32時限目 炎天晒す。白く輝く
「(なんでこんな状況に……)」
「あ、おーいレー!」
先生から解放された僕は、すぐに雷斗の元へ戻った。雷斗は手をぶんぶんと振り、呼んでいる。
『手始めに、お前らのグループで卯月達のいるグループに会ってみろ。話の切り出し方はなんでもいい。「土産見に行こう」でもこの後のビーチのことでも』
先生の指示はとりあえずこの一つ。リアルでも支えられるとなんだか気持ち悪い。
「? どうかしたか? レー」
「なんでもない」
グループに出会すこと自体が難しいのだが……出会わなければ何の意味もない。
頭にたんこぶができている雷斗が隣で疑問符を飛ばすが、有耶無耶に流して、僕は話の主軸を握った。
学校から与えられたマップのアプリを開いて、見晴らしの良い場所まで移動する。俯瞰してみれば大抵の情報は手に入る。何だったら先生が情報をリークしてくれれば良いものだが……と思ったが、そこまで知っているとストーキングのセンスを疑うので考えるのを止めにした。
すると、隣から肘を小突かれる。
「レー。あそこ」
「……? ────────助かる」
雷斗が先んじて見つけてくれたようだ。店舗を見ると、菓子類の土産らしい。
すると、率先して雷斗が導く。相変わらず察しの良さが知り合いの中でも随一だと感心する。
「おーい! あそこの菓子んとこ行こうぜー!」
「良さげだな~」「ホテルで食う分とかも確保しときたいし」「決定!」
雷斗は勇み足で誘導し、僕も着いていった。
彼自身、何故やらマカダミアナッツを買いたいようで喜んだ顔をしていた。
────耳にキンと通信音が小突かれる。
『順調そうだな』
「一応ですね。ところで先生は今何を?」
『こっちとて野暮用はあんだよ。安心しろ、ある程度内蔵のGPSで零の場所は掴めてる』
なんて雑な……。
だがまぁ結局は僕次第。期待しても意味がない。そうこうしてる間に既に着いていたようだ。皆店内を自由に散策し、辺りを見て回っている。
僕も同様に店内を見渡すと、彼女の居るグループが見てとれた。何より、彼女は女子の中でもズボンを履いている為見分けがつきやすい。『あとは頑張れ』と、適当に残して通信を遮断した先生に僕は少し思うところがあったが、今は思考を振り払った。
さて、どうやって話すものか……と思っていると、不意に誰かから背中を突き飛ばされた。
「ぅおわっ!」
「きゃっ────」
棚の死角に倒れたせいか、誰かとぶつかって倒れそうになる。幸い大事には至らなかったが、後であいつらに怒っておこうと思った。
─────が、それは杞憂に終わる。
「大丈夫か!? 氷室!?」
「急に転びかけんなって……」
「あぁ、大丈夫。それより、ぶつかってすみません……」
振り返り、ぶつかった女性に謝罪を述べると、視界に入った様相に眼を剥いてしまった。
そこには、卯月咲夜がいたのである。
手をさすりながらも、彼女は受け答えに応答する。
「こっちこそすみません。周り見てなくて」
「……! 手、怪我してない?」
「大丈夫大丈夫! これくらい平気だし」
「さーやー? 何やってんの?」
ぞろぞろと女性陣がやってきて、何かあったのかと疑問符を浮かべている。その上、僕の周りの人物まで集まってきており、事態は少しややこしさを帯びてきた。
「駄目だろ。例え擦り傷だったとしても、この後じゃ不便になりかねない」
「でも……」
そこで思いついた僕は、ポケットに所持していたハンカチを彼女の手のひらへ置いた。相手は勿論驚いた様子を見せているが、申し訳無さ気な顔をすると、素直に受け取ってくれた。
「気が向いたら返してくれ。気持ち悪く思ったなら捨ててくれても構わないから」
