42時限目 月氷連理と恋愛遊戯
『あのなぁ…………サトル』
「はいはい御高説は後でじっくり聞いてやるから…………ともかく、今は感謝しかねぇよ。拓真」
三日目の朝──────俺はバルコニーで携帯で最優の親友に、感謝を述べる。
今のハワイは午前の七時。日本時間では午前二時だった。
昨晩(日本では日中だったろうが)の出来事に、再度心からの賛辞を送った。
□□□
「咲夜がいない!?」
零に取り付けた小型のインカムから聞こえてくるそれに、俺は内心で笑いを上げる。何せ、予想通りの行動だったのだから。
最初から──────計画した時からこれを予想していた。
卯月咲夜が拓真からの情報で過去の情報を覗いた時に、彼女は未だにその事故に苛まれ続けていることを悟った。
そして俺は、方々に借りを作り意図的に零の思わぬ方向へ動かしたのだ。
『カードキーを盗む!? そんなのタダじゃ済まな─────』
『賭けてやる。お前の技術なら行けるだろう?』
『人使いの荒い……』
まずはじめに、夏燐に咲夜の個室のキーを奪わせた。
十中八九咲夜は自室に閉じ籠るだろう。
ただ、閉塞的になる原因が必要だった。それゆえ卯月に決定打を与える動きが必要である。そこで偶然にも接点を持っていた満弦さんに一芝居打ってもらうことにしたのだ。
そうする限り、卯月咲夜は逃げ場のない妄執に追われ続けることとなる。
その果てに至った場所さえ把握できれば、あとは零を誘導させれば良いだけだ。
零にも当然そんなことは黙っている。
バレたら計画が意図的に感情を操作していることが明るみに出てしまう。
だから零自身も動かした。
さも俺すら場所を知らないように。
その時の俺は事実卯月の居場所は分かっていなかった。
拓真に送ったホテルのマップとホテル関係者、宿泊人、生徒の動向。それら全てを詰めた情報をこの二日で創作、譲渡し。
一人で隠れることのできるスポットをあちら側で十二箇所まで絞らせた。それまでの経緯に至るところまで、多少雷斗や他の生徒達の助力も含めて起こしえた。
「けど、まさかその十二箇所全部が違ったなんて面白いよな♪」
「全くだ…………。此方の技術も完璧は自負してないが、こう外れると悔しさもある」
結論から言えば、その目星をつけた十二箇所は全て外れていた。
監視モニターをジャックした拓真は、一分と経たずに状況の推察を開始して。
『──────先生、僕。一つだけ試してみたい所があるんです』
「あの発言には思わずシビれたわ……♪」
現実の全ては思い通りに進んだ。
散々の気苦労を積んだ仕事も、今日はおさらばである。
拓真は眠たげな声で欠伸をすると、多少の雑談の後に通話を切った。
◇◇◇
「…………ひとまずは、お疲れ様」
「あはは…………すみません。ありがとうございます」
昼前、俺はまたビーチに赴き、パラソルの下で机を挟み満弦さんと相対していた。
用件はこれといってないのだが……こうしているのが通例のような気がしてきたためだ。
けれど、満弦さんは何やら用があるようだ。
「…………」
「? どうかしたんですか?」
「…………いえ、別に」
「先生! そこは一言言わないとダメですって!」
「「!!!」」
急に現れたその影に、俺と満弦さんは揃って驚いた顔を向けた。
そこに居たのは卯月咲夜。水着姿で、活発そうなイメージが特徴的だった。細い肢体が際立って、眼を逸らす。満弦さんは俺に向けたことのない柔和な笑顔を向けていた。
「咲夜ちゃん」
「満弦さんがこんな綺麗な格好でいるんですよ!? 何か一言ないんですか!? さぁ、さぁ! ──────んぐっ」
「咲夜、止めてやれ」
後から追ってきた氷室零は、咲夜の肩に手を置くと、人差し指を伸ばし彼女の頬に当てつけた。
こちらも水着姿で、割れた肋骨と綺麗な素肌。腕にはパールのミサンガがついており、爽やかな印象がどこか以前と比べて増して見える。
「零も来たのか」
「はい。茶々を入れないかの監視と、お礼を言いに」
「あー! なにそれ! それだとわたしが満弦さんに目がないみたいじゃん!」
『実際そう「でしょ」「だろ」』
満弦さんと零が揃って口を出す。
ガーン、と効果音がつきそうな顔をした卯月は、気を取り直して満弦さんの後ろに周り、彼女の肩に手を置いた。
満弦さんは満弦さんで満更でもないらしく、優し気な表情を浮かべて微笑に耽っていた。
「先生、ありがとうございます」
「礼を言われることなんざしてないさ。
それより、だ。ゲームの件、忘れてないよな」
「っ!」
ふと思いだし、零は情けない表情を向けた。零からすれば、咲夜と試練をこなせなかったため事実俺の期待に沿えなかったと思っている。事実、試練はクリアできていない。が、それも危惧することは皆無に等しかった。
「今のお前らなら、最速でクリアできると思うぞ。それに、満弦さんのアーツも働いてることだし、負けることはない」
「「…………?」」
二人はどういうことかと疑問符を浮かべる。それもそうだろう。いつ満弦さんがアーツを使用していたかなんて恐らく気付いてもいなかったはずだ。
