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天才様の唯物論  作者: 上海X
月氷連理と恋愛遊戯
35/116

33時限目 気付く男と気付かぬ男

 水着に着替えて自由時間。私も例にもれず着替えて、彼と同じビーチパラソルの下で涼んでいた。目の前の相手は私のことなど見る気もなくPCをにらめっこしている。せっかくの休暇だというのに。


「あなたは結局仕事してるじゃない……」

「いや……はは。生徒の進路相談には短いながらも応えなきゃいけないですし」

「ふ〜ん……」


 口ではそう言いつつも、一体誰のことを指しているかはわからない。私としてはとりあえず二人きりで居られる分には悪いことではないから、まぁ結果的には良い。

 リゾートホテルの部屋が近隣になっていたのは恐らくあの水瀬さんの仕業だろう。いくつか言いたいことはあるが、それも悪くはないのでよし。


 問題は、大して発展した会話の生まれないこの状況である。特段私自身から話題を振ることがないため、どう話しかけていいか分からないが……。この際だから、実際の仕事風景などを聞いてみたい。


「───って、思ってても今の状況だし……」

「? 何がですか?」

「何でもない!」


 ムスーっとした表情をしても、気づいているのか気づいていないのか無反応。これだと私の一人相撲ではなかろうか。そう思われるのでさえ嫌になってしまう。

 折角新しい水着も新調したのに当の眼前の人物は褒めてもくれないし。


「あなたは―――――」

「……?」


 ふとその次の言葉を出そうとして、止まってしまった。別に続く言葉が見つからなかった訳でもない。まして会話以上に圧倒される出来事があった訳でもない。

 純粋に、私自身が彼の名前を一言も呼んでないことに気づいたのだ。さっきは私のことを呼び捨てで呼んでなどと言った癖に、自分自身は棚上げ状態。――――といっても今更になってどう呼ぶべきか分からなくなる。


「私。……あなたのこと――――」


 すると、彼は瞬時に私がそのまま言を紡ごうとしたのを急激に遮った。彼の手の平が私の唇へ触れてしまう。

 いきなり起きた出来事に理解が及ぶわけもなく、ただ彼の手が触れていることに思考の大半を奪われ、何も考えられない。頬が紅潮していくのが自身でも感じ取れた。


「だ、駄目ですって! い、今は流石に人目もありますし、そういうことは誰もいないとこで……」

「……はぇ?」


 私が後続の言葉を言わないと|理解した

《わかった》せいか、安堵の表情とともに息を吐く彼。彼の手は離れ、けれど私は手を力んだまま硬直しっぱなしだった。……だが、何がそんないけないことなのか私には分からない。


「そんなに大事なこと……?」

「いや大事でしょう!?」

「……そ、そっか……。なら、また後で話します……」

「っ……そうしてくれると助かります……」


 謀らずも丁寧な口調になってしまった。だが、彼の動きはそれ以上におかしくなっていた。テーブルの上のペットボトルを掴むのさえ動揺を見せているほどだ。

 私はこと恋愛においては全くの初心者だ。周囲が盛んに相手を求めているときも、変わらず研究に没頭し青年期を過ごしてきた。当然、男性の心情なんて分かりはしない。だからこんな状況になっても、彼がどんなことを考えているのかなんて、分からない。


「(分かりたいのに……)」

「……? 今、何か」

「……何でも」


 彼の顔を見ると、やはり私はこの人を好きなのではないかと感じてしまう。これが好きかなんてのを論理や事実を照合して確かめるほど私は無粋ではない。

 だが、見ているとこう。胸の(うち)が熱くなってくる。

 整った眉に、大雑把であるが梳いてある黒い髪。茶色の瞳孔。薄く淡い唇に、優しげな暖かい手……。


「……さん、満弦さん?」

「!? ど、どうかした?」

「いえ、じんまりと俺のことを見てたので」

「へ!?」


 私、そんなに彼のことを凝視していた!?