とだけ残し、僕は友人共に向かい、ともに離れていった。後方では、黄色い声が飛んでいて、恐らく卯月さんが囲まれているだろう情景が容易く想像できる。
すると追い付いてきた友人がニヤケた顔で後続してきていた。
「くっそ~イケメンがやると無駄にムカつく」
「イケメンって……良くても中の下だろ僕は」
「はいそこギルティギルティ」
その後の状況をもっと詳しく知りたいが、今振り返ると格好をつけた意味が薄れる。
周囲の女子達へ微笑を振り撒くために振り返ってみるのも良いかもしれないが、僕にそんな勇気はない。
「で、結局僕を突き飛ばしたのは誰なんだ?」
「「「……?」」」
「っ─────お前達じゃないのか?」
「いや、あんな狭いとこでじゃれる訳ないだろ。俺らのことなんだと思ってるんだ」
素直なトーンで言われ、真偽を疑ってしまう。だが、彼等は紛れもなく真実を言っているようだった。嘘をついているようには到底思えない。
「たまたまか……」
「それより、早く行こうぜ! バスまでの時間ギリギリまでさ!」
「─────はいはい」
前方に先立つ彼等に追い付くように走った。
だが……一体僕を突き飛ばしたのは本当に誰だったのだろう。
□□■
「っしゃ! 念願のビーチだぜぇ!」
「うるさいぞ雷斗……。まぁ、楽しみなのはわかるけどさ」
ホテルへ荷物を置いた後、現在時刻は昼の三時辺りだろう。僕らは全体で、南国のビーチリゾートへ身を投じていた。
女子等は新調した水着を身に纏い、僕らも海水用水着に着替えている。
だが、僕の耳は変わらずインカムを装備したままだ。
そこで、意中の集団へ偶然にも邂逅する。
ともあれ、荷物を置く場所は大抵限られているせいだ。偶然というには少しおかしい気もする。
ふと周囲を見渡すと、ビーチパラソルの下に居るジンドー先生を見つけた。
何やら先ほどの茶髪の女性とともに向かい合った椅子に座っており、小言半分、指示意識半分といったところだ。
『ほら氷室。偶然に会ったんだから、それなりの発言ぐらいしたらどうだ?』
「ぅっ……分かりましたよ」
「あ、さっきの」
すると、集団の中に紛れていた卯月さんが前に出てきた。
僥倖と思いながら彼女の手を見ると、ハンカチで手の甲がまかれている。
ほっとした安堵とともに僕は声を漏らしてしまった。
「あぁ。使ってくれてたんだ」
「まぁ……折角だし?」
「え、ナニコレ私たち退散した方が良い感じ!?」
彼女らの集団の一人が煽り立てるように発言すると、卯月さんは慌てふためいたような雰囲気で煽った人物をぽこすかと叩いた。
一人、「押し倒すならあそこがオススメだよ!」とビーチの陰を指し示す者もいたが……卯月さんによって止められていた。
恥ずかしかったのか、本当に嫌だったのか分からないが、当人の意識を乖離し周囲の状況のみで推察するならば、好感触であることは間違いないだろう。
「もうっ……」
「──────! レー。オレ達向こうで泳いでっからよ!」
「ちょっ、雷斗!?」
すると今度は雷斗が声を張りわざとらしく宣言する。
男女とも、どんどんと周囲に流され皆が一様に去っていく。望んでいたとはいえ、まさか急激にこんな展開になるとは思いもしなかったため、二の句を接ぐことができない。どうにか絞り出して、平静を装った。
「ったく……アイツらも困ったことするよな」
「う、うん……」
「戻っても良いけども……どうする? 適当にぶらつくとか話し合うくらいとかなら、多少時間とるくらいだけど」
「うん……? ―――――――んえぇ!!?」
気の落ち着かない前方の少女は、決して眼を合わせることなく口を結んでいたが、意味を理解し呑み込んだ僕の発言に咄嗟に言葉が継げず、しどろもどろになっていた。