満弦さん本人からしても、あまり使いどころのわからない代物だったろうから、こんな場所で使えるとは思ってもいなかったと思う。
俺の口から説明を施す。
「満弦さんのアーツは【リテイク】――――一度行動したことを模倣できる能力だ。制限の一つとして、自らの存在を代償に対象の相手の行動を記録して保存することができる」
「で、でもそれじゃ一人だけになって片方は」
「俺のアーツでどうとでもできる」
「「あぁ……」」
俺は【乱数出現】から【コピー】か【リテイク】を引き出して満弦さんのアーツを同じように使用すれば良いだけだ。
あの時、俺と満弦さんがログアウトしていたのはその影響でもある。当初から一発でクリアできないと踏んでいた俺は、満弦さんのアーツを調べ、能力を最大限に使用しようと考えた。
可能な限り進み、記録を保存させる。二回目はその行動を模倣するだけで一回目よりも早く進むことが可能になる。何度も何度も繰り返して最速を目指すはずだったのだが、まさか一発でアーツを進化させて辿り着くとは思ってもなかったため、驚かされた。
俺のその発言に、文字通り三者三様に表情を変えた。何を言ってるのか分からないというのだろう。使い方はその人次第というが、真相が分かればあくまで、理論上可能だ。理論の上でできるのなら、俺は全て再現できる。
「そんなことが…………」
「だから、近いうち二人していってこい。もう俺らは必要なさげだしな」
二人は褒められて口を結ぶ。直接クリアを見られないのは惜しいが、これで二人一気に順位に入る。二か月と少しで五人がトップに入っているのなら、相当順調ではなかろうか。
感極まって涙を浮かべそうになる零。そこへ大振りに肩を組もうとしてきた雷斗が加わったことで、零は噎せて咳き込んだ。
「レー! なーにして────あ、まさかお邪魔だったっすか?」
「いや、ナイスだぜ、雷斗」
「どこがナイスですか……! んの雷斗!」
「わりぃ、わりぃって!」
速力を上げて走る雷斗に、追いかけていく零。それを端で見ている卯月は、心底楽しそうだった。
「じゃあわたしもこれで、あとは二人で楽しんでくださーい!」と何やら裏のある発言を残した卯月は、皆のいる海辺へ走っていった。
「高校生は活気がありますね」
「……そうね」
和やかに海の向こうを見つめていると、満弦さんは再度黙りこくった。緊張しい様子でごくりと唾を飲んでいる。
けれど、覚悟を決めたようで、満弦さんは俺に向かい言を発した。
「何か一言、ないんですか……っ」
「…………? ─────っ!!」
一瞬何のことか、と首を傾げそうになったが、瞬時に先ほど卯月の言っていたことだと推察する。
まさか本当にそれを心待ちにしていたとは思いもしなかったため、二の句を接げなかった。
裏声になりながら、満弦さんの容姿を褒める。
「とても綺麗で…………良いと、思います」
「っっっ!!!!」
満弦さんはその言葉に顔を赤く熟れさせ、手に取ったジュースを飲んだ。直後噎せて呼吸を乱している。手をぱたぱたとさせて、こちらを見ることは叶わず海の方を向いて感謝を述べた。
「あ、ありがとう…………」
そこまで気を動転させるほどの事だろうか……。いやまぁ、事実そうなっているのだからどうも言うまい。
だが、そこでふと俺は思い出した。
『満弦さん。好きな人に骨抜きにされそうなんだけど!』
一日目の夜に、卯月の声をインカム越しに聞いていた。
その言葉の内容を察するに、満弦さんには好きな人がいるのだろう。しかも、中々にして良い雰囲気であると。
「満弦さん、好きな人居たんですね」
「な、なっ!?」
「ちょっと小耳に挟むことがあって」
「い、いや好きな人なんか───」
「満弦さ~ん? 人には『好きなものを好きと言えないのは不理解』なんて言ってたのに、満弦さん自身は不理解で良いんですか~?」
「っ!? 咲夜ちゃん!!??」
突如として再度現れた卯月に、満弦さんは目を白黒させた。あわあわしていてとても可愛────もとい珍しくて好印象だ。
「言わないんですか~?」とニマニマ笑う卯月を差し置いて、こほんと咳払いを一つ。
なお卯月はやってきた女子の軍団に回収されていった。「ったく……迷惑かけんにゃって」「あー! あとちょっとだったのに~!」
何やってんだ、あいつら。
満弦さんを見やると、依然顔を紅潮させたままだった。
だが、震える声で俺に言葉をかける。
「あなたには…………教えない。けど、勘違いはしないで。一昨日の夜の件は誤解。そう、誤解だから。私そんなにはしたなくないから!」
「は、はぁ…………」
満弦さんがはしたなくない事ぐらい分かりきってるが……そこまで念押しすることだろうか。
何はともあれ、満弦さんには返しきれない恩でいっぱいだ。
「今度、夕食を一緒にどうですか? この数日でたくさん助けてもらいましたし。恩返しの一つでも」
「ん…………考えとく」
そしてそれから、飛行機の出立までの間、満弦さんとの談笑を繰り返した。
いつの間にか満弦さんは俺のことを「サトルくん」と呼ぶようになっていたが、それはまた別の話である。
かくして、氷室零と卯月咲夜の三日に亘る恋愛遊戯は幕を閉じた。




