35時限目 バカになる原因
「あの!? なんで僕のアカウント女性になってんですか!?!?」
夜明かりが爛々とした街中で、僕は先生へ文句をつけた。僕の服装はフリルのついたピンクと水色を基調とした服に、女性らしい顔立ち。肌は白く髪色もクリーム色に変化していた。眼前の先生はやれやれと行った顔でチャットを打つ。
「あーうるせぇうるせぇ。いいからチュートリアル終わらせるぞ」
――――ここはVRで作られた仮想空間だ。指定された時間に先生からログインするよう伝えられており、アバターを作り終えた後で始まりの街にいる。言いたいことは山ほどあるが、先生からは応える気が一切ないようだった。
先生は僕のことなぞ興味もないかのように、振り返ってクエスト画面を開く。因みに先生の服装は黒と赤のコーディネートで、ファッションに疎い僕でもカッコいいと思うデザインだ。
改めてゲームの主題を確認する。このゲームは与えられたクエストを通し、オンライン上の相手の好感度を上げて好きな相手に告白する、またはされて結ばれればクリアとなる。
ただ単に落とし合うだけじゃマッチングアプリと大差ない。そこでこのゲームではクエストをクリアして互いを知っていくという主旨があるそうだ。顔の知らぬ相手と恋に落ちるなんてことあるのか……とも思うが、どうやらそこがいいらしい。
高校生以上しかゲームを遊べない仕組みなのも頷ける。
そして僕は初期設定の男女選択で、先生の【全権】を使われ強制的に女性にさせられた。当の本人は「今日は運がいいぜぇ〜」などとふざけた台詞を口にしている。こうなれば【フェイク】を使って、性別を変えてしまえば―――――
「因みに卯月は男性を選択してるからな。このままじゃクエスト受けられなくなるから【フェイク】を使うなら覚悟しとけよ」
「なんでですかっ!!!!」
卯月さんが女性好きということは重々承知だったが、まさか自身の性別を男性にしているなんて思いもよらないだろう。いや、世の中じゃネカマやネナベなんてものはよくいるのは知っているが、この後を考えるとその二人が恋愛するなんて頭のネジが外れてる。
先生は良いクエストを見つけたようで、すぐに受注し集会所に連れて行かれた。僕は当然始めたばかりであり、装備品やステータスは最初期のものだ。卯月さんは少しやり込んでいるらしいため、追いつくために先生がランク上げを手伝ってくれるようだった。
「さてさて……最初のクエストは『火竜の討伐』か」
「いやいやいや馬鹿でしょ何ホンモノのRPGのクエストみたいな高難度受注してるんですか!?」
「だってこれがランク上げにちょうどいいし……」
冗談の一つもなく本気で告げた先生は、にこやかに僕(私)を連れて行った。因みに先生は男でやっている。なんでだよ。僕からすれば圧倒的に絶望の類いだ。
「ちょうどいいしこれで主目的の一つも達成できるからいいだろ」
「主目的……? まぁ、はい」
また先生は僕へ別の動機でなにかをさせているようだが…………乗せられるしか今は他に道がない。現在時刻は夜の一〇時。VRゴーグルを外せば雷斗達がまだ部屋で遊んでいる。先生についていくと、目的地へすぐに着いた。
先生はアーツ【千里眼】(……対象の居場所を感知できる)で即座に火竜を見つけていた。【キャンセル】を使ったり【千里眼】を使ったり、ルールの書き換えを行ったり、本当になんでもかんでもし放題だ。
「氷室。【フェイク】で透化してくれ」
「はい、分かりしました」
先生の指示の元、僕はアーツを用いて先生と僕を透化した。火竜は視覚だけでなく、嗅覚や聴覚でも感知できる。と先生の口から述べていたのだが……。先生は火竜の後方から全速力で走りに行くと、目視で一〇メートル以上も距離がある状態から跳躍した。
瞬きの間には先生は物理法則を無視して、空中に対空し大斧で殴りかかる。先生の行動に圧倒されていると、僕に指示が飛んできた。
「氷室は長銃で援護してくれ!」
「! 了解です!」
会心の一撃が火竜に叩き込まれる。【フェイク】の効果は消えたも同然だが、先生は僕の援護なしでも倒しきれそうなキャラコントロールをしていた。ペアや多人数イベントに関わることのない先生といえど、一度触れたらコントロールもクソもなく全てを理解し蹂躙し尽くせるのだろう。本当に殿上人と今ゲームをしているのだな、とつい感慨に耽ってしまう。
そんな雑念に駆られていると、はやくも最後の一撃で先生が仕留める。クエストクリアの表示が写され、報酬が送られた。
「ふぃ〜。お疲れ、氷室。よくやってくれたな♪」
「僕がいなくても先生一人でなんとかやったんじゃないですか?」
「まぁなぁ」
嘘偽りのない発言に、謙虚の一つなく答える先生。気付くとフィールドから退場させられ、最初に居た集会所に戻された。僕のレベルは通常では考えられない程上がっている。バグやチートを疑われてもおかしくない程だ。先生は自身のステータスを弄りながら僕へ告げた。
「よし、卯月はもう少し後から来るだろうから。一旦休憩挟むか」
「はい」
「じゃあ、俺はショップ漁ってるから、呼んだら来てくれ」