機転が利いたはいいものの、僕とて女性を口説いた経験なんぞない故正気の沙汰ではない。
「も、もちろん嫌なら嫌でいいし! 僕なんかと話してるよりしたいことあるならそっち優先で――――」
「別に、いいけど……」
「……へ?」
再度同じ言葉を聞こうとしたが、聞くよりも前に耳に衝撃が走る。そうだ。完全に先生が見聞していることを失念していた。発言が全部盗聴されていることは少し気分がよろしくないが、それを言っている場合ではない。
冷静な先生は変わらず浮き足だった口調で進言する。
『女に同じことは言わせんな』
「(! はい)」
口元を隠しながら、再度同じ発言をしようと努力している彼女を振り切るように、僕は焦って口火を切った。
「じゃあ、どうしようか。その手傷だと……海水は傷みそう?」
「いや、大丈夫そうだけど……氷室君は良いの?」
「良いって?」
「わたしと話してるより――――ってこと」
「……? あぁ」
さっきの僕と同じことを言いたいのだろう。だが、そこで食い気味に先走った所で胸の裡を勘繰られてしまう(これだけ行動している分隠す意味はないのだが)。
こういった修学旅行中に恋愛が発展して彼氏彼女の関係になるということは、現実ではありえないことだ。そこが、ゲームとこの世の大きな隔たりだろう。
一拍置いて、深呼吸をした。
「平気平気。僕も置いてかれた身だし。こういう時ぐらいじゃないと話す機会なさそうだから。────って言うと、口説き文句になるかな?」
「ふふっ。まぁ確かに、女の子を手玉に取ってそうな感じはするかなぁ」
「手玉って……元よりあんまり話さないけど」
「えぇ~!? 勿体ない。可愛いよ、女の子達」
「…………まぁ、否定はしないけども」
何故やら熱烈に女子高生の話題に食い付いてきた卯月さん。彼女自身も女子高生ではあるのだが……口調からして自分を範疇に入れてなさそうだ。
海辺の方へ指を指されたため、歩きながら会話をすることになった。
そこはかとなく、彼女から話題が振られたことに嬉しさを感じつつ、返答する。
「卯月さんって遊戯の授業受けてるよね?」
「? うん」
「それって何でか、聞いてもいいかな?」
「何でって言われると……やっぱりいっぱい女子高生に触れあいたいから?」
「! ははっ、何それ♪」
「なっ!? 今笑った!?」
詰問気味になるが、気迫の感じられないといった口調で話す卯月さん。野暮だとは思いつつも、そればかりは笑うしかなかった。
同様の質問を、僕へ投じられる。
「僕? 僕はまぁ、雷斗――――友達に入ろうって言われて、仕方なくかな。でも、まさか本当のトップゲーマーが教師になるだとは思いもしなかったけど」
「確かに、あれはちょっと驚いちゃった」
微笑混じりに会話をする光景は、中々サマになっているのではないかと思う。
何分話す機会が少なかった故、素直に嬉しい。相手方がどう感じているかは少し気にはなるが、それはまた後程先生に聞いてみるとしよう。
「で、どうだった? あの授業で可愛げな人は見つかった?」
「たっくさんだよ! かなでん―――じゃなくて、桜音祇 奏ちゃんとか、前先生に勝ちかけてた無響透乎ちゃんとか! あと、さっき出会った矢嶋満弦さんとかも!」
「それは何より」
矢嶋……という人物に心当たりがなく、不思議に思いつつも、自分の勉強不足だと思い思考を切った。
落ち着いた空気を取り戻し、和やかに海辺を歩く。周囲の生徒も多少なりとカップルで時を過ごしている例があるため、大して注目の的になることはなかった。
そうこう案じているよりも、今置かれている状況を楽しんだほうが好機だ。再度思考をシャットダウンし、僕は再度隣の彼女に声をかけ気付けば小一時間ほど会話を楽しんでいた。




