38時限目 最低の寝起き
二日目の朝。僕はかつてないほどの怒りと苛立ちに苛まれながら瞳を開けた。
「おふぁ~」
「おはよう、雷斗。早くしないと先生が起こしにくるぞ」
「矢嶋先生ならヨシ……」
「おい寝るなっ!」
隣で再度毛布にくるまる雷斗に罵声を浴びせた。
ベッドから立ち上がり、髪をぐしゃぐしゃとかき立てる。
今日の日程は予め決めておいたコースをそれぞれ周る予定。そして、夕食の時間は有志での一芸披露が行われる。更にラストは昨日のビーチで花火が打ち上げられるらしい。なんと豪勢か。
すると、部屋の扉がコンコンと叩かれる。
「お前達起きろー……。あと三〇分で朝飯だ」
「あ、はーい」「ちっカミドー先生か」
扉越しに先生がモーニングコール。だが、何故やら声は昨夜とは違い元気がない。いくつかの部屋を転々としているのだろう。
僕は私服に着替え、ある程度の荷支度も整えておく。
そして他の皆々も準備が整った頃、カードキーを手に朝食のブースへ向かった。
■■■
「あ、神藤先生。おはようございます。昨日のお昼ぶりですね」
「おぉ……夏燐……おはよう」
朝食ブースの側面に立ち、生徒の見張りや人数確認をしていると、ふと赤髪の少女が俺の前に止まる。鬼灯夏燐だ。皆私服でいるため判別が付きづらいが、彼女は分かりやすくて助かる。
「どうしたんですか? 隈凄いですよ? まさか先生が夜更かしなんて……先生の風上にもおけないじゃないですかー」
「寝れるかっ……あんな状況で」
「……? 状況?」
「……いや、なんでもない」
あんな状況で寝れる訳がないだろう……。
寝床は満弦さんに使っていたため俺は夜通しソファで寝ることになった。だが……密室で男女二人きりという状況に、いつ理性が外れるか分からなかったためこっそりホテルの誰の眼にもつかないラウンジで一晩明かしたのだ。
その上、頭が働いていなかったせいで昨晩カードキーを取り損ねた。よって彼女が目覚めるまで俺は中にすら入れないというデッドロック状態。
そんなことを説明しようものならゲーマー以前に教師としての尊厳が失われクビ直行である。言えるわけがない。
途方に暮れながら夏燐に向けて苦笑していると、猛スピードで歩いてくる女性。すぐに俺は満弦さんだと気付いた。
自室へ戻り着替えたようで、昨夜の格好とはうって変わってラフだった。
顔を真っ赤にさせて俺の眼前までくると、俯いた状態で胸にあるものを押し付けてきた。
─────カードキーである。
すると彼女は、とても小さな、それこそ俺と夏燐ぐらいにしか聞こえない声量でこう言った。
「昨晩は……ごめんなさい」
「!? 謝ることなんて!」
「それじゃぁ! ───────」
それだけ言い残し、満弦さんは遠くへ逃げていった。俺が連れ込んだ分俺に落ち度がある。決して彼女に非はないのだが……
─────それよりも夏燐がガクガクと震えていた。
「せ、せせせせせ先生…………」
俺のカードキーを見つめて恐怖と現実逃避に走る。それも当然だろう。
何せ男性の個室のカードキーを女性が渡していたのだから。
瞬時に焦って取り繕おうとするも、更に目先の少女は驚いた様子を見せた。彼女の視線の跡を追うと、俺のヨレたワイシャツに────というよりも、胸元の肌に集中していることが分かる。
「せ先生……その……胸の痕って……」
「胸……? ───────ッッ!!!」
その時俺は理解した。
昨夜、満弦さんの唇が俺の胸元に当たっていたことを……。そして更に、彼女はドレスを着ていたのだから、当然口紅も控えめであれどつけていたということを……っ!
ずっと疲れていて気付いていなかった。けれど、それでなんとか説明のつく話でもない。
夏燐は今にも火を吹き出しそうなほど顔を真っ赤に熟れさせている。
完全な事案発生だ。取り返しもつかない。
幸い、夏燐以外は既に朝食を摂っており、聞かれてはいない。
そして閃光の如く光速で回転する脳回路が一つの打開策を案じた。
「夏燐、今見たのは忘れろ」
「い、いやいやいや無理でしょ!? 無理ですって!」
「なら忘れなくても良い。口外守秘だ。代わりに姉貴の好物でも教えてやる。後で満弦さんにも弁明してもらうが」
「っっ!!」
教師が生徒を買収する、といういかにも悪辣な手法を取っている事態に心底後ろめたく感じた。が、今起きた事実は紛う事なき真実だ。弁明のしようがない。
逡巡の後、嘆息を一つ吐いた夏燐は、首を縦に振った。
「分かりましたよ……」
心中で大きな安堵を零す。
そこでふと、計画の適任者であることも思い返してしまった。
(本来はもう少し対等に行くべきだったんだが……)
こんな事案が発生してしまってはどうしようもない。俺はそのまま夏燐に対して交渉を持ちかけた。
「あぁあと、ついでにもう一つ頼み事があるんだが」
○○○
「(あああぁぁぁもう私は! 一体何してるの……)」
朝食の時間が終わってなお、私はずっと頭のなかで悶々としていた。
昨夜の出来事は鮮明に覚えている。
咲夜ちゃんとお話をしていて、ある程度の時間が経った後で部屋に返した。それから一人で購入していた洋酒を呑んでいたら、いつの間にか看守の時間になり、衝動で…………。
ぶんぶんと頭を振り、理性を保つ。
あの時の私は少しどうかしていた。
「仮にも仕事の一端を担わされたっていうのに……」
気を取り直して、眼の前の光景に集中する。
分担された個別のコースに割り振られ、現在はバスから目的地まで歩いている途中である。
ちょうど私の担うコースは咲夜ちゃんのいる所だった。
「そういえば、あの後の咲夜ちゃんは……」
確か、彼が眼につけていた生徒に告白され、振った。
何故なのかは私でさえ分かるものではない。が、彼女に幾許かの好意はあったのは確実だろう。ただそれが、告白に応えるに至らなかったか、はたまた――――。
「満弦さーん? 満弦さーん!!」
「――――っ!! 咲夜ちゃん」
「どうしたんですか? ぼーっとしちゃって」
「いいえ。何でもないわ」
「また神藤先生のことですか?」
「ちっちが……」
慌てふためくさまに周囲の生徒がこちらを振り返る。頬が紅潮しているのが分かる。眼前の少女は悪戯っ子のような笑みを浮かべてからかっていた。
「早く行きましょ? わたしの選んだコースはですね……」
「ねぇ、咲夜ちゃん」
「? なんですか?」
逡巡してしまう。だが、私は今この限りはこの生徒の教師であり、悩む生徒を放置しておく訳にはいかない。恐らく、彼が同じ立場に立っていたらそうするだろう。
私は、鋭利なナイフを突き立てる。
「―――――満弦さんは、わたしの肩を持ってるんですか? それとも、向こう側の人ですか」




