30.5時限目 信じて良いことあったのか
────所変わり昼食エリア。
生徒の人数確認だけ終えて、適当に教師陣からの言伝てを預かった後、皆一同に散開して昼食を取りに行った。
心なしか、教師を昼食に誘い食べに行く生徒のグループもある模様だ。
まぁそんなことに縁遠い俺は、嘆息を一つ吐く。そういったイベントなんて入学当初から認知されている人だったり、何らかの有事の関係から親しい間柄のみだ。俺にとっては大して関わりのあることじゃない。
そそくさと満弦先生の待っている陰へ行こうとした。─────が、聞き慣れた声が俺を呼び止める。
「神藤先生!」
「─────夏燐?」
「良かったら一緒にお昼どうですか?」
振り返って見ると、夏燐と他に数名の生徒が集まっていた。『遊戯』を受けている生徒たちだ。女生徒が多いようで、なんとも言えぬ苦笑を作ってしまう。まさか自分自身がその対象になるとは予想だにしていなかった。
「急だな……」
「色々話聞きたかったりしますし。それにお姉さんへのお土産とかも先に聞いておきたいですし!」
「お姉さん……?」
お姉さんって…………まさか俺の愚姉のことか?
あれに敬称をつけるなんてどうかしてると思うが……。まぁ助けてもらった分には恩を返したいのだろう。
「いや、遠慮しておくよ」
「そうですか……じゃあまたお時間あったら!」
「はいよ」
何も予定が無ければ応えていたかもしれない。が、今回は約束がある。誘ってくれた夏燐には悪いが、断る外ない。夏燐達は踵を返してさっさと店を探しに行った。
それとは別に、卯月が夏燐達とは別の集団で移動していると言うのなら…………少々厄介だ。
「この状態じゃ二人を引き合わせるってのは夢のまた夢だな……」
雷斗は零の友達であるのだから、共に行動をしているだろう。
が、零が咲夜と共に居ない限りは意味がない。
無理矢理鉢合わせても大して好感度が上がることもないだろう。
俺は再度満弦先生の居るところへ踵を返した。
その瞬間───────
「きゃっ!」
「っ! びっくりした……」
突然前方に現れた白い帽子に驚いてしまう。
少し距離をとって視認すると、そこにいたのは満弦先生だった。
「どうしたんですか? 満弦先生」
「どうしたもこうしたも! 皆が散らばってから来ると思ってたのに待てど暮らせど来ないからよ」
「……あ、すみません」
「それに……女子高生達に誘われてたみたいだし」
「い、いやあれは……」
「気にしてない」
思ったよりも時間が経っていたのか、彼女を心配させてしまったようだ。
腕を組み怒ったような口調をしているが、診察の時ほど鋭くはない。
口ではあぁ言いつつも、周囲の状況から察して約束を反故にされると思ったのだろう。誤解させてしまっただけでも申し訳ない。
俺は頭を下げて先ほど同様にスーツケースを手にした。
「すみません、じゃあ行きましょうか」
◇◆◇
俺は満弦先生についていき、あまり生徒の見受けられないスポットに着いた。
というかそもそも……ここはバーの一部になっていて、一八歳未満の入場は制限されていた。
いかにも大人っぽい……と圧倒されていると、予め予約していたのだろか。所定のテーブルへ案内された。いつの間に予約をしていたのだろう。
「すみません……何もわからなくて」
「大丈夫、おおよそ日常会話ならできるレベルよ」
「っ、すごいですね……」
流石「先端医学の最高峰」とまで謳われる人物だ。やはり海外でも有名なのだろう。あちこち飛び回っている……という印象はないが、実際彼女の遍歴を俺は知っているとは言えない。
彼女は帽子を取り、頭を振って髪の位置を調整すると、俺は思わず唸ってしまった。
「っ……」
「……? どうかした?」
「い、え……」
ぴょこんと後頭部の上方にできた結び目から、柔らかそうな茶髪が伸びている。所謂ポニーテールというやつだ。一般に高校生でもしているため見慣れてはいるが、満弦先生がしていると何となく呼吸を失うくらいに綺麗だと感じてしまう。
「その……改めて、綺麗だなって思って」
「!? あ、あありがと……」
色黒の店員がにこやかに笑いつつ、椅子を引いてくれていたため着席する。どこか落ち着かない、大人な雰囲気を醸すシチュエーションに、どうして良いのか分からなくなりしどろもどろになる。
店員がメニュー表を出すと、英語で説明を施された。俺は部分的にしか聞き取れなかったが、満弦先生は全容を知った模様。
「俺、満弦先生と同じので良いです」
「……? そう? 苦手なモノとかは」
「大丈夫ですよ。それに、満弦先生のと同じのを共有できる方が良いじゃないですか」
「…………女ったらし」
「えっ!!?」
ぷい、とそっぽを向かれ、メニュー表で顔を隠される。
まぁ口説き文句としては常套句だろうが……そこまで意識されるものだろうか……?
満弦先生は綺麗なのだから彼氏の一人や二人居てもおかしくなさそうだが……そうだったらハワイに一人で来ないか。
「今、何か変な考えしてたでしょ」
「し、してないですって!」
「それならいいけど……」
ムスーっとした眼を向けた彼女は、傍に居た店員に英語で注文した。診察のときよりも格段に表情が豊かだ。メニュー表を返し、暫しの間沈黙が続く。
「満弦先生は――――」
「今は先生じゃないわ」
「っ……確かにそうですね」
「普通に『さん』とか、呼び捨てとかでも良いわ」
「呼び捨て……は少し抵抗があるので、満弦さんで」
水の入ったグラスをカラカラと揺らしながら、満弦さんは応えた。謎の緊張感があるが……さん付けでも中々に抵抗感がある。
気にしないように顔を取り繕いながら、彼女へ進言した。
「満弦さんはどうですか? ハワイに来て」
「どうって言われても……まぁたまの休暇だし、楽しいといえば楽しいけれど」
「休暇って……どれくらい働き詰めなんですか?」
「どうだったかしら……九〇日くらいは連続で働いてたりするから」
「き、九〇!?」
あまりの過剰労働さに思わず声が上がってしまう。取り乱したせいか周囲の人々がこちらを向いていた。軽い咳き込みで恥ずかしさを紛らわし、座る姿勢が少し畏まる。
「平気よ。私だって休暇はなるべく多くしているけれど……私の技術は私しか現状扱えないし、今なお患者は増えているのだから」
「……そう、ですよね」
水を一口飲むと、落ち着きを取り戻した。
けれど、眼前の小さな彼女が受け持つ大きな荷物を下ろすことがないことに、酷く胸が痛む。
「『先端医学の最高峰』なんて言われているけれど、実際はそんな箔ただのお飾りでしかないもの。まぁ……初対面の時の私を知っているのだから分かるだろうけど」
「あはは……」
「まぁ、そのせいもあって、あなたには少し恩があるのよ」
「そんなこと…………」
…………あの時の俺と満弦さんは双方刺々しかった。今でなおこのように和やかな会話ができているが、初対面の時はこうして机を挟んでともに食事をするなんて考えもしなかっただろう。
「俺は何もできてませんよ。こうして助けられてるくらいだし」
「それを言うなら私だって」
『お待たせしました』
早熟な夫婦のような言い合いが始まりそうになったところを先ほどの店員が挟む。料理を運んできて、綺麗にテーブルに設えていった。
にこやかな笑顔で去っていくと、俺と満弦さんは顔を見合わせて微笑した。
「ふふっ。食べましょうか」
「そうですね。いただきます」
作者が書きたかっただけ




