間――――僕のアーツが使用可能になってしまった。
乾いた口がぽっかりと空く。垂れる汗が異様に熱い。
狼の役が、僕のもとへ渡ってしまった。今攻撃をされても負けることはないが、同時に僕のチームは第二勝利条件を達成することが不可能になってしまった。
無響さんもこの状況に陥ったのだろう。狼の情報が追加された分、僕の見えている中ではHPが4になり、第三勝利条件『自身の王を倒すこと』が解放される。勝利条件は想定の範囲内だったが、今自傷をすれば僕らは勝ちでも負けでもなく終わるだろう。それではいけない。
だがどうする? 【トレース】が使えたら王のみ誰かに明け渡すことだってできたかもしれない。【キャンセル】が使えたのなら無響さんみたいに対処できたかもしれない。だが、今僕の使えるアーツは【逆境】のみだ。
(…………仲間内で組んだのは、狼の一人勝ちをさせないためだったのか)
ダイヤは狼が誰なのか分かったうえで行動していた。それが王と兼ねてはいなかったとはいえ、狼の一人勝ちは狙えただろう。だがそれをしなかったのは、チームの結束力に他ならないと考える。
だが今はダイヤの時とは違う。僕が狼であることを皆に伝える訳にはいかない。王であることすらも伝えてはいけないのだから、僕の中では完全に手詰みだ。絶望が表情に出てしまい、皆に心配させてしまう。
どうする? どうにかして勝つには?
絶望が胸のうちから広がって顔が歪む。
信じられない状況に陥って、誰にも縋ることのできない状態でただ僕はなにもできない。
無力感。思考がシャットダウンされる感覚。
いけない、感傷に浸っている場合ではないのに。
考えろ。何ができる。
【逆境】で使用できるのはステータスの上昇くらいだ。HPや防御力を上げれば暫くは倒されない。けどその程度じゃ到底勝ち筋とはいえない。
そもそも僕一人で何かを成すなんてものが難しい。
ダイヤは狼と王の存在自体は暗黙の了解で周知させていたのだろうが、僕は今一体となっているため一層伝えられない。そもそも僕に攻撃手段はない。精々逃げるか回復をするか、だ。
「どうしたんだよ、鋼二」
「……っ! 剣司……」
不覚にもその表情がバレていたのか、剣司に指摘される。他の面々もそれに気付いて何やら不安そうな表情を浮かべていた。
アーツを使用された対象が僕だと気付いたんだろう。だが、その真相を知られてはいけはい。
僕は苦笑気味に話題を逸らす。
「なんでもない。それより眼の前の敵に集中だ」
「いや、そうはいかない」
「何かあるなら言って。同じチームのメンバーなんでしょ?」
「そうですヨ! この皆で勝つにハ、コウジの力が必要なんデス!」
「っっ…………」
青臭い発言にも関わらず、皆が皆僕に手を差し伸べてくれる。隣に立つ剣司だって同様だ。頼もしいことこの上なく、繕っていた表情が崩れた。
「ありがとう……」
「何か言えない事情があるんだろう? 鋼二のアーツはそういう仕様なんだし」
「あぁ…………」
剣司だけは僕のアーツの特徴を知っている。最初の紹介のときにも軽く伝えたが、使い方や実際の効果を含めて見聞きしているのはこのチームでは、僕以外では剣司のみだ。
(…………っ! てことは――――)
僕は頬に汗を垂らしながら、剣司に向かって声をかけた。




