36時限目 だけどもし、救えるいつかが来るならと
「キャー♡ 誰ですかこの美少女は!」
「待て待て落ち着けサヤ……。紹介するから」
サヤ……卯月は俺の指示を聞くことなく、眼の前の女の子(氷室)に抱きついていた。当の氷室は卯月に抱きつかれて放心状態。また、後ろに立つ女性も苦笑を浮かべている。
今は氷室を呼んで数分、時刻は夜の十一時。始まりの街で四人で集まって居た。最初と違いさっさと行動するわけではなかったため、俺の個人情報は氷室の【フェイク】で周囲にはバレないようにしてある。見抜けるのは相応のアーツを用いない限り不可能だ。
「改めて、今日一緒に行動するレナだ。俺の連れで、ちょっと最初は壁があると思うが仲良くしてやってくれ」
「よろしくお願いします……」
「はーい♪」
俺は隣の氷室について自己紹介をする。本名を言ってしまってはすぐバレてしまうため、諸々の情報はアーツで隠蔽することにした。だというのに、卯月は一度会話を交えただけで、すぐに疑念を一つ投げる。
「レナちゃんってもしかして男の娘?」
「へっ!? あっ、はい。中身は男です」
まずったか……、と思ったのも束の間。卯月は更に目を輝かせて氷室に歩み寄った。手を取りぶんぶん振るわせている。
「やっぱり! なんかそうじゃないかな〜って思ったんだよね! わたしもそうなの。こんな見た目してるけど中身は女子高生やってるから。改めてよろしく!」
「はい、よろしくお願いします」
「かったーい」
気さくな態度に反することなく、とても前傾姿勢で話しかける卯月。ネットの中ではこういった部類は普段は少ないというのだが……。割り切れているのか、それとも純粋に天然なのか。とても楽しげに会話していた。
もしかしたらゲームよりネットリテラシーの授業をしないといけないかもしれない。
「満弦さんも来てくれてありがとうございます。あんまりゲームはしないって聞いてたので……ちょっと嬉しいです」
「わ、私はあくまで付き添いで……って私のことはどうでもいいから!」
「あの二人お似合いじゃない?」
「うん、確かに」
「お前らなぁ…………」
氷室と卯月の小言に満弦さんが顔を赤らめている。俺はともかく相手にとって迷惑に当たるだろうから注意せねば。
かくいう満弦さんは初期装備ながらも厚い服装を纏っていた。あまり慣れていないのだからその辺りで良いだろう。問題は卯月の格好が燕尾服で統一されているということなのだが……。
「サヤ、その格好は?」
「? カッコよくないですか?! 男性衣装限定なんですよこれ! これで女性プレイヤーと遊ぶのが楽しみなんです」
「…………まぁ、趣味は、人それぞれだし、な」
とても楽しそうな卯月の表情を見て、俺を含め満弦さんと氷室は考えることをやめた。だが、ビジュアルの関係上、女性プレイヤーからの注目の的になっていた。俺は即座にクエスト一覧を開き、四人で遂行可能なクエストを選択する。
「さて、早速だがここでも上を狙っていくか。狙うは最高難度クエストの最速クリアだ」
最高難度クエスト――――『ヴィーナスの試練』。十層にも及ぶ塔の踏破。だんだんと推奨レベルが上がっていき、最後は先ほど倒した火竜よりも数段レベルが上だそうだ。そして、屋上階で二人で鐘を鳴らせばクリアというもの。勿論十階層全てをクリアしないと鐘は鳴らせず、不正は不可能。荒業でクリアしようにも相当時間がかかる。
「えぇぇ! わたしまだクリアすらしたことないんですけど!」
「安心しろ、ここにいる面々はお前以外全員初心者だ。サヤ、お前がリードしていくんだ」
「余計安心できる要素がなくなったんですけど!?」
その言葉を発すると、卯月の当事者意識が覚醒する。自分から何かを牽引することはあまりなかったのだろうか。少し気後れしている様子だった。だが、どうにか卯月に指揮を任せないと氷室との一対一を作るのは難しくなる。俺が引っ張ってしまっては元も子もない。
「分かりました……。頑張ります」
「よし、じゃあ行くか」
■■■
「これってこっちで合ってますかね?」
「うーん……うん! 合ってると思う!」
転移されて数分。最初のクエストは宝箱の発見。
とても簡単な内容すぎて気後れしてしまう。僕は卯月さんとマップを広げて、宝箱のありそうな箇所を巡っていた。
満弦さんと先生は後ろで和やかに話している。この二人は二人で既にカップルなのか……?
