45時限目 錆色の風音
「最初はハートですネ」
リルクが軽快な調子で状況を説明する。ハートの主軸は鬼灯夏燐だ。アーツは確か【トレース】。これまでに先生に勝負をしかけて唯一引き分けを為している。それはあの無響透乎よりも戦績としては上であることの証明にもなる。対面での勝負は少々厄介な人間だ。
他のチームメンバーは見知った顔はいないが、銀杏姉妹と金剛は悪い意味で有名だ。
名前と顔が一致することは初めてだが、いかにも含みを持った顔を作っている。
「うわっ……あの三人固まってんのかよ……」
「知ってるのか? 鋼二」
「あぁ、少しはね。銀杏姉妹のアーツは出来れば食らいたくない。一回戦ったヤツを見てたが、あれは経験したくない」
館石と甲が銀杏姉妹について語る。銀杏こより、銀杏てまりは双子の姉妹であり、どちらも同じアーツを有している。アーツの効果はどちらも【×(-2)】――――単体で使うと基本はデメリットになる効果だが、二人が同時に使えば、その効果は実質四倍になる。行動回数やダメージ量にその効果を上乗せしてしまえば、ゲームバランスなんて一気に崩壊しだす。それに、金剛のアーツが加われば――――
考えるのを止めた。なにも危険視すべきはハートのみではない。他のチームも壊れたアーツなんてそこらに転がっている。私達のような貧弱なアーツで太刀打ちできる代物ではないのは重々承知だ。
ハート一行は様子見と言わんばかりに《侵攻》を選択し、五マス陣地を増やした。全体が六四マスであるため、二周目をするだけで全体の十分の一を占めることになる。
次はスペード、無響透乎率いる完全に統率の取れたチーム。
先ほどのハートと言い、チームのリーダーとなる存在は明確になっているが、王らしき人物は皆目見当がつかなかった。まぁそれは自身の所属しているチームにおいても言えることだが。
「あのチーム、二つしか動いてないですネ」
「《役職》か《アーツ》を使ったんだろ」
今度はリルクと橘が会話をしている。私だって同性の子と戦況を見たかったものだ。スペードのチームは全員女子であるため少し羨ましいが、なんとなく見ている限り、無響透乎のワンマンチームであるようだ。アーツの使用は誰が行ったかは自チーム内でないと分からないため、推察は困難だ。自身のアーツの名称を言う人もいれば、言わない人だっている。願わくは無響のアーツでないことを祈る。
――――ふと、図らずも無響の顔を見つめる。その時、僅かにこちらに視線が向いたのが見て取れた。別に、それだけなら大して何の害意もないのだったが。
何の偶然か、次は私達が行動する手番だ。
私を差し置いて、各々がどのような行動をするかを決めている。男四人は適当に話し合い、《侵攻》を選択して進む先を決めようとしていた。それとは別に、私は先ほどの無響の視線に何か引っかかるものを感じて、黙りこくって長考に耽る。視線が彼女から外すことを止めない。
――――それはちょうど四人が行動を決めて行動を起こそうとした直前のことだった。一番手のリルクが、《侵攻》を押そうとした手を、すんでのところで止めさせる。
「待って」
私のその一言で、四人が私の方を注視する。視線を感じつつも、無意識ながらやはり彼女の視線を捉えてしまう。直感で発言するのはとても躊躇われたのだが……。
しびれを切らした館石が私に向けてキツく当たる。
「なんだ颯。言いたいことがあるなら言え。そもそもさっきの会話にすら入ろうとしていなかった癖に、何を言い出すつもりだ」
「うるさい巌。下手したら次の手で私達ゲームオーバーになるかもしれないんだから」
「「「「…………ッ!?」」」」
その言葉に信憑性は一切感じられない。ただ、無響がリルクのタブレットの操作をしている様子を見て、ほんの少し、ほんの少しだけ笑みを溢したように見えたのだ。
そして思い出す。以前無響が先生に向かって勝負を仕掛けた時に、無響に協力していた【付加】と【テーブル変更】のアーツを有した二人がいて、偶然にも無響のチームに所属しているということを。
「そんで多分だけど、さっきスペードが二つしか動いてなかったのは――――」
「流石です風岡さん」
睨みつけるように見ていた視線の先の人物から、滴るような笑みで賛辞を食らう。
それを皮切りに疑念は確証に代わり、同時に戦慄を帯びた。
「ワタシたちは以前先生に向けたのと同じようなアーツの合技を使いました。あなたたちのチームは少々厄介なので、早めに脱落して欲しかったんですけど」
「殺意しか籠ってない賛辞じゃん。そんなに分かりやすい視線向けられたら嫌でも注意するって」
「これはすみません。ですが、それが分かったとてどうしますか?」
「――――っ」
合技――――単純に言うと、アーツの相乗効果だ。チームプレー限定で登場する特殊効果のこと全般を指す。複数のアーツを使用すると得られる恩恵であり、ゲームの進行が格段に容易になる。無響や銀杏姉妹が良い例だろう。特に、同系統のアーツや対照的なアーツの合技は効果の程が変化すると聞いたことがある。
いや、今必要なのはそんなことではない。思考を戻す。
無響の告げる通り、恐らく現在私たちのいる場所の近辺にパンドラが設置してある。
【テーブル変更】がどれほど作用しているか分からないが、とにかく危険だ。
今の状況では地雷がどこにあるか分からないまま進む無謀な行為となる。
どうする? どうすれば――――
「フッフッフッ。ココはワタシの出番ですネ!!」
軽快な声が私の耳朶を打つ。リルクを見ると、とても満面の笑みで高らかに笑っていた。無響も思わず余裕の表情を崩す。《侵攻》が叶わず、進む先には危険地帯。どこが安全でどの手を打てば良いのか分からない状況にとって今は、【フライハイ】という手段は光明と言わざるを得なかった。
館石や橘たちも理解が追い付いたようで、揃って表情を一転させる。
「っそうか! 今の状況なら確かに脱するに越したことはない!」
しかも今はリルクが行動を起こそうとしていたタイミングであるため、主導権は全てリルクに委ねられている。ここで裏切られても大して影響はないため、信じて行動を起こすのを待った。
「じゃあ早速! アーツ――――――」
リルクのアーツ【フライハイ】が発動する。タブレットに投影されたフィールドからクラブのチームが消え、一瞬のうちに転移した。
飛ぶという解釈の通用するゲームでは、情勢を変えるのに役立つのにも納得がいく。
だが
「おい馬鹿」
「なんで……なんで」
「あぁ…………まぁなんとなくやらかすと思ってたけど」
飛ぶ。確かに飛んだ。フィールド上の別地点へと無事に飛び、パンドラの配置されているところとは遠のいた。
それは当然遠のいたと言えよう。ハートやダイヤの近くではパンドラが埋まっているかもしれないし、元居た場所では変わらず危険地帯だったため遠のいたのは正解だ。
でも
「なんでスペードのいる正面に飛ぶのよ!!!??!?」
「…………テヘっ♪?」
相変わらず、危険であることには変わりなかった。