「分かりました……」
自由人の行動を放置して、一旦VRゴーグルを外す。現実では雷斗は誰かと連絡を取っており、他の面々はスマホでゲームをしていた。
「あ、レーが戻ってきた」
「あぁ、少し疲れた。ちょっと外の空気吸ってくる」
「いてらー」
雷斗の軽い返しを耳に、僕は扉の外へ出た。完全就寝時間は十一時。今の時刻は一〇時半だから、あまり外に出るのはよろしくない。
自販機か土産コーナーで飲み物と軽い飴か何かを買おうと思い立ち、向かった。
「っ! びっくりした」
「あれ? 氷室くんだぁ〜お昼ぶりだね」
そんな所へ、偶然か必然か。意中の相手が一人でいれば、心臓も飛び跳ねるものだ。
卯月さんは自販機でペットボトルの紅茶を買っていて、ちょうど帰ろうとしていた所だった。ホットパンツに、上着は軽く今にも開けそうな姿。直視するのさえ申し訳なく思ってしまう。僕はどうにか正気を保つために視界から外した。
「もしかして氷室くんも眠れない感じ?」
「あー……。まぁそんなとこ」
本音を言うならばこれだけ話していては精神力もぐっと消費される。今寝ろと言われればすぐに眠ってしまえるレベル。それはそうと、口ぶりからして卯月さんも眠そうだ。
「卯月さんはまだ起きてるの?」
「うん〜。明日も早いんだけど、ちょっと満弦さんに誘われてお話してたとこ♪ 今帰りなんだ〜」
「満弦さんって――――あぁ、夕食の時のあの人」
「そうそう! まさか臨時の教師とは思わなかったけど。凄い美人じゃない!?」
「それは同感するよ」
「それに、満弦さん。好きな人に骨抜きにされそうなんだけど!」
僕としては眼の前の相手の方に意識を持ってかれてそれどころの騒ぎじゃない。それに、会話の種すら見当たらない。僕は自販機で低糖の珈琲を買うと、後ろで待ってくれていた卯月さんと共にそれぞれの部屋へ向けて歩く。
「氷室くんって低糖買うんだ。なんか意外」
「意外って……。僕はあんまり苦いのは好きじゃないだけだよ。微糖とか無糖は飲めはするけど好き好まない」
「分かる〜! わたしは低糖でも前ちょっと試して駄目だったんだよねぇ」
「へぇ……。じゃあ今飲めるか試してみる?」
「ふぇっ?!?」
卯月さんは危うくペットボトルを落としかける。別に僕はまだ口をつけていないから問題という問題はないのだが……。想定以上に僕の発言に反応を大きくさせている。
「氷室くんってその、間接……的なのは気にしない派?」
「? うん……。そういう経験があんまりないのもあるけど、別に相手が気にしないなら僕も気にしないかな」
「そ、そうなんだ……」
そういうと、手を少し震わせながら僕の缶珈琲を手に取った。何も口に出していないのに頭の中をフル回転させているのが容易に想像できる。彼女は意を決して蓋を開け、珈琲を一口飲んだ。
「―――〜〜〜!!!! にがぁ」
「っくくっ」
「なっ!? 今笑った?!?」
あまりにも表情豊かにしていたもので、つい笑みが零れてしまった。僕の胸元に突きつけられた缶珈琲を受け取ると、それを飲み込んだ彼女は僕の笑いに少しだけ怒ったような表情を見せる。
「ごめんごめん。あまりにも表情が面白かったからつい」
「それ反省になってないって〜!」
直ぐ様紅茶を飲んで、落ち着かせている彼女。バカップルの行動じゃないんだから、あまり勘違いを起こすのは止そう。彼女は僕と僕の持っている珈琲に恨めしげな表情を見せていたが、外の景色を見ている内にそれも忘れていった。
「めっちゃ綺麗じゃない!?」
「確かに」
「む……。なんか反応がたんぱく」
「っ。しょうがないだろ……異性と話すことなんて早々なかったんだから」
「へへっ♪ じゃあ昼間の仕返しだ♪」
「っ!! 全く…………」
弄ばれている。あぁ、なんて僕はチョロいんだろう。チョロすぎて嫌になる。そして手にした缶珈琲を口に含もうとした瞬間、つい止まってしまった。
間接キスってされる方もする方も普通に恥ずかしいものなのか……!
僕が飲もうとして硬直する様を見て、卯月さんは更に面白がって僕を見ていた。
「ほぉらやっぱ恥ずかしいんじゃん」
「っ…………。こんなだとは思わなかった」
これ以上弄られては客観的に見て見るに耐えない。意を決して缶に触れ、飲んだ。隣では卯月さんが少し圧倒された様子でこちらを見ている。
飲んだ後は少しいたたまれない空気になった。
「あ、じゃあわたしこっちだから」
「ん、じゃあまた明日」
「そうだね、おやすみ♪」
「っ……おやすみ」
階段を上がっていく卯月さんを見て、視界から外れたあとで蹲る。これは駄目だ。恋愛は人を馬鹿にする。なんてものに触れてしまったのだろう。
「自分が情けねぇ……」
より一層恋愛感情を自認する要因になってしまった。このままでは本当にヤバい。どうにかしないといけない。
そう思っていた所へ、奇しくも先生からの着信が鳴った。それも当然。彼女を対象としているのだから、彼女がゲームにログインすれば半強制的に呼び戻されるのは道理だろう。
問題は僕の正体がどう扱われるか、だ。