 ちょっと待って。恥ずかしくなってマトモに顔が見れない。彼もちょうど同じように落ち着かない様相をしていた。────が、しかし。ふと彼の着信音が響き、私は我に返る。彼もまた、気を取り直して微笑に耽った。


「……♪ タイミング的には上々かな」

「どうかしたの?」

「いや、ちょっとした野暮用(イベント)です」

「ホント大好きよね……イベント」


 微笑む彼の裡は、おそらく途轍もなく何かを企んでいるようで、不思議ながらもしたり顔は私の呼吸を失わせた。

 ふと彼は席を発ち、私へ言葉をかけた。


「何か飲み物要りますか?」

「大丈夫────と言いたいところだけど、今朝の件があったから……一緒についていくわ。(また厄介な人に絡まれるのもごめんだし)」

「……? 了解です」


 私も席を発って、彼の方へ行き隣へ付く。

 こうすれば無駄におかしなナンパに出会すこともないだろうし、何より彼に付こうとする高校生への牽制にもなる。

 本当は腕へ抱きつきたいというのもあるが……はしたなく思われるのも嫌なので、我慢する。


 そこでつい、ある高校生のことを思い出した。


「そいえば、ハワイ(ここ)であなたに会う前に、一人の女子生徒に出会ったのだけれど」

「どうかしたんですか?」

「いえ、目端の利く()がいて、気になっただけ」

「そんな生徒も在るんですか……まだまだ俺も生徒のことは分からず終いで。彼等もこの際、学校以外の開けた空間に居るんですから、機会があったら話してやって下さい」

「うん、そうするわ」


□■■


 ――――本日の自由時間も終わりディナータイム。僕は雷斗達と共にホテル内の講堂スペースでバイキングの時間を過ごしていた。

 

「うぉいうぉーいもっと食おうぜ? レー」

「雷斗……もう少し嗜みっていうモンはないのか? それじゃパーティーで酔って暴れてる人間と変わんないぞ」


 後方からがしっと肩を組まれる。

 声と頬に触れる金髪ですぐに雷斗だと気付くと、彼自身はスプーンを口に挟みながら答えていた。今は皆、披露宴のように立ちながら白磁の皿に載る料理を取り嗜んでいる。


「節度なんてオレに求めんな求めんな。そういうのはもっと高尚で気品のある奴らのやる事だ。特にあぁいう先生達みたいな……って」

「なんか先生達……全員スーツだな」


 生徒は全員制服。教員もスーツや簡素なパーティードレスを着こなしをしているため、さも状況は気品のあるパーティー会場そのものだった。ふとジンドー先生を探そうとすると、その姿は例に漏れず畏まったスーツ姿である。

 何やらドレスを着こなした先ほどの茶髪の女性と会話をしているようだ。すると、校長先生が参入し三人で何やら話し込む。


「ま、気にしないでいこーぜ」

「─────それもそうだな」


 雷斗の呼び掛けに応えて、僕はまた料理を取りに行った。

 現状留意すべきは茶髪の女性や先生の事ではなく、自分自身と今後の行く末である。

 このまま行けばもしかしたら告白は成功するかもしれないが、失敗すればその先は明らかなる地獄だ。万全を喫して再度話しかけに行きたいところだが……何故か先生からは「今日はこれ以上無闇に近づくな」とのお達しが届いた。


「悩んでんなァ。そんなにそわそわしてたら引かれるぞ」

「うるさい。そりゃ悩みもするさ。人生初だぞ」

「はっはっは笑える」

「笑い所ねぇから!?」

「だってレーが告白だなんて……くくっ♪ 想像するだけで」


 腹を抱えて笑いを堪えようとしているも、表情からは反省の色が全く見えない。叩こうとしたが、雷斗が食器を持っているようだったため止めにしておいた。今は他の面子は別の場所へ行っており、馴染みの深い二人だけである。


