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天才様の唯物論  作者: 上海X
月氷連理と恋愛遊戯
42/116

39時限目 白銀色の垂氷

「……?」

「あぁいえ、何でもありません。――――――すみません、わたしはその問いに答えることはできません」

「どうして……?」


 震える水面のように、心に不安感が募る。

 急激に身体の内側が冷えていく感覚に陥る。まるで、眼の前の彼女は私のことを、前とは違うただの別人として捉えられてしまっているのではないかと疑うほどに。


「―――――さ、行きましょう?」



 ■■■


『お前は今告白しても意味がない』

「……わかってますよ」

『再三言うぞ、お前の好感度は今絶望的だ。並の男子より低いと思って行動しろ』

「だからわかってますって! 僕はただ、ムカついてるのを発散したいだけなんですから!!!」


 耳に残る先生の嫌味な発言に何度も心を撃たれる。沸々と湧き上がる苛立ちに全身を力ませた。今は午前中。選んだコースでそれぞれの体験をしている最中だ。

 ちょうど僕は水上競技の体験と言う名目でボートの上でくつろいでいた。

 後方には雷斗が釣りをしている。


『日中は近づくな。……といっても会う機会も少ないか。怒りをぶつけるなら夕方か、それこそ花火の時にでもしてやったらどうだ。望むなら完璧なシチュエーションを確約してやる』

「…………」

『ただの意趣返しじゃつまらんとほざいたのはお前だろ』

「そうですけど」


 この人の考えていることはやはり分からない。

 何かと裏で工作しているのは分かるが……恐らく常識の範疇を軽々と超えているだろう。僕からすれば先生には少し後ろめたさがあった。折角クリアできる条件を満たし、ランキングにも載れるだろう速さで最上階まで到達したというのに、僕の言葉一つでそれを無碍にしてしまったのだから。


 だが、先生はそんなことを何一つ気にしない様子で僕と話していた。これまではせっかちで己が道を突き進む傲岸不遜な人間だと思っていたが、少し考えを改める必要があるかもしれない。

 僕自身、初めはおかしな人の手をとってしまったとは重々に理解している。

 最初はただ雷斗に相談しただけだった――――






 ただ、なんとなくだった。人が人を好きになる理由なんてその程度で良いだろう。僕だって、周囲から異質な眼で見られていた人間だった。


 校則はほぼ自由と言っても過言ではない校風。漫画や二次元でしか男装する女子なんて居ないと思っていた僕は、その光景に酷く不思議がっていたのを鮮明に覚えている。


 ちょうどその時の僕も、自分のことを少し珍しい人物だと思っていたのだ。ただテストの点が良いだけだというのに、気の迷いに惑わされ、他人と関わることを自ら止めていった。外面ではとても器用に、清廉さを醸していた。気が付けば一目置かれる存在になっていたのは事実だ。

 今となっては恥ずかしいことこの上ない。


 そして僕はその時、彼女と自分に何らかの親近感を抱いてしまった。

 他人とは違うことを認めながら、他人と関わろうとしている彼女を見て、少し興味が湧いたんだと思う。馬鹿が何をしているんだろうと思うことはあった。

 それまで僕は、恋愛なんて何が楽しいのか、リソースの無駄でしかないと考え込んでいた閉塞的な人間であったからだ。


 他人が、知人が相手を求めることに何の面白みがあるのか。享楽の一種にもならないと思っていた。


 なぜ、何故、どうして。


 猿だと思っていた人間に何故興味を抱いてしまったのかは分からない。


 ただ、僕は同じ『異質』という名の親近感を、『異質』ながらに人と関わろうとすることの呆けさを、至上に取り扱っていたのかもしれない。

 この情動を勝手気ままに『恋愛感情』と位置づけ、自分を騙したのだ。

 この衝動を馬鹿の一つ覚えで脳にバグを起こし、自分を動かそうとしたのだ。


 馬鹿見たく相談し

 馬鹿見たく視線で追い

 馬鹿見たくともに行動し

 告白もせぬままフラれている


 全く我ながら何をしているのだか。ほとほと疑問である。

 だが。だけれども、この心中に溢れる怒りは、それ以上に不思議でならなかった。


 興味の失せるどころか、別の感情が燃え盛っている。

 親近感はとうに離れていて、それどころか彼女は僕よりもずっと遠い所にたった一人で立っていた。

 意図せず、また意図されて孤高に立つ様に、僕は劣等感でも浴びせられたのだろうか。

 そんなことは分かりやしない。

 分かるのは、僕が奇妙にも我意で動いてるということだけだ。


「……先生」

『…………?』

「変ですよね、恋愛するって」

『何を今更。お前ら挙って全員変だ』

「ふっ、はははっ。何ですかそれ」


 予想外の返答に思わず笑ってしまう。

 後方で釣りをしていた雷斗が疑問符を飛ばすほどだ。先生は続けた。


『感情の発露は人間にしかできない唯一の特徴だ。それなのに行動で示すのは結局皆馬鹿みたいに馬鹿になって「好き」でしか括れない』

「……? どういうことですか?」

『何故、どうして、どこが、いつ、何を。こういう情緒に欠けたものでしか表せないから、「嫌い」を含めて好きになれないから馬鹿になるってこと』

「…………余計わかんないんですけど」

『んじゃお前は馬鹿だ』


 生徒に馬鹿って言うか? 普通。

 この人はやはり勝手で強引だ。考えを改める必要はないかもしれない。

 僕はインカムより外から聞こえる雷斗の声に耳を奪われ、振り向いた。気が付けばインカムの通信も切れている。


「いい加減体験終わるから戻るぞ~」

「はいはい…………って、その魚何だ」

「海辺の近くに捌いてもらえるらしいから」


 だから──────食う、と。

 どれだけ自由奔放なのだろうか……。雷斗は少し先生と似てきた気がする。

 僕は嘆息を一つ吐いて、オールを手にした。



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