まだ僕は氷室 零であることをバレてはいない。その点に関して言えばセーフなのだが……。
少し気になることいえば、先ほどまでリアルで話していたときよりも幾ばくか砕けた調子で話していた。
「それでね〜。友達の水着が可愛かったからつい抱きついちゃって〜」
「サヤさんはそんなに女の子好きなんだ。なんでそんなに好きなの?」
「わたし可愛い服着てる娘には目がないんだぁ。あぁあと、呼び捨てでいいよ〜」
少し前に歩き、後ろ手で組んでこちらを振り返る。男性の顔になっているため可愛いと言うより綺麗という方が適しているが、きっと中の表情はもっと可愛いのだろう。
そんな表情に、少し胸が痛む。
現実で話していればそんな柔らかな表情を僕に向けることは一切なかった。当然だ。だって僕は男なのだから。たとえ中身が同じだったとしても、ガワ次第―――顔が割れてないだけでこんなに対応が変わってきてしまうのは道理だろう。
それはつまり、この姿ではどれだけ好意を寄せていても意味がないということであり、現実の僕ではここまで心を開いてくれないということ。
「(なんで先生はこんなことをやらせるんだ……)」
「ん? 何か言った?」
「いや、何も」
あくまで卯月さんには悟られてはいけない。中身が僕だとバレてしまえば騙していたことになってしまう。それだけは駄目だ。このアーツがある以上、絶対にバレないようにしなければ。
「そいえば、サヤのアーツはなんていうの?」
「わたし? わたしのアーツは【ヒール】。対象を回復できるアーツだよ」
「へぇ〜。こういうところなら役に立ちそうだね」
「そいえば、レナちゃんはあの人とはどういった知り合いなの?」
「あぁ〜…………」
思えばバレないようにするには偽装が必要だった。どうしようか。ここでバレてしまっては本末転倒だ。どうにか手立ては――――。
「コイツは俺がこのゲームを始める時に手伝ってくれたやつなんだ。最初のクエスト挑むにもまさかペアが必要だとは思わなくてな。中身が男だったら誰でも良かった」
「なるほど」
「今回はサヤのトップ入りを目指しているから、全力で挑んてくれよ」
「はーい」
思わぬ助け舟が飛んできて、先生に心中で感謝を述べる。確かに先生は僕が居なければ成しえなかったろうが、それは僕としても同じだ。
程なくして第一階層の目当てである宝箱を探し当て、クリアした。最初にしては随分と早いと思う。勿論、【スコープ】や【千里眼】を使えばもっと早かったろうが、先生は「今無理、別のことに使ってる」とのこと。僕たちは引き続き、次の階層へ向かった。
「次は……」
「『二人で全ての蝋燭に火を灯す』か」
ステージ開始時に引火用の手燭を渡されてる。雑魚敵が出てくるステージだそうから、手燭を守る人と雑魚敵を払う人に分けて戦うのがベストだ。
「じゃあわたしが守るから、レナちゃんは火を見ててね」
「いや、ここは男の僕の方が戦ったほうが」
「ここでは女の子でしょ? それに、わたしの方がレベル高いから♪」
そう言って僕の方へ手燭を渡し、卯月さんは装備を構えた。死神の鎌のような大仰な武器。辺り一帯を薙ぎ払えるレベルの得物だ。
その間、後ろの二人はなんの協力もせず進んでいた。折角の現場だと言うのに何で協力しないんだか。
雑念も束の間、雑魚敵が僕の元へ襲ってきた。直ぐ様、卯月さんは鎌で敵を一掃する。
「凄い……」
「へへっ。これくらいならお手の物だよ!」
「っ! まだくる」
僕は応戦できないため、卯月さんが全てを対応してくれている。ありがたいが面目は丸潰れだった。
大方一掃し終わった卯月さんは一息ついて、僕の方へ笑みを向けた。
「怪我はなかったかい? お嬢さん」
「っ! なにそれ♪ カッコいいけど……僕相手じゃ」
「なっ!? これなら大抵の子なら落とせるのにぃ」
「だから僕は女の子じゃないって」
談笑を繰り返しつつ、その他のクエストもクリアしていった。氷室零ではない僕として、卯月さんと距離を詰めていく。まるで自分が自分じゃないみたいに感じてしまう。
宝箱の捜索に始まり、蝋燭の着火、謎解き、複製体の撃破。色々と会話することで相手のことは深く知ることができたと思う。普段話していれば絶対聞くことがない話題すらも。気付けば相当多くの階層を踏破していた。だが、それだけ一層自分が自分であることを露呈しづらくなった。
「…………」
一つだけ、歩いていて疑問に思うことがあった。現実でもゲーム内でもボーイッシュを目指している彼女は、何故そこまでして男装をするのだろうか。
ゲーム内として、はまだ分かる。相手とする対象が女性になり得ないため致し方ないことだ。
だが、現実ではどうだろうか。わざわざ男装をする理由が分からない。結局女子と戯れているのならば、無理をしてまで男装をしなくていいのではないだろうか。まるで理由が女子に向けてのものではなく、自分自身のためのような―――――。
「サヤは…………」
「……ん?」
ギリギリのところで留まる。危ない、これで現実の話を聞いてしまっては、僕の正体がバレてしまう。
なんでもない、と切り捨てて次の地点へ向かった。
「さて……次の階層のクエストは――――」
「『氷竜の討伐』……かぁ」
またしても、絶望が目の前に現れた。さて、どうするか……。流石にこればかりは二人でどうにかできるとは思えないため、後ろの二人に助けを求めようとした。だというのに――――。
「ねぇ……。いつからあの二人って居なかった…………?」
「…………え」
見る影もなく、消えていた。