「にしてもなにゆえ好きになったのさ」

「さぁな。そんな深掘りするくらいなら恋愛漫画でも読んでた方がまだマシさ」

「要は知らぬ間に、と」

「ぅっ…………うるさいっ」


 世の中のカップルに『いつから好きだったか』と問うても、たいてい特別な事象がない限り『いつの間にか』という返答が大半だろう。

 僕もその有象無象と同義だ。だが、それをつまらなさそうに聞いていた雷斗は心底から溜め息を吐いていた。


「レーのことだから何かあると思ったのに」

「なんで僕が……」

「オレを上回る天才が、他人(ヒト)の感情をゴミと扱ってた人間が、こうも変わった理由聞くのは普通だろ」

「それは…………─────っていうか、天才っていってもそれは雷斗がいつまでも本気でやってないからだろ」

「それは別だっつの。……それにこれからは本気でやってこうとも思ってるし」


 呆れ顔を向けて、直後二人して笑う。何やら先月は先生のアテでゲームの大会に出場していたらしい。しかも、悪評の立つ『凪』のトップを師事して、だ。僕の【フェイク】を使って何をするのかと思っていたが……、聞いた話では大会で師範を出し抜くほどだそう。何やら心境の変化でもあったのだろうか。そんな事を考えいると、不意に講堂の照明は暗転した。

 呼応するように男性教師がマイク越しに室内一体に聞こえる声量でアナウンスをする。


「生徒全員、静かに。これから校長による挨拶と、講師紹介。並びに引率者の紹介を行います。一同、気をつけ─────」


 教員の声が切れると、壇上のみに照明が点けられ、静かな歩調で堅いドレスに身を包んだ校長が歩いてくる。

 一礼後、校長はマイクに顔を近付けた。


「生徒、職員含め諸君。今一度、この修学旅行の機会を与えられたことにとても喜びを感じている。─────初日の今日は楽しめただろうか。またとない機会だ、存分に青春を味わってくれ。僕からは以上、是非節度と良識のある行動を期待しているよ。…………そして、この際紹介もこちらで行わせてもらおうか」

 固定してあるマイクを取ると、何人かの教師がそそくさと台を退かす。そして校長の「入ってきてくれ」という合図に反応し、先生と茶髪の女性が揃って壇上へ上がってきた。


「二人のことを知っている人物も在るだろう。先に職員の方を─────神藤知先生。言わずと知れた『ゲームの天才』。特別科目『遊戯』の担当をしている教師だ。そして、そちらの女性は矢嶋満弦女医。『先端医学の最高峰』と謳われる眼科医だ。今回の修学旅行に限り養護看守として派遣させてもらったため、皆会ったら挨拶を忘れないように」

「「「おおおぉぉぉ!!」」」


 生徒が皆驚きと感動に、黄色い声と拍手が溢れる。

 あの先生は特筆してテレビやネットに取り沙汰される人物であるし、茶髪の女性────矢嶋さんも美形でスタイルもよく、何より有名な人だ。年頃の高校生が騒がない訳がない。まさかそんな人が先生と一緒にいるとは思いもしなかったが。


 生徒達観衆に驚いてしまったのか、二人は壇上で顔を合わせ苦笑と微笑に耽っている。

 それはまるで新婚夫婦のような情景だったが、悪意を以てこうなったとも思えなくもない。まるで挙式じゃないか。

 すると、隣の雷斗も騒いで僕に声をかける。


「あの人めっちゃ可愛くないか!?」

「はいはい」


 神藤先生はある程度の自己紹介を経た後、マイクを彼女へ渡すが、その時の彼女の表情はまるで恋する乙女のようだった。機微としては緊張と取れなくもないが……一部の層には分かるだろう。殊更今の僕にとっては敏感な話題だ。


 なんだか見ていてとても恥ずかしく感じたため、僕は他より早く部屋へ戻った。


 因みに、その後すぐに先生が彼女の手を取って歩いていったため、噂は噂を呼び、あの二人はデキていると一部の間で誤解が生まれた模様。


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