40時限目 闇夜に頬づく哭き横顔に
「私もう無理……」
「どうしたんですか?」
慣れた手つきでアイスティーを持ってくと、満弦さんは俊巡するような手つきを見せた後、おずおずと取った。
今はコースが終了し近隣の散策時間。俺は満弦さんと共にカフェスペースで休憩していた。ここはあまり生徒の訪れるような場所ではないため、無駄に詮索されるようなことはない。
そして、悩みに悩む満弦さんの話を聞こうとしていたのだった。
コースが終了し事前に決めていた落ち合う場所に行くと、珍しく彼女が頭を抱えていた。その酷さといったら……普段の怒る様が霞んで見えるよう。
「例の生徒のことなんだけど……」
「……? 卯月の?」
こくりと頷くと、満弦さんはアイスティーを一口。美味しそうなのが見てとれる瑞々しい笑み。なんとなく見ていて落ち着く。
唇を開けて再度端正に続けた。
「味方をしようと思って進言したのがかえって傷つけて…………」
「味方を……ですか」
想定していたよりも簡素な出来事に、内心ほっとしてしまった。ただ、できるだけ外に出さないように顔を繕う。
「……今大したことないって思ったでしょ」
「─────いえ」
「思ったでしょ」
「────思ったより可愛いとだけ……」
「か、かわ……っ!?」
その程度のことならば可愛いことだろう。
要は誤解を解けば良いだけなのだから。
そもそも、満弦さんの発言に少々呑み込みづらさがある。卯月咲夜が誤解するのも無理からぬことだ。
当の本人は何やら更に顔を赤くしアイスティーを飲んでいるが。
「そういうのって、案外はっきりしちまうモンらしいですよ」
「はっきりって……?」
「俺も最近になって実感しましたけど、教師と生徒って、隔壁されることがよくあって、今回は特に」
「そうなのかな……」
俺は卯月咲夜とは特別接点を持っていない。むしろ接点を繋げば不信感を抱かせてかえって目標が達成できなくなる。叶うならば二人共々ゴールである『トップ5達成』とまで行きたいものだが、やはりそう甘くはない。
「まぁ、気負いせず話しかけてやってください。患者を見るとでも思って」
「その言い種だと若干の語弊が生まれると思うのだけど……。ありがと、元気出た」
にこりと微笑む仕草に、ほんの少し喉をつまらせる。昨夜も見たが……満弦さんはやはり笑っているときが一番綺麗だ。
「……? どうかした?」
「っ! いえ、何でもありません」
「……そう」
思わず見とれてたのがバレそうになる。
だが、気付かれていないようだ。俺はほっと胸を撫で下ろした。
─────腕時計を見ると、時刻は三時半を過ぎた頃だった。
大詰めとなってきた計画に、ニヤリと口端を上げる。
「その笑み……相変わらずね」
「癖ですよ。─────そうだ。満弦さん、卯月と話す機会があるのならちょっと伝言を頼んでも良いですか……?」
「良いけど……また?」
「また、です。お礼は何でもしますから」
「何でもって……他の人に言っちゃ駄目よ? 悪用する人だっているんだから」
照れ隠しのように腕を組み、そっぽを向かれる。何やら小言をぶつぶつと唱えているが、上手く聞き取れなかった。
「あはは……でも、満弦さんなら大丈夫でしょう?」
「っっ!!? そういうとこよっ!」
荒げた声に思わず笑ってしまい、満弦さんはいっそう顔を赤くさせていた。
■■■
『タイミングは花火が上がっている最中、ビーチに来るよう伝えておいた。これで確実に来るだろう』
「─────今までで聞いたこともない自信ですね」
『ハっ、これで外れたらそれこそ論外ってヤツだ』
論外が語るか……、という雑念を放棄し思考を紛らわす。
現在時刻は午後の八時。夕飯も終わり、もうじきで花火が上がるため生徒はみなビーチに揃ってきている。任意の参加だが、大半はもちろん来るだろう。
だが……彼女の姿は一向に見えることはなかった。僕自身少し早めに来ていたため、遅れて来た雷斗と相見える。
「早ぇな、レー」
「ちょっとこれでな」
「……? あぁ」
右耳のインカムを小突くと、雷斗は即座に理解する。何だかんだで勘も頭も良いヤツだ。元々雷斗は手を抜く性格だった。それでもテストでは一桁台を取ってしまうのだから末恐ろしいものである。これまでは僕が一位を取っていたが、はて次回はどうなることやら。
すると、遅れて卯月咲夜と共にいた女子の軍団を見かけた。
おおよそいつものごとく後方に位置しているのだろう。と勝手ながら推測していると、相手の方からやってくる。
「……んにゃ? 咲夜の彼じゃん?」
「彼じゃない……」
確か桜音祇、といっただろうか。彼女は笑いながら「照れんにゃよ~」と近寄ってくる。相変わらず咲夜の姿は見えなかった。悪い予感が少し際立つ。
「あれ? てか咲夜と一緒じゃにゃいの?」
「そんな訳ない……。そっちこそ、一緒にはいないのか?」
「うわ、上からって……にゃに、まさか咲夜実はM?」
小言で茶化されるが、事実見当たらない。
嫌な予感がしてくる。桜音祇は笑いながら、しかしほんの少し心配そうな顔をした。最悪の確率を引き当てる予感をし、桜音祇に質問する。先生の予想が外れたか……? いや、これまでのことからしてそれは考えづらい。
「卯月さんはどこに」
「だから咲夜はいにゃいって」
「…………まさか」
『っ……アイツ、逃げやがったな』
インカムから突如聞こえてくる先生の焦燥。僕はその事実に圧倒されて言葉を接げずにいた。その焦りは周囲へもちろん伝播していく。雷斗までも不安で肩に手を置く中、僕は一人、茫然と立ち尽くすのみであった。
何故? 原因が不明だ。それに、先生のこの焦り具合。想定外のことなんて――――
そこに、悲劇の鐘が鳴る。
「おおぉ! めっちゃ綺麗じゃん!」
「ヒュウ! さいっこー!!」
「たーまや~」
僕以外の皆は、顔を上げた。キラキラと光る夜空に、皆が圧倒される。
そこに一人、下を向き。
絶望を示すように鼓動は反芻した。
──────花火が、打ち上がった。




